第八話 りびんぐうっどが あらわれた!
「くっ、らあ」
重い衝撃が硬化させた皮膚の上から伝わる。目の前で対峙するのは、枝を鞭のようにしならせて襲い掛かってくる大樹の魔物であった。
「サイチさん。『鑑定』結果、出ました。名前は生ける大樹。【幹】に【筋】の因子を持ち、幹から延びる枝全てを随意に動かすことができます」
リビングウッド。人間の何倍もある樹高と、太い幹。先ほどから硬化させた拳で打撃を加えてはいるがダメージを与えられている気がしない。僕は一度下がると腕を前に組み防御の姿勢をとる。背後には地面に伏せるマオとニイトがいた。攻撃を通さないためにはここから一歩も引くわけにはいかない。
リビングウッドは樹木に擬態して僕らの前に現れた。ニイトの『探知』を使い周囲を警戒していた僕らだったが、その効果は音による周囲環境の把握だ。リビングウッドは樹木に擬態し無音で待ち構えており、『探知』で補足できなかったのだ。目の前を通りかかった僕たちは何の準備もできず横合いからリビングウッドに襲われる形となった。
リビングウッドからの攻撃に『硬化』が間に合い背後にいたエイムは何とかかばうことができたが、離れた位置を歩いていたニイト、マオはリビングウッドの太い枝の打撃をまともに受けてしまった。
幸い二人とも息はある。ただし衝撃で意識を失っておりその場から動かすことはできない。リビングウッドは地に根が張っており動くことはできないようであるが僕が二人を庇うのをやめればすぐにでもリビングウッドは標的を後ろの二人に移すだろう。それだけはさせるわけにはいかない。
「マスミ! まだか」
「チッ、急かさないでよ。明日から本気出すからさー」
背後から聞こえてくる不満げな口調。マスミは自身のスキル『操身術』によりリビングウッドの攻撃を躱すことに成功していた。リビングウッドは名前の通り大木を模した魔物だ。打撃で枝は折ることが可能だが植物であるため痛みを感じているように見えず、本体である幹は太く折ることはできない。武器を持たない僕らでは有効打を与えられなかったのだ。
そこで、今マスミが行っているのは火起こしだ。相手が樹木なのだ。火で燃やしてしまおうという訳である。衣服からはぎ取った繊維を撚り紐を、そして適当な枝を集め木同士をこすり合わせる。マスミの『操身術』があれば一度見たことがある動きを再現することが可能なようで、今はテレビで見た火おこしの方法を再現してもらっている。
火が点くまでは攻撃を僕が引き受けるよりほかない。スキル『硬化』で皮膚表面を強化しているとはいえ衝撃は内側へと伝わってきており、リビングウッドの枝が撃ち込まれるたびに体が悲鳴を上げる。
「ほい、一丁上がり!」
マスミの声にけれども、僕は振り返ることはできない。今隙を見せれば致命の一撃が僕を襲うだろう。リビングウッドを正面に捉えながら僕は攻撃を耐え忍ぶ。
「これでも食らえ!」
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
リビングウッドの悲鳴。背後から飛んできた火のついた枝が触れるとリビングウッドの体は瞬時に激しく燃え上がった。
*
「ひゃはは。なにこれ。クリティカルが決まっちゃった感じ?」
「どうやら燃えやすい材質のようですね。水分含有量が少ない種類の木がベースになっているのかもしれません」
「ニイト、マオ! 大丈夫か」
燃え盛るリビングウッドの動きが止まる。僕はリビングウッドの絶命を確認する間を惜しんで二人へと駆け寄る。
「うう。頭がクラクラするよ」
「痛っ。悪い、探知は俺の担当だったのに。油断した」
頭を押さえるマオに、頭を下げるニイト。僕は慌てて首を振る。
「そんな、気にするなよ。それより体は大丈夫なのか」
「うん。ごめんね心配かけて。私は大丈夫だよ。でも、うっちーが」
「……いや、俺も大丈夫だ」
マオに肩を貸してもらいながら立ち上がるニイトの声は苦痛を孕んでいる。見れば枝が当たった跡だろう。服は脇腹の部分が擦り切れ、除く地肌は赤黒く変色している。
「うっちーは私を庇ってくれたんだよ」
「ニイトさんにはスキル『探知』がありますから、直前で攻撃に気付けたんですよね」
「マオにはメダルを譲ってもらった借りがあるし、何より人を助けたいと思うのは当然のことだからな」
マオの肩から手を放し自力で立ち上がったニイトが照れ臭そうに笑う。
「だったらもう少し早く見つけてよね。危うく俺様まで攻撃の巻き添えになるところだったじゃんか」
マスミの言葉に僕は彼をにらみつける。明らかに配慮に欠けた発言だ。だが、その表情に気付いたニイトは僕をたしなめる。
「サイチ、別に怒ることじゃねえだろ。俺がドジを踏んだのが悪いんだ」
「でも……」
ニイトにいさめられ僕は矛を下す。
けが人がいるということでいったん休息をとるということが決まる。騒ぎを聞きつけた魔物が襲ってくることを考慮し、僕らは少し離れた所へ移動するとその場に腰を下ろした。ニイトのスキルで周囲を警戒するがどうやら近づいてくる魔物はいないようだ。
