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1 決意

書籍のカバーイラスト

担当は麻先みち様です★


挿絵(By みてみん)


 冷たい水の中に沈んだ時、私はすべてを思い出した。



 ララ・コーネット。それが"現世"の私の名前。

 コーネット伯爵家の長女で貴族のお嬢様……と、身分的には一応そうなる。

 だけど残念ながら、私はこの家でお嬢様らしい扱いを一切受けていない。


 闇を落としたような黒髪と、同色の瞳。


 "死を運ぶ不吉の鳥"として恐れられる『ララーシュア』と同じ色を持つせいで、私はこの世に生を受けた瞬間、嫌われ者となる運命が確定した。


 両親には無視され、兄には虐められ、使用人たちには陰湿な嫌がらせを受けた。


 そして、7歳のとき。事態はもっと悪化することになる。


 この国で誰もが受ける義務のある『判定式』で、私は『魔法』が使えないことが判明した。


 『魔法』が使えることは貴族の証。貴族なのに魔法が使えない私はさらに酷い仕打ちを受けるようになった。


 令嬢としての教育は一切受けさせてもらえず、扱いは使用人以下。食事は残飯。髪にクシなんて通したこともない。衣服だけは、母の嫌がらせで定期的に送られてくる『黒いワンピース』のおかげで新しいが、薄汚れた肌や髪とアンバランスで逆に滑稽。


 兄からはサンドバッグにされ、母はそれを見て笑い、父は見てみぬふり。


 14年間だ。産まれてからずっと屋敷の中に軟禁状態で………私は、『ララ』は、死んだように生きてきた。


 ───今朝のことだ。お父様が部下とやり取りする内容を盗み聞いてしまった。


 どうやらお父様は、私を変態貴族に売ることに決めたらしい。

 黒髪を欲しがるなど、変態の考えることはわからん、と言いながらもお父様は笑っていた。これで借金が返せると。


 とても虚しくて、私は絶望した。耐えていれば、いつかは両親の愛情が手に入ると、どこかでずっと信じていたのかもしれない。そんなことはあり得ないのだと、痛いくらいに現実を叩きつけられた。


 その瞬間、ぎりぎりのところで保っていた心の均衡が崩壊した。


 我慢して我慢して我慢して、いい子でいようって頑張ってきたけど、もう無理だ。

 こうなったら、最後くらい両親を困らせてやろう。彼らの心に、少しでも傷を付けてやることができればいい。


 そう思って、私は井戸に飛び込んだ。死ぬつもりだったんだ───



 ぷかぷかと、水面に浮かびながら考える。


 あ~~~~、よかった。生きてて!


 自分がやろうとしたことの恐ろしさに気づいて、心臓がものすごい勢いで鼓動してる。


 いやぁ、冷や汗ダラダラだよ。


 水面に額を打ち付けると同時に、私は思い出したんだ。『地球』の『日本』で19歳まで生きた"前世の記憶"ってやつを。


 このタイミングで思い出してよかった。前世の記憶は鮮やかで、今となっては『ララ』の記憶のほうが夢のように現実感がない。おかげで『ララ』の境遇を自分とは切り離し、悲観せずに思い返すことができる。


 かごの中の鳥のように狭い世界で生きていたララの願いはひとつ、両親に愛されること、ただそれだけだった。だから、変態貴族に売られるとわかって、ただひとつの願いも叶わないのだと簡単に絶望し、死を選んでしまった。


 絶望したララも確かに私だったけれど、前世の記憶が入り混じったいまの『私』は思う。


 私はまだ14歳だ。自殺なんか選ばず、この最低な家から飛び出して、楽しく生きる道がきっとあったよ、って。


 だって、この世界は『魔法』があって、『魔物』がいて、『冒険者』がいて、ずっとずっと憧れていたファンタジーの世界なのだ。


 冒険だよ! 楽しまなきゃ損だよ! 

 たとえ、私が魔法を使えなくたって関係ないさ!

 世界にそれらが存在して、この目で見ることができるってことが重要なんだ。


 ………自殺したって、お母様もお父様も、何も感じてはくれないよ。変態貴族に払う損害賠償の額のぶんだけ、痛い目をみるかもしれないけど。それだけだ。 


 今の『私』がこんなふうに思えるのは、きっと私が、前世で両親の愛を受けて幸せに育って、友達もいて、恋はしたことがないけれど少女漫画のヒーローに憧れて、大学にも入って、少しの期間だけどアルバイトも経験して───そういう、『ララ』が知らなかった広い世界を知っているからだ。


 私、いつ死んだのかわかんないし、前世に思いを馳せるとちょっぴりセンチメンタルな気分になるけれど、前世を思い出せず絶望したままの状態より今のほうが百倍マシだ。


 お父様とお母様に愛してもらえない? それがなんだ!

 私の両親はコーネットのクズ親なんかじゃない。前世で私を愛してくれた両親だ。アンタたちに嫌われたって痛くも痒くもないもんね!

 

 よし、決めた。こんな家、逃げだそう。


 できることなら、そう、『ウィル』も連れて。


 ───ウィルを置いて死のうとするなんて、本当に私、どうかしてた。

 あの子には私しかいないのに。


 会いに行こう。そして、ここから逃げ出す計画をいっしょに立てよう。


 ………それにしても、この黒髪と黒目、『日本』では当たり前の色だったのに、この世界では差別要素になるんだなぁ。逃げ出した先でも苦労しそうだ。

 

 それでも諦めない。


 今度は両親に愛されるためじゃなく、自分が幸せになるために頑張るんだ。もちろん、ウィルのことも、責任を持って幸せにしなければならない。


 そしてできれば、前世でできなかった色々なことを経験したい!

 お仕事も、恋愛も、結婚もしたいし、子どももほしい。

 そんな、『普通の女の子』としての幸せを、きっとこの世界で手に入れるんだ。


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― 新着の感想 ―
「兄からはサンドバッグにされ、母はそれを見て笑い、父は見てみぬふり。」 毎日のように殴られて、死ななくてもあちこちの骨が折れなくて良かったね。しかし、異常者ばかりの家族だね。
[気になる点] うーん、19歳の仕事もしたことない精神が入ったからといって、視野が狭かったと言えるほど人生経験積んでない気が……ましてや仕事もしてないなら両親の保護の中で生きてきたはず……多分。 ※ …
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