婚約破棄された侯爵令嬢は、愛する人を思い浮かべる
かなり前に書いたものなので未熟な作品ですが、記念にこのまま置いておきます。
「キトリー・ロレーソ侯爵令嬢。お前との婚約は破棄させてもらう!」
大勢の貴族達が集まるご自身主催の夜会で、聞き取りづらいガラガラ声が響き渡りました。
集まっている皆様は、一様に何を言いだしたのかわかりかねて、不思議そうにしていました。
聞き取り辛さが原因ではありません。このような貴族の皆様が集まる広間で、婚約発表ではなく、婚約破棄発表を自慢げになさることが信じられなかったのです。しかも相手の侯爵令嬢に恥を掻かせるようなことをするなんて。
――しかし、その声の主と相対するわたくしはこの状況を心の底から喜んでおりました。
とうとう。
とうとうやりましたわ!
念願の婚約破棄……!
わたくし、やっとあなたの元に行くことができますわ。
そう、わたくしことロレーソ侯爵が娘、キトリー・ロレーソは、愛する者と結ばれるため、ずっとこの日を……ガマシュー侯爵からの婚約破棄を目指して頑張ってきました。
もちろん貴族同士の婚約が破棄されることは、通常ではありえないことくらいわかっております。今日という日が来るまで少し不安でしたが、一生懸命彼の嫌がることをしてきたことが功を奏したのでしょう。
ガマシュー侯爵が我が屋敷に来たときはいろいろな対応をしました。
彼が来訪するときは、すぐに玄関に向かわず待たせるようにして、彼の好みではないドレスを着て、髪型にして、お茶をするといわれたときは嫌いなものを出し、決して笑顔で応対せず、会話だって続かないようにしました。嫌われるよう精一杯努力したのです。
――まさか、このように上手くいくとは……ああ、よかった!
わたくしには、愛するお方がおります。
その方は……、バジール様は我が家の庭師です。
好青年で存在感があって、最初は他の庭師の方と比べて歳が近いので興味を持ちました。
好奇心で近寄っただけだったのです。
しかし、会話をしているうちに彼の草花の知識量や、丁寧な仕事に好感を持ち、次第に毎日会うのが楽しみになっていました。
なぜなら、わたくしの趣味もお花のお世話をすることでしたから。
お父様の庭や温室も、今ではほとんどわたくしが管理しているほどです。
そんな庭師の彼は契約の関係からか、日に少ない時間しかこちらに働きにきませんでした。けれどもその短い時間がいつも夢のようで、いつの日からか自分の気持ちが抑えられなくなるのがわかりました。
悩みに悩んで、とうとう「好きです」と気持ちを伝えました。
彼はわたくしに婚約者がいることを当然ご存知です。困った顔をなさいました。
それに身分違いですものね。
ですがわたくしもあきらめきれませんでした。
普段はおっとりしているわたくしですが、彼に勢いよく言い放ちました。
「ガマシュー侯爵との婚約を破棄されましたら、わたくしと一緒になってくださいまし!」
あまり驚かないバジール様も、そのときは何を言い出すのかと目を見張っていました。
わたくしも、貴族の令嬢が男性に向かって「結婚してください」と言っているようなものであることに、すっかり気づきませんでした。
求婚は男性からするものですもの。
「……婚約を破棄されたら、わたくしは貴族の社会ではやっていけないでしょう。そのような娘をもらおうという貴族はいませんわ。ですから……」
彼は次の言葉を静かに待っていました。
「ですから、そうなったらわたくしをもらってくださいまし! 貴族の身分だって捨てますわ! あなたと同じ目線で、あなたとともに隣を歩いていきたいのです……!」
その日の朝から言おう言おうと思っていたので、興奮により息が上がってしまいました。
きっと頬も赤くなりみっともない顔をしているはずです。
少し恥ずかしくなって顔をうつむけました。
「……婚約破棄なんてできようはずがありませんよ、キトリー様。今のところあなた様にそうなるような非がありませんし、お屋敷にもありません」
彼は顔を静かに横に振り、まるでわがままな子供に対するようにわたくしを見ました。
「やってみなければわかりませんわ。お願いです。婚約を破棄されたなら、どうかわたくしをもらってくださいまし。あなたとならどんな生活でもやっていけますわ」
