問題児達と過ごす夏休み
「お前ら頼むから合格してくれ!!」
そう言って俺は目の前の男達に怒りをぶつける。セミの鳴き声がうるさい、夏真っ只中の昼のことだった。
俺の名前は九条拓郎、この中学校の教師だ、担当は国語。
教師人生4年目にしてクラス担任を受け持つことになり、教師としての成長を感じていた。
だがしかし、そんな俺の教師人生を嘲笑うかのごとく俺には人生のドでかい壁が、何と3つも立ちはだかっている!目の前に座っているこいつらだ。
「せんせ~!勉強終わったらサッカーしようぜ!」
1人目の名前は伴場和馬。通称〈バカ〉だ。
同級生と比較しても群を抜いたバカさ加減だ。遅刻の常習犯で忘れ物は多い上に勉強はできない。それに反比例して運動神経だけは学年一、いや校内一と言ってもいい典型的な脳筋小僧だ。
「誰がやるか!終わったら即効で帰れ、俺は暇じゃない。」
「いいんじゃないかい先生?たまには生徒と一緒に汗を流すのも気分転換になるだろう。それに、勉強している僕も素敵だが運動で汗を流している僕のほうがより美しいと思わないかい?」
この話の前後半がまったく脈絡のない男の名前は鳴宮静夢、この3人の中でも1番の美形だ。
身長、体型、顔面の全てが校内屈指のスペックを持つにもかかわらず自分大好きな言動がそれら全てを台無しにしている。通称〈ナルシー〉。
「お前が勉強しようと運動しようと俺はちっともお前を美しいとは思わない。」
「フッ、嫉妬は醜いよ先生?大丈夫、先生だって努力すれば僕の次くらいには美しくなれるよ。」
勘違いしてんじゃねぇ!第一俺がなりたいのはジャニーズみたいな美形じゃなくてEXILEみたいな逞しい男なんだよ!
「騒ぐな愚か者共消されたいのか?俺はこの儀式を早く終わらせ我が創造主から与えらる供物を食さねばならん。九条よ、とっとと儀式を始めろ。」
教師に対してこの態度、そして儀式だの創造主だのイタイ発言をしているこいつは中山雄二。通称〈中二〉。
こいつは聞いての通り中学生特有の病にかかっている。ちなみに今の台詞を翻訳すると『補修をさっさと終わらせてお母さんのお昼ご飯を食べたい』、だ。いや普通に言えよ。
何とも痛々しい、早く病が治ることを祈っている、いやマジで。
「好き勝手言いやがって、お前ら今日何で補修になったか理解してるんだろうな?」
「忘れた~」「僕への嫉妬?」「我の能力を解放するための試練だろう」
「お前らが国語の期末テストで赤点を取ったからだ!!」
そう、あろうことかこのアホ共はこの俺が担当する国語の期末テストで見事赤点を取りやがった!しかも、伴場以外はそれほど勉強が苦手ではない。鳴海に関してホントーに言動以外は完璧というべく成績も問題ない、はずなんだが…。
期末テストで赤点を取ったものは夏休み中に補修授業ののちに再テストというのが、この中学校の決まりとなっている。
ったく、教師にとって夏休みとは休みではないんだぞ。早くコイツらを合格させて他の仕事も片付けないといけねぇのに。
「とりあえずお前らの前回の期末テストの答えがあまりにとんちんかんだったのでいくつかピックアップしてみた。正解を学習しつつ自分たちの愚かさを恥じろ。」
「は~い」「かしこまり~」「フッ、よかろう」
…不安だ。
問.次の四字熟語の読みがなを答えよ
1.喜怒哀楽
解.きどあいらく
「はっきり言って一問目は小学生でも知ってる常識問題だ、クラス全員が正解してもおかしくないがお前らの中に間違えたやつがいる。」
伴場和馬の回答.よろこびいかりかなしみたのしみ
「お前は漢字の訓読みしか学んでこなかったのか~?」
「だって~、思いついたこと書いたらこうなっちゃったんだも~ん」
テストは思いつきで書くもんじゃねぇ!
