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第二十八話 爪痕

「ウチらを襲ってきたのは、ワニの魔物だったの~。おっきくて、突然ウチらの前に現れて……ウチらはあの魔物が襲ってくるまで誰も反応できなかったの~」


 ヒーラは淡い青色の髪を揺らしながら涙する。僕らはギルドの生き残りであるヒーラから彼女たちに起きた出来事の詳細を聞いていた。あれだけの人数を誇るギルドからどうしてあの惨状が生まれたのか。ナイト達の救援に向かうにも僕らは情報を得る必要があった。

 ギルドの拠点であった大木は今も燃え盛っている。僕らは安全な場所まで距離を取り、茂みに隠れるように円になる。


「襲ってきたのはやはり魔物だったのか。だけど、ヒーラさん。ギルドには『探知』スキルを持つ人は当然居たんですよね。どうして魔物の接近に気付かなかったんですか」


「うう。それは魔物が特殊なスキルで身を隠していたからだと思うの~。ギルドメンバーは耳や鼻での探知を使えるし、目を強化するスキルを持つ人もいるの~。だけどそのどれにも襲ってきた魔物は引っ掛からなかったの~」


 ヒーラの回答に僕は背筋が凍るのを感じる。視覚だけでなく、嗅覚や聴覚による探知にも引っ掛からない完全なステルス性能を持った魔物。そんな魔物が存在するのなら対処のしようがないじゃないか。


「でも。ギルドは探知機も保有していたんだよね。それにも反応は無かったんですか?」


「探知機は使う人よりレベルがずっと高いと存在を表示できないの~。たぶん襲ってきた魔物は私達よりもずっとレベルの高い”ボス”だったのかもしれないの~」


「”ボス”ですか? スカウドさん達が調査していたのも確かボスと呼ばれる魔物でしたよね。ボスというぐらいですからやはり、他よりも強い個体なんですか?」


「うう。ボスは周りにいる魔物と比べてすっごくレベルが高い個体のことを言うの~。レベルが高いってことはそれだけたくさんの因子を持っていて、強いスキルをもっていることが多いの~。だけど得られる経験値やメダルも良くなるからギルドでは危険を無くすためにも積極的に調べたり、倒したりしていたの~」


「強力な個体……なるほど。今まで倒したというボスも姿を消すスキルを持っていたのですか?」


「ううん。他のボスは体をすっごく硬くしたり、力で木をグワンと振り回したり、魔法を使うボスもいたの~。探知を邪魔するスキルを持つ魔物もいたんだけど、目で見えない魔物は今回が初めてなの~」


 魔物に襲われたときの事を思い出したのかヒーラはブルッと身を震わせる。

 ヒーラはまだ十三歳の子供なのだ。今日の出来事に恐怖するのは当然だ。何か話題を変えるべきだろう。


「そういえば、ナイトさんがヒーラさんを助けてあの場を脱出できたんですよね。なら、はぐれてしまったとはいえ生きている公算は大きいはずです。ナイトさん達がどこへ行ったのか心当たりはありませんか?」


「うーん。ウチにはわからないの……あっ!」


「ヒーラさん。何か思い当たることがあったんですか?」


「う、うん。もしかしたらみんなは前に使っていた拠点に行ったのかも知れないの~」


「前の拠点、ですか?」


「うん。ギルドを結成する前はウチ、ナイト、シーフ、スカウド、スミス、メイジの六人でパーティーを組んでいたの~。その時に使っていた拠点がこの先にあるの~」


 ヒーラの言葉に僕らは頷き合う。

 ナイト達は今、壊滅的な打撃を受けている。怪我人も居るだろうし、魔物からの襲撃を怖れて身を隠そうとするはずだ。ならば前に使っていた拠点に身を隠そうと考えるのは自然な思考だろう。


