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第十一話 VS犀皇《ライノー》1

「ひゃはは。初っぱなからボスキャラとか、これなんて無理ゲー?」


「強制負けイベントで生存ルートが……ってそんなわけないですよね」


 眼前の光景にあきらめを孕んだ苦笑いを浮かべるマスミとエイム。目の前に迫るのは圧倒的な巨体を持つ化け物だ。魔物は入り口で体を詰まらせており洞窟内部には侵入できないようであるが、あんな場所に居座られては洞窟の外に出ることもかなわない。

 洞窟の中には食料も水もないのだ。状況を打破するには何とかして目の前の巨大な犀をどけるしかないようだ。


 魔物はこちらを見据えたまま何度も入口へと頭突きを繰り返している。『鑑定』によれば魔物の名は犀皇ライノーと言い、地球でいう犀に近い生体構造を持つ魔物だそうだ。体躯は僕らの二倍を優に超え、顔から突き出る鋭い角だけでも一メートルは超えるだろう。表面は固い皮膚に覆われており、先ほどから岩壁に何度も頭を打ち付けているようだが傷がつく様子はなかった。


 僕は未だ地面に横たわるニイトに視線を遣る。


「マオ。とりあえずニイトを洞窟の奥へ避難させてくれ」


「う、うん。わかったよ」


 『身体強化』を使用したマオがニイトを洞窟の奥へと運ぶ。まるで赤子を抱くかのようにニイトを軽々と持ち上げるマオ。あれなら人をボールのように投げられるんじゃないか? とにかくすごい力だ。

 そうしている間にも地面の揺れは続く。襲い来る揺れを見るに洞窟が崩れてしまうのは時間の問題に思える。


「くそ。なんでこいつは執拗に洞窟へ入ってこようとするんだ?」


「そんなの魔物は人を襲うものだって相場が決まっているでしょ? 異世界の常識だよ」


 一体どこの常識だよ。僕はマスミの言葉に脳内でツッコミを入れる。

 頭を打ち付け入り口の穴を削っていくライノーの様子には狂気が見て取れる。これが魔物。僕はゴクリと唾を飲み込む。


 ライノーが僕らを狙っているのだとしたら時間経過で諦めてくれると考えるのは都合がよすぎる考えだろうか。ライノーの体力がどこまで続くかはわからないがこのまま頭突きを続けられては洞窟が崩れかねない。なんとか早急に手を打たなければ待つのは、生き埋めだ。


「何とか退けるしかないか」


「ですがどうしましょう。私達には武器がありません。岩とぶつかって傷一つつかない相手に有効な攻撃ができるでしょうか」


「そういう時は急所を狙うしかないでしょ。目だったら皮膚に覆われていないし、俺様が殴ってくるよ」


 マスミは言うが早いかライノー目掛け飛び出す。血走ったライノーの眼がマスミをとらえる。


「らああああ!」


「BUMOOOOOOOOOOOOOOO!」


 一足飛びに近づき見事ライノーの瞳を殴りつけたマスミ。その一撃でライノーは悲鳴を上げる。攻撃が効いている! 


「しゃあ! 見やがれ……って、がはっ」


 痛みのために顔を振ったライノーの角に打ち払われ、マスミ腹を打ち据えられると壁へと叩きつけられる。


「ちっ、少し油断しちゃったよ」


「マスミ、大丈夫か」


「うん。『操身術』で受け身を取ったから怪我は大したことないさ。だけど服が汚れちゃった。替えの服なんてないし、最悪だよ」


「……思った以上に大丈夫そうだな」


 マスミの無事に安堵した僕だが状況は変わっていない。マスミの攻撃を受けても気勢の衰えないライノーは、洞窟への攻撃を繰り返している。

 ダメージをほとんど与えられていない現実に僕の頬を汗が伝う。とにかくこの状況を打開しなければ。いったいどうすれば。そのためにもまずは落ち着くんだ。


「エイム。ライノーのスキルは分かるか?」


「はい。保有因子は【鼻】へ【角】、【肌】へ【甲】の二つが装填されています。スキルは『刺突』と『装甲』。『刺突』は指定部位を鋭利にとがらせるスキルでライノーは鼻から生える角をより鋭利にとがらせています。『装甲』は皮膚表面を硬化させるスキルで効果は角にも及んでいるようです」


「そうだ。マスミはたしかメダルを一枚持っていただろ。なんのメダルだったんだ?」


「ああ。この世界に来る前に奪ってきたやつね。【目】のメダルだよ。残念だけど戦闘向きじゃないよね」


 マスミは懐から一枚のメダルを取り出す。【目】を使ってライノーに対し有効なスキルを手にすることはできるのか。今足りないのは『装甲』により硬化したライノーの皮膚を突き崩せるだけの攻撃力だ。

 急所を突くようなスキルは? 弱点が見えるスキル? ダメだ。どちらもライノーの皮膚に阻まれてしまうだろう。


「う、うう」


「うっちー! まだ起きじゃだめだよ。怪我に障るよ」


 声に振り向くと、負っていたダメージから寝込んでいたはずのニイトが起き上がっていた。表情は青く、口元は痛み故かきつく結ばれている。


「ニイト。何やってるんだ。お前は奥で寝ているんだ」


「ははは。みんなに働かせて、俺だけ寝ていたんじゃカッコがつかねえだろ……みんなは逃げてくれ。ここは俺がおとりになる。俺を男にさせてくれ」


 突然の発言。ニイトの言葉に場が凍る。


「へっ? うっちー、何言ってるの。そんな体で無茶したら、絶対死んじゃうよ」


「だけどこのままだとどうせ全滅だ。あの様子じゃライノーが俺らへの攻撃を諦めるとは思えねえ。なら、誰かがおとりになってライノーの注意を惹いて、その隙に……」


「そんなのダメだろ!」


 無意識のうちに僕は叫び声をあげていた。上ずった声が洞窟内をこだまする。


「誰かを犠牲にして生き残る。そんなことをしても残された者の心に傷ができるだけだ。誰かを犠牲にするなんて、僕は絶対認めない」


 僕は声を荒らげる。

 僕の頭によみがえるのは降り注ぐガラス片から僕を守るため身代わりとなったコミの最後の顔だ。また僕のために誰かが犠牲になるなんて、そんなのはダメだ。もう、守れなかったなんて後悔はしたくないんだ。

 僕は強い視線をニイトに向ける。


「サイチ……でもよ、他に手はねえんじゃねえか? ここを全員で無事抜けるためには洞窟の入り口に居座るライノーを倒さなきゃならねえ。だが、俺達はそんな力、持っちゃいねえだろ。もう少しレベルが上がって強くなりゃあ別かもしれねえけど、少なくとも今の俺達は一般人に毛が生えた程度の能力だぜ? あんな怪物にどうやって立ち向かうって言うんだよ」


 悲痛な訴え。命を懸けるのだ、ニイトも相当な覚悟をしていたのだろう。僕は一瞬うつむいてしまう。だが、どんなに困難があるからって、仲間を犠牲になんてさせてやるものか。コミの夢は皆を笑顔にすることなんだ。

 バッドエンドが分かった筋書きなんていらない。僕らが目指すべきは全員での生還(ハッピーエンド)だ!





「……大丈夫。僕に作戦がある。みんな、力を貸してくれないか」


 ライノーの持つスキル、マスミが所持するメダル。正直、賭けになるがやるしかない。全員で生き残るため、僕は思いついた作戦を胸に顔を上げて皆を見回した。

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