第十四話 新たな拠点
ライノーとの激闘を無事、勝利に収めた僕らだったが拠点となる予定だった洞窟は崩壊してしまった。このままでは備えのないまま異世界の夜を迎えることになってしまう。なんとか日没までに新たな拠点を探さなければならないだろう。僕らはようやく木々の間から日が差し込むようになってきた朝の森の中を当てもなく直進していた。
「『探知』に反応あり。木の上だ」
僕らは臨戦態勢に入る。ガサガサと前方の木の葉が揺れ、その陰から魔物が姿を現す。
「ちっ、数が多いね」
「すまねえ。スキルはずっと使ってたはずなんだが魔物の奴、木の上で待ち伏せしていたみたいだ」
僕らの声に反応したかのように周りの木々からは次々と魔物が顔を出す。深く皺の刻まれた顔に長い手足で木々にぶら下がるその魔物は地球の動物でいえば猿に近い見た目だろうか。ただし毛が白色でありモコモコした印象だ。
『硬化』を持つ僕が前に出る。
「『鑑定』によると名前は逃避猿。【脳】がスロットの二か所に装填されており頭の良い魔物です。集団で敵に襲い掛かり、投石で遠くから攻撃を仕掛けてきます 」
「なら僕がおとりになる」
瞬時に『硬化』を発動。手近にあった石をつかむとシープ・エイプの内の一体めがけて投げつける。
「GYA!?」
意外に素早い! シープ・エイプは木の枝につかまりながら器用に体を逸らせ攻撃を躱す。敵は黙視できるだけで八体。頭上から攻撃してくるとすれば地の利は魔物側にある。
マスミとマオが素早く木を駆け登る。遠距離攻撃手段を持たない僕らは敵に接近するしか対抗手段が無いのだ。
「GYAGYAGYA!」
「えっ?」
一瞬だった。シープ・エイプの内一体が大声で鳴くと、それを合図に蜘蛛の子を散らすように魔物達は木々を飛び移りながら一斉に逃げ出していく。
「ええ~、逃げちゃうの!?」
不満そうに声を上げるマスミ。僕はシープ・エイプの不可解な行動に首を傾げる。
「どういうことだ。ライノーなんかは明らかに劣勢となっても攻撃を仕掛けてきていただろ。もしかして仲間を呼びにいったとか?」
「いえ多分本当に逃げていったんではないでしょうか。『鑑定』の説明では臆病な性格と書かれていますし知能が高い分、集団で囲って確実に勝てる戦闘しかしないのかも知れませんね」
エイムの考察。なるほど魔物にも種族差があるわけだ。
「すぐ逃げる敵とか一番面倒なやつじゃん。別に得られる経験値が高いとかでもないんでしょ」
「待ち伏せに、集団で襲ってくる知性。確かに厄介な魔物ですね」
「もう少し『探知』の精度が上がれば敵よりも先に姿を捉えて先制攻撃できるかも知れねえけどな」
「そのためにはスキルの強化が必要というわけですね」
スキルの強化。その言葉に僕は女神からの説明を思い出す。
女神によれば僕らはレベルが上がることでできることが増えていくらしい。別にレベルが上がることで身体能力が上昇する、なんてことは無いみたいだが一定レベルに達するごとにメダルを装填できるスロットが増えるそうだから、結果的には能力が底上げされることになる。
僕らがレベル二に成ったことで手にいれたギフトは二つ。
一つはスロットの増加。なんでもレベル二で二つ、レベル五で三つ、レベル十で四つ、レベル十七で五つ、とメダルを装填できるスロットが増えていくらしい。魔物を倒すとパーティー単位で経験値というものが与えられ、一定数貯まるとレベルが上がる……という、なんともゲーム的な仕様である。
現在僕らはスロットの枠が二つ、つまり後スキルを一つ取得できる状態であった。またスキルにもレベルという概念があるそうで、未使用のメダルを消費することでスキルレベルを上げ効果を高めることができるそうだ。 スキルの取得、スキルの強化。どちらもメダルが必要で、魔物を倒すことでメダルを手に入れられるのだから戦力増強のためにも機会があれば魔物を倒したいところである。
だが優先順位を間違ってはいけない。まずは拠点を見つけるのが最優先だ。
「そういえばまおりん、じゃなくてマオはどこに行った?」
「うん? 呼んだ? とうっ!」
マオの不在に気付いたニイトが声を上げると頭上から返事が返ってくる。僕らが見上げるとマオが木の上から飛び降りてきた。
「おい、どこ行ってたんだよ。単独行動は危ないだろ」
「ふっふっふ~。うっちー、そんな口を利いちゃっていいのかな? これな~んだ」
「なっ!? おい。それどこで」
マオが手にしていたのは一枚のメダルだった。印字された文字を見ると【脳】と書かれている。
「さっきのお猿さん、一匹捕まえて倒したんだよ! 『身体強化』を発動した状態ならスピードでは負けないからね。さすがに他のは逃がしちゃったけど今は少しでも力を付けなきゃいけないからね」