「ヒーラさん。疲れているところ悪いけどその場所に案内してくれないか」


「任せてなの~。ヒーラは治癒魔法が使えるからもう傷は癒えてるの~。すぐにナイト達を助けに向かうの~」


 おそらく恐怖は抜けていないのだろう。強ばった顔付きで、けれども力強い言葉を発するヒーラ。

 僕らは彼女の先導で目的地へと向かう。





「なんとか魔物に会わずに来れましたね」


「あの穴がヒーラさんの言っていた前の拠点なんだな」


「うん。間違いないの~。でも、ナイト達がいるかはわからないの~」


 ヒーラが連れてきたのは崩壊した拠点から西に十分ほど歩いた場所だった。なだらかな斜面に空いた大きな穴は人ひとりがやっと入れるような大きさだった。この中で生活していたのだろうか。僕たちは穴へと近づいていく。


「入り口は狭いけど、中は結構広いの~。だいたい十人ぐらいなら生活できると思うの~」


 横穴を覗き込むが、中へと日は差し込んでおらず先を見通すことはできない。周囲を見回すも別段人が通った形跡は見つけれれなかった。


「灯りはどうしていたんですか」


「ナイトには光魔法があるから困らなかったの~。それに穴はくねくね曲がりながら奥へと続いているから奥で光を灯しても外には漏れないの~」


「そうすると、ここから確認しただけでは中に人がいるか確かめられませんね」


「中に入ってみるしかない、か。灯りになる物、何か持っていないか」


「いえ。松明は置いてきてしまいましたよ」


 僕の問いにエイムが首を横に振る。他の面々も同様に中を照らせるものは持っていないようだ。そうなると残された手段は……


「えっ? なんでみんな俺様の方を見つめてくるの?」


「この中で火を起こせるのはマスミだけだろ。今は緊急事態なんだ。頼むよ」


「ええ。めんどくさいなあ」


「マスミさん。お願いなの~。ナイト達を助けて下さいなの~」


「……うう。分かったよ。火を起こせばいいんでしょ。起こせば」


 ヒーラに見つめられたマスミが、折れた! いつもはなんだかんだと理屈をこね、無理を押し通すマスミであるがさすがに十三歳の少女が相手では大人げないと判断したのだろう。

 だが、何より今は緊急事態だ。マスミのわがままには付き合っていられない。


 手分けして乾燥した枝を探す。ふてくされながらもマスミは『操身術』を使い火おこしの動作を再現する。僕らが集めた枝をこすり合わせ、数分の内に火を付けて見せた。


「ちぇっ。これでいいでしょ」


「ありがとう。よし、中へ入ろう」


 僕らは予備の枝を抱える。ナイト達は果たしてこの奥に居るのだろうか。僕らは火を持つマスミを先頭にゆっくりと侵入する。


ヒーラの言うとおり穴は中で湾曲を繰り返しており先を見通すことはできない。静かな空間で足音だけが壁に反響する。




「このまま進むと広い場所に出るの~。ナイト達が居るとしたらそこだと思うの~」


 横穴は結構奥まで続いているようである。枝分かれも無い下り坂が続く中、僕らは足下に気を付けながら慎重に歩を進める。


「結構奥まで続いているな。これは自然にできた物なのか?」


「うん。ウチらがここを見つけた時からこんな感じだったの~。ほら、もうすぐなの~」


 言われて次の曲がり角の先から明かりが漏れてきていることに気付く。どうやら誰かいるようだ。ナイト達だろうか。

 僕らは一度動きを止めると、存在に警戒を払いつつ一気に角を曲がった。




「うお!? なんだてめえら!」


「やっぱり! アースガードの皆さん。僕です。サイチですよ。パーティメンバーを連れてきました」


 そこ居たのは十人ほどの人物だった。裸にレザージャケットを羽織った男がこちらの存在に気付き声を上げる。僕は慌てて敵意がないことを示すため、両手を上げて名を名乗った。