どんな努力だって惜しみませんわ。
彼はわたくしのような箱入りで世間知らずの娘のいうことでも、真面目な顔をして聞いてくださいました。
「同じ目線は、難しいでしょうね。キトリー様は私より背が低いですから」
「……まあ、そういう意味ではありませんわ」
彼が静かにそういったことにより、わたくしも少し落ち着きを取り戻しました。
「ははは、わかっておりますよ」
「もう、意地悪ですわ」
そして、わたくしの想いが通じたのでしょうか。
勇気づけてくれる素敵な笑顔で応えてくれました。
「そうですね。そのときは、……必ず」
○● ○●
ガマシュー侯爵は、まだわたくしの悪口をおっしゃっています。
もう返事をしてもいいのですが、侯爵とは思えないこの残念さを、他の皆さんにもお伝えしたいのでしばらく待っていましょう。
そうですね。今この状況が来ることを、強く決心したきっかけを思い出してみましょう。あの心が沸き立つ、彼との逢瀬の日のことを。
あの日は先にガマシュー侯爵が来ていて、いつもどおりつまらない会話を一方的にして去っていきました。
ガマシュー侯爵との婚約の経緯は、数年前のこと。
彼は早くに家督を継ぐことになり、結婚相手を早急に探しておいででした。
侯爵には婚約者がおりましたが、その方がご病気で亡くなられました。そのことにより、同じ侯爵家で、婚約者がいなかったわたくしに白羽の矢が立ちました。
わたくしのような侯爵の娘に婚約者がいないというのも不思議なことですが、その理由はお父様の意向ですわ。可愛い娘にまだ婚約者はいらないと突っぱねていましたが、この度裏目に出てしまいましたわね。
そういえば当時はそれも仕方ないと思っていました。横柄で尊大で目を背けたくなるような態度でも、貴族の結婚なんてそのようなもの。わたくしの「家」しか見ていなくともそのようなもの、と。
彼は、わたくしの家の庭や温室に興味を示すものの、一緒に土いじりをするような方ではありませんでした。
わたくしの趣味をご存知だったのでしょう。礼儀として興味を持っている振りでもしていたのです。
しかし、暗い気持ちはあのときまででした。あの方と出会ってから、心が舞い上がるような気分になったのです。
さあ、わたくしにはぼうっとしている暇はありません。
きっともうすぐ彼がこの屋敷に来てくださる時間ですもの。
彼がこの屋敷に来る時間はいつもまちまちですが、嬉しいことに毎回ガマシュー侯爵とは重複しませんの。
まあ、重複したとしてもその際はもちろん侯爵のお相手なんて致しませんわ。
わたくしは急いで庭作業用のドレスに着替え、いつもの麦藁帽子をかぶりました。この帽子は彼と初めて会ったときにほめてくださった帽子です。
今日もドキドキしながら彼が来る庭に小走りで向かいました。
「バジール様! ごきげんよう。今日も素敵なお花を植えましょうね」
「こんにちは。麗しいキトリー様。本日もかわいらしいお姿ですね」
彼はわたくしが来ると必ず立って、きれいに腰を折り挨拶してくれます。そしていつも心躍らせる一言をおっしゃいます。
「うふふ。相変わらずお世辞がお上手ですわ」
「お世辞ではございませんよ」
バジール様と最初に会ったときは、背が高くて、筋肉がしっかりついていて、でもすっきりしていて、まるで騎士様のようと思いました。
お父様から直接、新しい庭師が来たと紹介してくださったことも、大変珍しいことでしたからよく覚えています。
普段見るほかの庭師の方と印象が違うので、少し興味を持ち自分から庭を案内すると伝えました。
お父様は少し焦っていましたけど、この家の庭はほとんどわたくしがお世話していますもの。その方にひとつずつお教えしました。
彼はとても飲み込みが早く、数日後にはわたくしの案内は必要なくなりました。
その頃には彼のことを少し好ましく思っていて、連れ立って歩けないことが残念でした。
しかし、彼は変わらずわたくしと一緒に庭の手入れをしてくださいました。
ある時彼がいつまでも「お嬢様」と呼ぶので、「わたくしの名前はキトリーですわ。あなたも呼んで下さいまし」とわたくしの名前を呼ぶようお願いしました。
彼は驚きつつも、笑顔で言ってくださいました。
「キトリー様」
「あ、……わ、わたくしもあなたのことをバジール様とお呼びしますわ」
