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第十三話 VS犀皇《ライノー》3

「ちっ。しかたないなあ。これは貸しだからね」


「ああ、当然だ。ありがとう、マスミ」


 マスミは憮然とした表情でメダルを差し出してくる。表示されている【目】の文字を確認しながら僕は礼を言った。

 僕らの居る洞窟。その入り口では未だライノーが暴れ続けている。洞窟の壁面にはひび割れができてきており崩落まであまり猶予はなさそうだ。僕は手にしたメダルを見つめる。メダルを持つ手には汗がにじんでいる。

 今から対峙するのは巨大な魔物なのだ。緊張しないわけがない。でも、この役目は『硬化』を持つ僕にしかできないものだ。僕はマオに目配せするとメダルを握りこんだ。


「サイチさん。準備はいい?」


「ああ。頼む。ライノー討伐作戦、開始だ!」




 僕の掛け声を受けマオの『身体強化』が発動する。筋力の強化という単純だが強力なスキルによりマオが僕の体を持ち上げる。

 僕をライノーに投げつけてもらうのだ。嘘みたいな作戦だが、今のマオの筋力であればそれが可能なのだ。狙いはライノーの背中である。マオは上体をそらすと、一気に僕をライノーに向け放り投げた。


「っ、うう」


 唇をかみしめ極力気配を殺す。ライノーの角が僕の体を掠める。体に伝わる衝撃を『硬化』で耐えながら僕はライノーの背中にしがみついた。

 右手に握りこまれたメダル。僕はそれをライノーへと押し付ける。


「ライノーの【肌】に【目】を、装填っ!」


 右手に伝わる反発する力。ライノーの因子が新たなメダルが装填されるのに抵抗しているのか? 僕は歯を食いしばる。


「BUMOOOOOOOOOOOOOOOOOO」


 苦しそうに鳴き声を上げるライノー。体が大きく揺れ僕は振り落とされないように全身に力を籠める。さらに右手に力を掛け、メダルを押し込んでいく。


 押し込む力に反発する力が大きくなっていく。けれどもそれに反比例するようにライノーの皮膚からは硬度が失われていくようだった。右に、左に視界が揺れる。油断すれば待っているのは固い地面だ。力のすべてを込めて僕はそのごつごつとした皮膚へとしがみつく。

 一瞬、横揺れが止まる。成功したのか? けれどもその期待は一瞬で打ち砕かれる。ライノーは前足を大きく上げ、上体をそらすと半ば倒れるように背中を壁に向けたのだ! 僕の背後に洞窟の壁面が迫る。


「がはっ」


 巨体が僕へと覆いかぶさった。『硬化』した上で耐えきれないほどの衝撃が外骨格に守られた僕の内部を襲う。


「BUMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO」


 ライノーの絶叫。見れば壁に押し当てた皮膚表面はその衝撃に傷つき、血が噴き出していた。間違いない、効果は出始めている。苦しそうに体を激しく揺らすライノは必至で僕を振り落とそうとしているのだろう。意地でも手を放してやるものか! 右手に力を籠めるたび、メダルはライノーの中へと浸透してくのを感じる。


「くっ、そ。うああああああああああああああああああああああああ」


 満身創痍の体にムチ打ち、全力で右手へと意識を集中する。あらん限りの力を込めた右手がさらにメダルを押し込むと、フッと手の中からメダルの感触が消えた。






――ダンッ


「ぐはっ」


 背中を襲う激しい衝撃。気付けば天井を仰ぎ見ていた。ライノーから振り落とされたのか。頭だけを上げると、ライノーは未だ大きく暴れまわっている。


「サイチさん!」


「エイ、ム。僕はいい。『鑑定』を」


 ほとんど呼吸ができないことに気付く。背中を打ち付けた衝撃に横隔膜が痙攣したのかもしれない。僕は掠れる声で何とか言葉を吐き出す。


「っ! マスミさん、マオさん。攻撃を!」


「おっ、成功したんだね。じゃあ、今度は俺様の出番だ」


「サイチさん、ありがとう! 後は任せて。いっくよー!」


 マスミが、マオが、ライノー目掛け駆け出した。二人の速さは驚くほど速く、地面を足で打ち鳴らすライノーとの距離は一瞬で詰まる。壁面と擦れるたびに傷を増やしていくライノーの皮膚を見て僕は作戦の成功を確信する。