「倒したって……おいおい、無茶だけはするなよ」
「ふふふ。そのセリフ、うっちーには言われたくないかな。
マオの言葉に僕らは苦い顔を浮かべる。おそらくリビングウッドとの戦いで身を挺してマオを庇ったときのことを言っているのだろう。
「それに倒したといっても動きを止めようとして突っ込んだらお猿さんの急所に入ったみたいで偶然倒せたんだよ。そしたら足元にメダルが転がってきて。運が良かったよ」
マオは言い訳するように顔を赤らめ状況を説明する。ともあれマオの行動はファインプレーだ。スキルが二つになればスキル同士を同時に発動することで相乗効果を期待できる。一気に戦力が高まる可能性があるのだ。
「【脳】か。誰につけるのがいいんだろうな」
「あっ。それ、俺様がもらってもいい? いいスキルを思いついたんだけど」
「……でまかせじゃあないんだよな?」
「ひゃはは。俺様も信用無いね。さすがに嘘はつかないよ」
僕の視線にもどこ吹く風。マスミはひょうひょうと受け答える。
「まあまあ、サイチさん。何も最初から疑ってかかることないでしょう。それでマスミさん。どんなスキルを取得するんですか?」
「ええっと。【脳】の因子って大脳のほかに神経系も含むんだよね。だから【筋】に装填すれば反射速度を上げられると思うんだ」
「なるほど。『回避』スキルというわけですか。戦闘向けのスキルですし、なかなかいいと思います」
「でしょ? それで誰につけるかだけど。本当はマオに付けられれば一番いいんだろうけど、【筋】のスロットが埋まっているから除外でしょ。回避タンクって言葉もあるぐらいだし、タンクであるサイチにも役割にはマッチするけど、所持スキルは動きが鈍くなる『硬化』だから『回避』とは相性が悪いよね。エイムやニイトに付けてもいいけど『回避』だけじゃ戦闘できないし。消去法で俺様かなって」
「なるほど。理にかなっていますね。サイチさんどう思いますか」
「いや、想像以上にまともな理由で、正直驚いた」
「もう! サイチ、俺様を馬鹿にしてない? こう見えて俺様、地頭はいいんだから。じゃあ、このメダルはもらうよ。マオもいいよね?」
「あっ、うん。どうぞ」
マオからマスミにメダルが渡る。
「ひゃはは。【筋】に【脳】を装填!」
【脳】のメダルが吸い込まれ、マスミの体が淡く輝く。スキルを入手した証である。
「ライム。ちょっと俺様の事、鑑定してみてよ」
「はい。ええっと、『回避』。ちゃんと取得できてますよ。スキルの効果は察知した攻撃に対する反応速度の向上、だそうです」
「へえ。反応速度の向上ねえ。それなら回避以外にも使えそうだね。これってパッシブスキルだよね?」
「はい。特に発動を意識する必要はなく、常時発動をしているようですね」
手をグッパしながらマスミは体の調子を確認しているようだ。スキルを確認したいから殴ってきてよ、とは残念ながら言われない。
「なんだそのパッシブスキルって?」
「サイチさんの『硬化』や私の『鑑定』は自分の意志で発動させますよね。一方、マスミさんの『回避』は取得しているだけで効果を発揮している状態になっています。この常時発動型のスキルの事をパッシブスキルと呼ぶんです」
「なるほどな。なら常に発動しているパッシブスキルの方が普通のスキルより強そうだな」
「そうでもありませんよ。任意発動型のスキルは効果が瞬間的なものが多い分一度の発動での効果がパッシブスキルに比べ高いことが多いんです」
「なるほどな。確かに『回避』スキルって言うと戦闘の補助的な位置づけになるか」
僕は一人納得する。
スキルを取得したことがうれしいのだろう。ニヤニヤ顔を浮かべるマスミを先頭に僕らは森の中を行く。
*
「おっ。あれは拠点として使えるんじゃねえか?」
ニイトの声に僕らは前方を確認する。果たしてそこにあったのは先ほど見つけたのよりも少し小さめな入り口の洞窟であった。小さいとは言うが別段出入りに不自由する大きさではない。後は奥行きがあるかだが。
「うん。この広さなら拠点に使えそうですね」
「だが、これは何か生き物が出入りした跡じゃねえか?」
洞窟の中は僕らが活動するのに十分なスペースがあると感じた。だが、地面には魔物が食べ残した跡だろうか少しだけ肉片のついた小動物の骨が転がっている。肉が腐敗しておらずまだ捨てられて新しいようだ。
「だけど、もう日が暮れかかってるよね。魔物が住んでいる可能性があるなら、見張り役を立てて交代で休まない? 俺様、もうヘトヘトだよ」
「食料や水も探さなければなりませんからね。洞窟の中が屋外より危険ということもないでしょう。覚悟を決めてここで休みましょう」
エイムの提案に僕らは頷く。魔物が襲い来るなら撃退するまでだ、と微妙にフラグっぽいことをいいつつ僕らは洞窟の地面に腰を下ろした。