*
円形になって座る僕ら。中央に進み出たエイムにより話し合いは開始される。
「まずは直近の問題を解決しましょう。異世界に生息するという魔物、そして異世界人。それらからどう自身の身を守るのか」
エイムは真剣な口調で話し始める。
僕らは先ほど魔物と邂逅した。硬い表皮に、攻撃を寄せ付けない巨体。人間よりもはるかに長いリーチを持つリビングウッドが仮に移動できたならば、火を起こす時間を稼げず僕らはなすすべなくやられていただろう。
「魔物ってあんな化け物ばかりなのか? もう少し動物に近い姿を想像していたんだが」
「俺様には物理攻撃が効かない相手は相性が悪いね。魔法……は使えないにしても、せめて何か武器を手に入れないと」
ニイト、マスミがそれぞれ意見を述べる。今の僕たちは丸腰同然であり、魔物と戦うための力は明らかに不足している。リビングウッドを倒せるような武器と言えば斧が真っ先に思い浮かぶが、この環境にある物を使ってだと出来て石斧だ。鈍器として使えば有効打は与えられそうだが、倒すまでに何発も当てなければならないだろう。そうなれば攻撃を受けることは避けられない。
「私たちはまだ、この異世界の事を何一つ分かっていません。敵は? 衣食住は? 周囲の状況は? まずこの周囲に関する情報を集めるべきです。今は日が空にあるので周囲を見渡せますが、夜になれば木々が鬱蒼とした環境です。星明りは差し込まず辺りは真っ暗になるでしょう。そうなれば戦闘スキルを持たないニイトさん以外に魔物に対応できる人がいなくなります。まずは、安心して夜を越せる拠点を見つけることが大事ではないでしょうか」
「拠点、って言ってもどうする。一から作るのか」
「最悪そうなりますが、まずは洞窟などの自然物を探してみてはどうでしょうか。この環境です一から作るとなれば、まずは木を切り倒して更地を作るところから始めないといけません」
「だけどそれには周囲の探索が必要だろう。木に擬態する魔物がいると分かっているんだ。むやみに動くことはできない気がするが」
木が密に生えている影響でこの森の視界は相当に制限されている。ニイトの『探知』にしても音を立てずこちらを待ち伏せる魔物に対しては用をなさない。リビングウッドにスキルで対応できるのは僕とマスミだけであり、パーティーを分けるにしても一人はメンバーの護衛が必要だ。そうなると必然的に僕かマスミ、どちらか単独での散策となる。それは危険すぎるだろう。
「出現する魔物がリビングウッドだけなら対策はありますよ」
「本当か、エイム!」
「はい。私の鑑定スキルでリビングウッドを見たんですけれど、リビングウッドには火を恐れる性質があるようです。火を携帯すれば襲ってこないと思われます」
「確かに俺様の起こした火で燃えちゃったし、弱点ぽかったよね。燃やせる枝は大量にあるしここにとどまっていてもジリ貧なだけ。けが人はいるけど歩けないほどじゃないし、ニイトさんは探知役として必須だから連れて皆で探索に行こうよ」
「なっ!? ニイトさんは今、動ける状態じゃないだろ」
マスミの発言に思わず僕は突っ込んでしまう。ニイトは座位姿勢を保ってはいるものの明らかに顔色が悪い。体が痛むのだろう。
「ならニイトだけここに置いていく? 探知スキルを持ってるから魔物が来ても逃げればいいんだから死ぬことはないと思うよ。だけど、その後はどうするの? こんな密林だよ。一度はぐれたら合流はできないと思った方がいいと思うんだけど」
「でも」
「サイチ、別に俺は動けるぜ。心配すんじゃねえよ」
腹を抑えながら立ち上がるニイト。その姿には痛ましさすら感じるが、彼の声色からは強い意志が感じられる。
「わかった。皆で探索に行こう」
「了解です。では、使えそうな枝を拾ってきますね」
「へっ。もうこれ以上お前たちに迷惑をかけるわけにはいかないからな。今は生き残ることが先決だ。俺に配慮ばっかりしてんじゃねえ」
ニイトからそう言われては僕も頷くことしかできない。
初めて遭遇した魔物であるリビングウッドを倒した僕らは、警戒を強めながら拠点を確保すべく行動を開始した。
アナウンス:
『愛しき読者様方、ごきげんよう』
『私は女神兼、この小説の案内人。女神クルシュムと申します。いつも本作をお読みいただきありがとうございます』
『本日は愛しき読者様方へお知らせがあります。現在毎日更新を続けている本作でありますが、明日の更新分から週二回更新へと切り替えさせていただきたいのです』
『……そう。ストックに更新分が追い付いたのです。追いついてしまったのです。続きを楽しみにされている愛しき読者様方へは大変申し訳ありませんが、明日からは毎週水曜、金曜の更新となりますので、なにとぞよろしくお願いします』
『最後に、いつも閲覧、応援、レビューありがとうございます。愛しき読者様方のお声はいつも聞かさせていただいていますよ。今後ともご声援よろしくお願いしますね』