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第九話 それぞれの目的

 暗い森の中を進む。

 火の灯る松明を手にしたエイムがパーティーの先頭を行き、その後ろを僕とマスミが怪我をするマオ、ニイトを挟み並んで歩く。

 魔物除けのために灯す松明はエイムの『鑑定』で松の代わりとして使える枝を見つけ急造したものだ。松と同じく樹脂がたっぷりしみ込んだものを選んだことで、長く火を維持していることができる。


 歩き出してから30分くらいだろうか。幸い、というべきだろう。未だ『探知』に魔物の反応は見られない。僕らは太陽と思しき恒星を頼りに地球でいう南の方向へと移動していた。特に南に向かっている理由はない。とにかくまっすぐに進みどこかに突き当たるためには南が一番目指しやすかったのだ。


 今のところ、目に映るのは直立する木々ばかりで風景に変化は見られない。

 僕たちは恐らく来るであろう夜のためにも拠点となる場所を見つけねばならなかった。僕らパーティーがまず目指すのは安全の確保だ。行けども代わり映えしない景色に僕らは確かな焦りを感じ始めていた。


「ぐ~~~~~~」


 誰かの腹の音が鳴る。確かにそろそろお腹がすいてきた。どうやらこの作り替わった体でも飲食は必要とするようだ……そういえば、リビングウッドの枝には確か果物が成っていた。あれは食べられないのだろうか。


 僕は『鑑定』スキルを持つエイムに疑問をぶつける。


「リビングウッドの実ですか? 食べられるみたいですよ」


「そうか。ならもったいないことしたな」


「燃やしてしまいましたからね。そういえば、女神の説明では魔物はメダルを落とすということでしたよね。もしかしてあの死骸の中にメダルがあったんじゃないですか!」


「あっ!」


 しまった。確かにその可能性を見落としていた。魔物がメダルを落とす。最初に女神が説明したことじゃないか。


「それなら俺様が回収しといたよ」


「えっ! いつの間に」


 マスミは二枚のメダルを見せてきた……内一枚は最初の空間で誰かから奪った奴だろう。


「ひゃはは。【筋】のメダルだね」


「マスミ。二枚持っているのならマオに一枚譲ってくれないか? 俺がドジ踏んだせいでマオは今スキルを持っていないんだ、頼むよ」


 メダルを見たニイトが頭を下げる。


「はあ? 嫌に決まってるでしょ。これは俺様のメダルだよ」


 マスミの発言に場の空気が凍る。


「なっ!? てめえ、それでも男かよ! マオはスキルがねえんだぞ!? 生き残る確率を上げるために仲間ならメダルを譲るべきだろが!」


「ニイトこそ何を言ってるんだい? ここは安全が国により保障された現代日本じゃないんだよ?」


 マスミから表情が消える。背筋に悪寒が走る。


――ドスッ


「かはっ」


 気付けばマスミの拳がニイトの腹に突き刺さっている。僕のスキル発動も他の皆の反応も間に合わなかった。


「マスミ、何を……」


「俺様、言ったよね。地球の、平和な日本の倫理観を引きづっているようじゃ、この異世界では生き残っていけないって。この世界にとっての俺様たちは排除すべき転生者インベーダーなんだよ。この世界の生物を狩り、力を付け、より強い生物を狩る。どう言い訳をしたところでこの世界から見れば俺様達は、悪だ! そう、俺様達が生き残るためには悪に徹さなければならないのさ」


 高揚した声色で持論を並べるマスミ。駆け寄ってきた他の仲間はあまりの事態に発する言葉を探しているようだった。マスミの口調は徐々にエスカレートしていく。


「生命線ともいえるメダルを譲れだって? 自分よりも集団を優先しろだって? ふざけるなよ! 地球と異世界。これは二つの世界の存亡をかけたゼロサム(椅子取り)ゲームなんだよ! 俺様達が置かれている状況は圧倒的なアウェーだ。壊滅的に不利な状況なんだよ。それをひっくり返そうと思ったら手段を選べるはずがない! もっと真剣に、徹底的に、完璧に成れよ! 火急的に、非常に、効率的にやれよ! これはゲームだ。しかも超難易度のな。あんたらもクリアを目指すのなら甘いこと言ってるんじゃねえよ!」


「なっ……」


 マスミのあまりの圧力に僕は言いかけた言葉を失ってしまう。マスミの言うことは絶対に間違っているはずなのに、マスミの真剣さは本物だと感じてしまった。マスミは本気でこの戦いをゲームだと思い、真剣にクリアを目指している。僕らのように地球を救いたいという思いが、何か大切なものを守りたいという思いがあるのかどうかは不明だが、間違いなくマスミの今の言葉は本心であると確信できた。