彼がまるで愛しい人を呼ぶようにいうものですから、顔が赤くなってしまいました。
彼が「様はいらないですよ」という言葉も聞こえないほど照れていましたわ――。
さて、わたくし達が名前で呼び合うようになってから時がたった本日。
二人並んでしゃがみこみ、草むしりをしていました。
お父様も、もうすぐ結婚だからと自由な時間を許してくれているのでしょう。他の庭師の方々も気を使ってか、近くに寄りません。なので、毎回彼と二人きりの時間を持つことができています。
彼は作業をしながら、わたくしの興味がある会話をはさみ、いつもどおり飽きない時間を二人で過ごしました。
ただ、彼は気を抜くと草を根ごとむしらず、表面のみ勢いで取ってしまうことがあり、本日何回目かの失敗をなさいました。
「あぁ、またやってしまったな」
うなだれてしまいましたので、軍手を外し彼のやや固いけれどきれいな緑色の髪をなでました。
「よしよし。それにしても、とてもきれいな髪の色をしていますわね。隣の国の血でも入ってらっしゃるのかしら」
よしよしと撫でながら彼の髪の感触をひそかに楽しみました。はしたないと思われているかもしれませんが、わたくしの手は止まりませんでした。
「そういえばこの国の第三王子殿下も、隣国の王妃様の血をついで緑の髪をしてらっしゃるのですって。でもとても怖い方という噂がありますの」
この国の第三王子殿下は、我が王国の影の騎士団団長をしていらっしゃるため、公に姿をお見せになりません。
暗い色の甲冑を着て、わが国の闇に潜む悪を捕らえているそうです。噂では悪事を働くものは、骨さえ残さず消すそうですわ。
「そうですか」
彼はそれを聞いて、草むしりに集中しているふりをして、そっけなく短い返事をしました。
そこでわたくしは、彼の内面にずけずけと入ってしまったことに、はっと気づくのです。
「申し訳ありません! 他人の出自を軽々しく聞くなんて、貴族の子女にあるまじき行為でしたわ。お許しくださ……」
自身の失態に急いで謝ろうと立ち上がった瞬間、足がもつれて温室の脇に重ねて置いてあった木の板にぶつかりました。
さらに連鎖してわたくしの背より大きな板も落ちてきました。ぶつかってもそんなに痛くないでしょうが、顔を背けます。
軽い衝撃を待ちましたが、それは落ちてきませんでした。
彼がわたくしを抱き込み、木の板を軽々と片手で支えたからでした。
「キトリー様。お怪我は?」
「え、あ……いえ。ありません、わ。 あ……りがとうございます」
かぶっていた麦藁帽子が今の拍子で落ちてしまったようです。
彼の顔がとても近くにあって、体温も近くに感じました。どきどきしてしまい、まともに返事もできませんでした。
時が止まってほしかったですが、彼はぱっと身体を離し落ちた麦藁帽子を拾い上げてくれました。
その後「ご無礼を」と身分の低い者が高い者に対する礼をとり、すこしさびしい思いをしました。
わたくしはそのときから決めたのですわ。彼と一緒に進む未来を――。
美しい思い出から帰ってきたわたくしですが、まだガマシュー侯爵の演説が続いており、嫌気がしましたのでさっさと立ち去ることにしました。
「もうわかりましたから、婚約破棄は……」
了承しましたわ、と言おうとしました。
「よって、キトリー・ロレーソ嬢は、不法に栽培した薬草を他国に売りさばいている疑惑がある!」
――――な、なんですって?
「キトリー嬢は最近とみに自身の庭で、こそこそと他国の使者と会っておる! 薬草を売りさばいておったのだ!」
何を言い出すのかと思えば、わたくしを犯罪者扱いですわ。
ガマシュー侯爵はわたくしが、この国でも一番の面積を誇る広い庭や温室を管理しており、法で禁止されている薬草を栽培し売っているとおっしゃいました。多額の利益を得ているとも。
「何をおっしゃっているのか、わかりかねますわ。わたくしそんな方とお会いになったことがありませんし、お庭でお花の世話をするのはわたくしの趣味ですわ。そもそも法で禁止されている薬草とは何ですの?」
わたくしの屋敷の庭は、美しいお花やおいしい果物、瑞々しい野菜を栽培しています。
それも最近は、バジール様と一緒に心をこめて作っておりましたわ。
まさかバジール様がその使者だとでも?