2.容姿端麗
解.ようしたんれい
鳴宮静夢の回答.鳴海静夢
「何で漢字の読みを漢字で書いてるんだ!しかもテストの中までナルシスト発揮するな!」
「先生ごめんね、僕はこれ以上の回答を知らないんだ」
「以上も以下もねえ、回答は1つだけだ!」
3.付和雷同
解.ふわらいどう
中山雄二の回答.エンチャントライトニング
「何でRPGの技名みたいになってるんだ!」
「RPGではない。俺がこの地に転移する前の世界、異世界の勇者が我と戦った時に使った伝説の奥義。まさかテストでその名を見ることになるとは…。くっ、忌々しい記憶だっ。」
「四字熟語でそこまで想像膨らませられるか…」
問.次の四字熟語の意味を答えよ
1.鶏口牛後
伴場和馬の回答.お昼ご飯は鶏のくちばしです。
「午じゃねえ牛だ!」
「鶏のくちばしって美味しいのかな?」
「お・れ・が・し・る・か!」
2.花鳥風月
鳴宮静夢の回答.
鳴宮静夢を表す4つの漢字。花のように可憐、鳥のように自
由、風のように爽やかで、月のように眩しい存在という意。
「ホント気持ち悪いなお前、どんだけ自分大好きなんだよ!」
「僕の素晴らしさを表現するために生まれてきてくれた、四字熟語たちに感謝だね~」
「どうなってんだお前のメンタルはっ…」
3.風林火山
中山雄二の回答.
我が異世界で魔王だった時の腹心、暗黒四天王その者たちである。
「武田信玄もビックリだよ!」
「まさか奴らの名前がテストに出るとはな、フフ懐かしい。待っていろ、力を取り戻したあかつきには共に勇者を滅ぼそうではないか!クハハハハハ!!」
「その前にテストに合格しろ!!」
4.反面教師
全員の回答.九条拓郎のこと
「ナメてんのかお前らぁぁ!!俺のどこが反面教師だぁ!!」
「「「すぐ怒鳴るところ」」」
「それは悪かった、反省する…」
「自分の間違いはしっかり把握したなー?それでは再テスト、始め!」
補修も後は再テストを残すのみとなった。これで俺も晴れて補修とこいつらから解放されるぜ!前回の間違いはしっかり教えたつもりだ。これで無理だったら俺の夏休みは初日から終わってるも同然だ。
頑張れお前ら!俺の夏休みのために!!
「再テストの採点が今終わった。」
「それでそれで!俺何点だったの?!」
「まぁ、聞くまでもないだろうけど、ね」
「真の能力を解放した俺に解けない謎はない。」
再テストを開始してから30分がたった。本来のテストなら50分、一時限まるまる使うのだが30分の時点で全員が手を止めていたので早めに採点をすることにしたのだ。そして驚愕した。
「全員、0点だっ…」
「えー!!」
「馬鹿なっ、僕の美しき回答がっ!」
「これだけ能力を解放しても届かないというのかっ!」
三人ともショックを受けているがそれ以上に俺がショックを受けている。まさかこんなことが起きるなんて…
「テストの回答は三人とも合格できるくらいの正解数だった。俺も教えた甲斐があったとそう思っていた。」
「え~、じゃあなんで0点なの~?」
3人ともテストの回答に問題はない、にもかかわらず0点だった。なら理由は1つしかない。大学入試とかでごくたまにやってしまう奴がいるあれだ。
「伴馬!お前名前を空欄で出すとか小学生みたいなことしてんじゃねぇ!」
「あっちゃー、わ~すれてた~」
合格点を越えた回答を見てスッキリした俺の気分をぶち壊したのは三人の名前の欄だった。
バカのウッカリなんてまだ可愛い方だ。残りの二人はもっと酷い。
「鳴宮ぁ、何で自分の名前を英語の筆記体で書いてるんだぁ?」
「僕の名前を美しく表現するには、筆記体がBEST、なんですよ。」
こ・い・つ!BESTの発音がムダに良すぎて腹が立つ。英語のテストならまだしも国語のテストだぞ!
「そして極めつけはお前だ、ユージーン・ケイオス・カオスブラッド!!」
「フッ、中山雄二はこの世界での仮の名、貴様だからこそ特別に我が真名を記してやったのだありがたく思え!」
テストでも仮の名前使っとけよっ、しかもケイオスとカオスで意味被ってんだろうが!!
というか誰一人として反省する気がまったく無いぞくそっ!
「お前ら全員、明日も補修だ…」
3人が何か喚いていたが俺の耳にはまったく入ってこなかった。
こいつらと過ごす夏休みはまだまだ続きそうだ。