「……柄にもなく熱くなっちゃったね。けど、いざという時になれ合うつもりはないということだけは分かっておいてよ。俺様だって恨み言を言われれば傷つくんだからね。後で的外れなことで文句を付けられたくないし」


 マスミはそのままニイトから視線を切った。緊張が切れたのだろうか。ニイトが遅れて膝をつく。


「うわわ。うっちー、大丈夫?」


「痛ってえ。くそ、あいつ本気で殴りやがった」


 苦痛に歪むニイトの顔。マオがニイトへと駆け寄る。


「あいつやりすぎだろ」


「……マスミさんのこと、私に任せてもらってもいいですか」


「はあ? おい。大丈夫かよ。マスミの奴、相当切れてたぞ」


「フフフ。まあ、ダメで元々。殺されはしないでしょう」


 微妙に不吉なことを言うエイムは笑顔でマスミの下へと向かう。いくら何でもマスミの行為はやりすぎだ。こんなことが続くようならパーティーの存続すら危ういだろう。僕は解決をエイムに託す。少なくとも嫌われていると思われる僕が動くよりは解決の見込みがあるだろう。


「はあ……今度はエイムなの? 俺様の言葉聞いてた? 何度言われようが俺様の考えは変わらないよ」


 あからさまにマスミはエイムを邪険に扱う。エイムはそれに対し笑みを崩すことなく、マスミを僕から少し離れたところに誘導すると何やら小声で話し出した。

 話の内容は気になるが、今僕が出ていけば確実に話がこじれることは確かだろう。どのみち今は移動できる状況ではない。立ち止まるとニイトとともに周囲の警戒に当たる。






「ほら。【筋】のメダルだよ。受け取って」


 時間にして五分ぐらいだろうか。エイムとの話し合いを終えたマスミは、なんとマオにメダルを手渡してきた。


「えっ、いいの? ……ありがとう」


「さっさとスキルを取得してね。足手まといはいらないから」


「う、うん。わかった」


「エイム。いったいマスミに何を言ったんだ?」


 いったいどういう風の吹きまわしだ? マスミの行動の不可解に答えを求めて僕はエイムの方に顔を向ける。


「別に特別なことを言ったわけじゃないですよ。彼の思考は良くも悪くもゲーム的なんです。効率よく、最短でのクリアを目指す、それが彼の思考です。ですから私はマスミさんにとっての利を説いただけですよ」


「? どういうことだ」


「女神は言いました。スキルはメダルを集めることで強化できると。つまりメダルはスキルをレベルアップするための経験値として機能します。そしてレベルは上がるほどに上がりづらくなる逓減性を持ちます。なので経験値は一人に集中するよりもパーティーで均等に上げたほうが強くなれるということです。例えるならLV60とLV1のキャラクターより、LV50のキャラクター二体の方が強い、という話ですよ」


「??? 結局どういうことだ」


 エイムの説明に、僕が理解できたのは二割ほど。エイムはゲームで例えたがほとんどゲームをしない僕にゲームで例えられても通じるわけがないだろう。

 まあ、とにかくエイムがうまくやったということは分かった。僕はひとまずほっと息をつく。


「だが、マスミは何とかしないとな。このままじゃ、一緒に行動できないぞ」


「マスミさんも環境の変化になれないだけですよ。きっと打ち解けられます」


 僕の懐疑をエイムは笑顔で否定する。確かに疑えば不信感は広がるだけだろうが……マスミへの対応は静観で大丈夫なのだろうか。



「まおりん、スキルは何を取ったんだ?」


「うん。攻撃できるスキルが足りないと思ったから【筋】に【筋】を装填したよ」


 背後からスキルの話題が聞こえてくる。過程はどうあれこれでパーティー全員がスキル持ちとなったわけだ。


「ちょっと鑑定させてもらいますよ。スキル『身体強化』ですか。単純に筋力が倍加するスキルのようですね」


「へえ。じゃあまおりんは俺より力、強いわけだ」


「じゃあ、ちょっと試してみるよ」


 マオは足元の石を拾うと構えをとる。


「いっけー!」


「うおっ」


 思わず変な声が漏れてしまう。マオが投げた石は木々を軽々と飛び越し、空へと消えていった。


「はっ。やべえなおい。めっちゃ強くなってるじゃねえか」


「うっちー。女子に強いって誉め言葉はどうかと思うよ。でも、なんだか体が軽くなった感じだよ」


 嬉しそうに笑顔を見せるマオ。もしかしたらスキルを持たないことに不安を感じていたのかもしれない。けれどもこれでひとまずはパーティーの全員がスキルを手にしたわけだ。僕らはマオのスキルについて戦術を話し合いながら先を行くマスミの後を追った。

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