そんなことは一切ありえません。なぜなら彼の言葉はいつも優しくあたたかさに満ち溢れているのですから。
『これはここに植えましょうか』
『こちらはもう少しで咲きそうですね』
『あなた様の心がこもった果物です。どうぞ一口お召し上がりください。おいしいといいですね』
『見て下さい。あなたのようなかわいらしい花が咲きましたよ』
わたくしとバジール様とで、一緒に育てた草花達、一緒に摘んだ果物、いつ咲くか二人で心待ちにした時間。
心がぽかぽかする大切な楽しいお庭。
それをこのようなことで、わたくしの美しい思い出を汚さないでいただきたいですわ。
「これがその証拠の草だ!」
……何が、法に背いた植物ですの。
「ご冗談を。それはパリパリ草。シャキシャキと歯ごたえのあるおいしい葉物ですわ。こちらにいらっしゃる皆様の食卓によく出ていらっしゃいます」
貴族の方々どころか、我が家の使用人たち、我が領地の民たちの食卓にも出ますわね。
「こ、これではなかった……これだ!」
「そちらはしゅんしゅん菊。鍋物によく入れます。おいしいですわよね」
侯爵は手を掲げたまま絶句しました。
それでもめげずに自分の懐を探って出していきます。
しかし、「では、これだ!」と出すものすべて、いずれのお屋敷でも町民でも普通に育てているものばかりでした。
さらに、ぴりぴり菜、レタレタス、ぽんぽん草。……もうおわりですの。
最初の数本は何も見ずにポケットから出していましたが、わたくしがその植物を言い当てだすと、まず自身で確認するようになりました。
なにやら、先ほどから自身の想定外の植物しかでてこないご様子。
最初から確認して出してほしいですわ。
そして、結局自身の持ち物にはないようでした。
……何がしたかったのでしょう。
「ええい! とにかく! 庭を根こそぎ調べればわかることだ! そして、これはもちろん、キトリー嬢だけではなくロレーソ侯爵も同罪である!」
無理に話を続けようとしていますわ。証拠がないのにどうされますのかしら。
あら、そういえばお父様はいずこに?
こんなことを言われて黙っている方ではありませんわ。
案の定、隣の方と笑い飛ばしているご様子。
いえ、堂々としてらしても目が左右に揺れています。どうしたのでしょう。
「これから、王城に行きこの事実を訴えようと思う! 罪人との婚約は破棄するということを! その上でロレーソ侯爵の屋敷の庭はこちらで管理し、正常な状態を目指すと約束しよう!」
満足そうに高々と宣言して、わたくしに近づいてきました。
「冗談ではありませんわ。素敵なあの庭に、あなたのような植物の区別もできない方が、ずかずかと入らないでくださいまし!」
わたくしは何も悪いことをしておりませんので、堂々と言い放ちました。そもそも庭の手入れもしたことがない方に、管理なんてできようはずがありません。王様も証拠不十分では会って下さらないと思いますわ。
「我が兵よ! キトリー嬢を捕まえ王城へ連れて行くのだ!」
彼は自信満々に片手を上げて、自身の兵を呼んだようでした。
「………………ん? 連れて行くのだ!」
やはり来ませんね。
周りがざわめく音しか聞こえません。いえ、嘲笑が混じってますわ。
「な、なにをしておるのだ! ええい、こうなれば……」
わたくしを自身で連れて行こうと手を伸ばしてきました。
「近づかないでください!」
わたくしはひどい嫌悪感で手を払おうとしました。
その時。
「キトリー嬢から離れろ。この売国奴め」
威圧感を与える甲冑がわたくしの目の前に立ちました。
ガマシュー侯爵の喉元に剣の切っ先を突きつけているようです。
王国騎士の方のようですが……、まさか、この声は……!