「らああああああああああああああ」


「えいっ!」


 壁面を蹴り上がったマスミは空中で体勢を立て直すと両足を使いまるで格闘ゲームめいた超人的動きで連撃を放っていく。マオはライノーの左前脚の前に到達すると足を半歩引き、体の回転とともに拳を振るう。


「BUMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO」


 二人の連撃が決まる。全身が弱点である目と化しているライノーから上がるのは一際大きな絶叫だった。


「ひゃはは、効いてる。攻撃が効いてるよ! さあ、ガンガンいこうぜ!」


 鈍い音が断続的に響く。拳が、脚がライノーを打ち据え続けている。ライノーも流石のタフさであり、攻撃を受けながらも足や角で反撃を繰り返している。

 だがスピードではマスミ達が上だ。反撃は空を切るばかりであった。増え続ける傷に、当たらない反撃。普通、この状況なら野生の動物は逃げ出していくだろう。けれどもライノーの顔からは僕らへの戦意が消えない。自身の生存よりも優先される狂暴性。これが魔物なのだろうか。

 全身から血を流し、こちらを狙うライノーに僕はもの恐ろしさを感じる。


「たああああああああああ」


 ゴキッと嫌な音が鳴る。


「BUMOOOOOOOOOOOOO」


 左前脚から崩れ落ちるライノー。マオが殴り続けた箇所が赤く腫れており、先ほどした音は骨が折れた音だったのだろうか。片足を失ったライノーは更に顔へとマスミに飛び乗られ地面に伏した。


 その後、マスミとマオは協力し右前脚、後ろ脚と順番に攻撃を重ね、ついにライノーからの抵抗が止まる。

 流れる血が辺りを染める頃にはライノーはピクリとも動かなくなった。


「これは、倒した、のか?」


「『探知』でも心音の反応がねえぞ。俺達はライノーを倒したんだ」


「やった!」


「ひゃはは! 俺様、大勝利!」


 皆で力を合わせ勝利したのだ。痛む体で立ち上がりながら僕は走り出す。皆で肩を寄せると、僕らは快哉を叫ぶ! 



「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」



「 BUMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」




「なっ!? まだ生きてるのか?」


「おいおいおい、なんかやばいぞ」


 信じられない光景だった。死んだはずのライノーは息を吹き返し、最後のあがきとばかりに天井へと角を突き立てたのだ! 角の刺さった部分を起点に洞窟の天井に亀裂が走る。いままでさんざんライノーが暴れていたのだ。亀裂はすぐに広がり、洞窟の入り口付近を覆っていく。


「みんな、逃げろ!」


 言うが早いか僕らは洞窟の出口目掛け駆け出した!





「全員無事か?」


 上がる息を抑え僕は後ろを振り返る。そこには肩で息する面々と、崩落で入り口が完全に埋まってしまった洞窟の成れの果てがあった。


「はあ。寿命が縮まるかと思ったぜ」


「ひゃはは。まさか最後にこんな演出を見せてくれるとは、してやられたね。これじゃあメダルは回収できないし、もったいないなあ」


「拠点はまた探さなければいけませんね。それに洞窟崩落の音につられて魔物が寄ってくるかもしれません」


「うへえ。私、もう戦う余力なんて残ってないよ。早く移動しなきゃ」


 口々に不平を口にする面々。だが、皆の顔には笑顔が浮かんでいる。


「洞窟も一つは見つかったんだ。きっと他にもあるだろう。行こう」


 僕は明るい口調で皆を動かす。疲労はあるが気力は充実していた。何せ、強大な敵を打倒したのだ。今ぐらい浮かれていたっていいだろう。

 僕らは手にした大きな勝利を称え合った。




『愛しき私の子達よ、聞こえていますか?』


 突如頭の中に声が響く。この声は僕らを異世界へと導いた女神の声であった。僕らは全員が黙して声に聞き入る。


犀皇ライノー討伐おめでとうございます。今回の戦闘により皆様の位階上昇レベルアップを確認しました。新たな贈り物(ギフト)が解放されましたのでご活用ください』


 レベルアップ。女神の言葉に僕らは浮き足立つ。


『皆様の位階レベルが二に上がったことで解放された贈り物(ギフト)は二つ。一つ目は新たなスロットの解放。これにより皆様はスキルを追加で一つ得ることができます。二つ目はスキルの強化です。メダルを複数枚消費することでスキルの効果を高めることができます』


 スロットの解放にスキルの強化。どちらも僕らの力を高めてくれるものだろう。僕らは新たな力の獲得に胸を高鳴らせた。

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