「……サイチ、さん?」


「ウチもいるの~」


「……ヒーラ? ヒーラっ! 無事だったのですかっ!」


 集団の中からボロボロのジャージを着た人物が飛び出してきた。


「うう。ナイト、苦しいの~」


「あっ、ごめんなさい。ヒーラさんが生きていてくれたことがうれしくて」


 ヒーラを抱きかかえた男性はヒーラをゆっくりと地面におろす。顔は汚れ、判別が難しいが彼は間違いなくナイトであった。


「ヒーラもナイトが生きていてくれてうれしいの~」


「ヒーラさん。本当にごめんなさい。僕があなたの手を繋いでいたはずなのに、逃げる途中ではぐれてしまって」


「あの混乱の中だったらしょうがないの~。それにナイトが魔物の所から連れ出してくれていなければウチはそのまま死んでいたの~。ウチが助かったのはナイトのおかげなの~」


「うっ。ごめんなさい。僕がしっかりしないといけないのに」


 ヒーラの言葉にナイトはうつむいてしまう。襲撃を受けたことに、そしてヒーラとはぐれてしまったことに責任を感じているのだろうか。僕はなんと声をかけてよいか迷い、まずは話を切り替えることにする。


「ヒーラさんは治癒魔法がつかえるんだよね。話は後からにしてまずは怪我人の治療を済ませてしまいませんか」


「うん。任せるの~。怪我がある人はヒーラに教えてほしいの~」


 ヒーラは空間の奥に控えているギルドメンバーの下へと駆けていった。その中にはギルドで自己紹介を受けた面々の顔も見受けられる。僕らの目の前には下を向くナイトが残された。


「ナイトさん。僕ら、早足でここに来たので少し疲れてしまいました。休ませてもらってもいいですか?」


「……ああ、はい。もちろんですよ。サイチさん達にはヒーラをここまで連れてきていただいてありがとうございます。それに、僕らの問題に巻き込む形になってしまって申し訳ありません」


「何を言っているんですか。僕らは同じ転生者ですよ助け合うのは当然です」


「そう言っていただけますか……ありがとうございます。ここではなんですから奥に行きましょうか。巻き込んでしまった以上、サイチさん達にも僕らギルドに何が起きたのか話さなければなりません」


 目じりから流れる涙を服の袖で拭うと、ナイトは僕らを先導し奥へと向かった。僕らはナイトに従い進む。


 穴にはどうやらまだ先があるようだ。この広い空間が行き止まりかと思っていたがどうやら奥に続いているらしい。僕らはナイトに促されその通路の入り口付近に移動する。

 ナイトは事後処理があるのだろう。僕らにここで待っているよう促すと他のメンバーの所へと消えていった。



「ガハハ。よく、この場所が分かったなあ」


 地面へと腰を下ろした僕らに声がかかる。


「ええっと、スミスさん、でしたっけ」


「ああ。おめえさんは無事仲間の下にたどり着けたみたいだな。ワシらはこの通り、何とか命を繋いだってところだぜ」


 声をかけていたのは筋肉質の妙齢の男性、スミスだった。豪快な笑い声で話すものの顔色には疲労感が浮かんでいる。スミスの後ろにはギルドで自己紹介を受けたメンバーの姿も見える。地肌に直接羽織るレザージャケットが特徴的なメイジと、ナイトとともに僕とマオを異世界人から助けてくれた紳士服の寡黙な男性、シーフ。そのほかギルドのメンバーはヒーラを囲う様に集まり、彼女から治療を受けていた。


 しかし、その中にはスカウドの姿が見えない。


「ああ。生き残っているメンバーだったらここにいるので全員だぜ。後は……正直分からねえ。ワシらもあの場から逃げ出すのが精いっぱいだったからな。周りの事には構っていられなかった」


 僕の視線を察したのだろう。スミスは僕の隣に腰を下ろすと疑問に答えてくれる。


 僕は手に握る探知機に視線を送る。これを僕に託してくれたスカウドや、ギルドの皆はやはり……

 僕の脳裏には地面に放置された何着もの衣服が浮かぶ。




「ナイトの方は、まだ忙しそうだな……おめえさん達も状況がつかめずに居心地が悪いだろ。ワシからで悪いが状況を説明してやる。いいか?」


「はい。お願いします」


 ギルドに何があったのか。スミスは少し視線を下げた後、僕らの方を向き話し出す。彼の口から語られたのは僕らにとって衝撃的な内容だった。

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