「ガマシュー侯爵! 貴様こそ王の御前へ引っ立ててやろう。国家反逆罪でな!」
突然、扉という扉から騎士の方々が入り込んできました。
わたくしの前にいた騎士の方は、かぶっていた兜を脱ぎ、聴衆に向かって高々に宣言しました。
「我が名は、パズィールド・バジール・ミングス。この場にてガマシュー侯爵を拘束する」
その名前は、わが国の第三王子、王国の影の騎士団団長のお名前でした。
周りは突然の大物の乱入により驚愕しています。
そんな中、殿下がこの大広間の隅々にまで聞こえるよう、よく通る声で罪状を伝えました。
いわく、わが国の法に反した薬草を栽培し、他国に売りつけて多額の資金を得ていた。
いわく、元婚約者の土地を狙い結婚を企んでいたが、他国にそれを売りつけていたことを知られその者を殺害した。
いわく、土地の確保を狙いロレーソ侯爵邸に目をつけ、婚約をとりつけたのち罪をなすりつけ、その土地を手に入れようと画策していた。
「先ほどのガマシュー侯爵の演説は全て、捜査の手が及びそうだった侯爵による、苦肉の自作自演である。ロレーソ侯爵およびその御息女キトリー嬢は、此度の件について我々の協力者であることをこの場でお伝えする」
わたくしは騎士様達に協力などしておりませんが、お父様は一枚噛んでいるようでした。
こちらに向かって笑顔で満足そうに頷いております。
わたくしはきっとぽかーんとした顔になっていますわ。
そんなわたくしに、さきほど説明した騎士様がいらっしゃいました。
「キトリー嬢。遅くなって申し訳ありません」
周りがガマシュー侯爵を捕らえるのに騒がしい中、その声はよく通りました。
「それにしても、侯爵へ言っていた植物の訂正。とても素敵なお姿でした。そうそう、奴への嫌がらせもとてもかわいかったですよ」
この方は途中から、楽しんでご覧になっていたようですね。
それに、婚約破棄されるよう悪戦苦闘していたことを、全てご存知のようでした。
もう、意地悪ですわ。
そう、この方はやはり、わたくしが毎日毎日会うのを楽しみにしていた愛しいお方でした。
でも確認しないといけないことがありますわ。
「バジール様、いえ第三王子パズィールド・バジール・ミングス殿下」
「キトリー嬢。どうかパズィールドと」
「では、パズィールド様。わたくしに近づいたのは調査のためでしたのね」
すこしきつい言い方になってしまったかしら。
でももしそうなら、わたくし一人だけ浮かれていたことになります。とんだ道化ですわ。
「……キトリー嬢。確かに私はロレーソ侯爵に調査の協力を求めました。しかし、庭師としてあなたに近づいたのは、決して調査のためではありません」
彼は、わたくしの手を取りました。
「キトリー嬢。私はロレーソ侯爵と話し合う前から、あなたのことを好きだったのです」
「え……」
彼は以前からわたくしのことを知っていたとのことです。しかし、仕事柄堂々と会えなかったそうですわ。
そしてガマシュー侯爵が婚約者を探し始めたとのことで、それを利用しようとしたのですって。この辺から、お父様とパズィールド様の計画が始まったようですわ。わたくしを巻き込むのは危険だったけれども、十分安全を考えていたようです。
そういえば侯爵と二人きりになったこともなければ、侯爵邸に行ったこともありませんものね。まあ、わたくしもわざわざ会いに行こうなどとは、考えておりませんでしたけども。
「あなたとは今回の件の解決後、婚約する予定でした。けれどもその前に会ってお話したかった。しかし、堂々と会ってはガマシュー侯爵に不審がられるので、正式にお会いすることは控えていました。」
衝撃の事実ですわ。元々パズィールド様と婚約する予定だったなんて。
「ただ、あなたの姿を拝見し、庭を愛でる様子にどうしても我慢できなかったのです。ですから、まず庭師としてお会いすることを考えました」
わたくしと堂々と会うために庭師に扮したと。あなたはそういうのですね。
「あなたと庭を世話する時間は、本当に夢のようでした。あなたに気に入ってもらうために植物のことをたくさん調べ、興味を持ってくれたときは、心が弾むようでした」
日に少しの時間しか会えませんでしたけど、あなたもあの時間を宝物のように思っていてくれたのですね。
「それに知識が身につき調査の役にも立った。ガマシュー侯爵を捕まえることができたのは、あなたのおかげといっても過言ではありません」
彼は熱心に語りました。
その熱心さに、知らずに巻き込まれたわたくしも怒れませんでしたわ。
そんなわたくしに彼はじっと目を見ていいました。
「あなたと約束しましたね。ガマシュー侯爵から婚約破棄されたら、私と一緒になると。私は覚えていますよ」
美しい緑の髪を持つバジール様こと、パズィールド様はわたくしに確認しました。
「わたくしが言い出したことですわ。もちろん覚えております」
それを聞いたパズィールド様は、わたくしの隣に立ち、肩を抱き、周りの貴族の方々に向かってはっきりとおっしゃいました。
「皆の者聞いてくれ。此度の一件により、私はキトリー侯爵令嬢の強い意思に大変感銘を受けた。よってこの私パズィールド・バジール・ミングスは、キトリー・ロレーソ侯爵令嬢と結婚することをここに宣言する!」
次々におとずれる展開に右往左往していた皆様は、第三王子の大仰でめでたい宣言に、この事こそが本日の目玉なのだと錯覚していました。
パズィールド様はわたくしの前に優雅に膝を折り、手を取ってしっかりとした口調でおっしゃいます。
「キトリー嬢。私と結婚してください」
わたくしはあらん限りの笑顔で答えました。
「はい。よろこんで」
広間内は盛大な拍手と祝福でいっぱいになりました。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
先に連載ものを始めたものですから、特訓として短編を書きました。