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前話のあらすじ:ゴランが帰ってきた。
シアが緊張するのもわからなくもない。
ゴランはギルドグランドマスター。つまり冒険者ギルドで一番偉い人なのだ。
「じゃあ、俺はゴランに話を通してくるわ」
「お、お願いするであります」
シアはちょこんと頭を下げた。
俺は部屋をでて、玄関の方へと歩いた。
俺に気づいたゴランは、笑顔になった。
「おお、ラ……ロック! 帰ってたのか」
ゴランは、一瞬ラックと言いかけた。
別に家の中だからラックと呼んでもいい気もするが、用心したほうがいいのも事実だ。
「ああ。今日は早くにクエストが終わってな。ゴランも早かったな」
「まあな。それより、職員から言付けを聞いたが、セルリスが世話になったらしいじゃねーか」
「いや、世話などではない。一緒に一つクエストをクリアしただけだ」
「ロックとセルリスぐらい実力差があれば、世話と言っても問題ねーだろ」
セルリスがBランク相当の戦闘能力を持っているとはいっても、冒険者としては新人だ。
それにBランク相当の戦闘能力も、Sランクと比べれば、だいぶ差がある。
「セルリスは優秀な戦士だったぞ。若いのに大したもんだ」
冒険者としては未熟だが、戦士としては一流と言っていいと思う。
「そうか。娘をお前に褒めてもらえると、お世辞だとわかっていても嬉しいな!」
そういって、ゴランはガハハと笑った。
その時、背後からセルリスの声が聞こえた。
「あの、パパ」
「どうした? セルリス」
「ごめんなさい」
「む? んっと。何の話だ?」
ゴランは困惑しながら俺の方を見る。
親子の問題なので、俺は黙って微笑みながら、後退する。
親子水入らずにした方がよかろうと思ったのだ。
こっそり、食堂へと移動する。
せっかく配慮したのに、二人の声が聞こえてくる。
聞き耳もたてていないというのに、二人とも声がでかすぎるのだ。
「パパ、ごめんなさい」
「だ、だからどうした」
ゴランが慌てている。
豪胆で知られたゴランも、娘には弱いらしい。少しほほえましい。
「パパのこと無視しちゃってごめんなさい」
「ああ、なんだ。そんなことか」
「そんなことじゃないわ。私パパに酷いことを……」
「気にするな。だがどうして無視なんてしたんだ? 冒険者になることに反対したからか?」
「違くて……パパが」
「うむ?」
「パパがママの留守の間に隠し子を連れ込んだって誤解してたの……」
セルリスはとても反省しているようだ。
そんなセルリスに対して、ゴランは機嫌よく笑う。
「ガハハ。俺に隠し子なんているわけないじゃないか!」
「そうよね! 私ったらラックさんを弟だと誤解しちゃって」
「ぶふーー」
さすがのゴランも噴き出した。
セルリスは油断しているのか、ラックと呼んでいる。
ルッチラがいるのに、わきが甘いと思う。
ルッチラには近いうちに俺の正体を明かす予定ではある。
だから、構わないといえば構わないのだが、気を付けたほうがいい。
「パパ?」
「セルリス。以前から薄々気づいてはいたが、勘違いが激しいな」
「そうかしら」
「そうだぞ。気を付けたほうがいい」
「そうよね。ラックさんが私の弟のわけないものね」
「お、おう」
親子が和解した後、ゴランだけ食堂に来た。
セルリスはどっかに行ったようだ。
「ラ……、ロック」
「どうした? って言うか、ちょくちょく言い間違えかけるな」
「すまん」
「まあ、それはいいんだが、どうした?」
「ほんと、うちの娘を頼む……。ほんと頼む」
ゴランはこれまでにないほど深刻な顔をしている。
「お、おう」
「あそこまで、残念だとは思わなかった」
「俺もなぜか多少若返っているらしいしな。誤解しても仕方ない面もあるんだろう」
セルリスが俺を弟と誤解したことに、ゴランはすごいショックを受けているらしい。
自分と同年代だという認識があるから、よけいショックなのだろう。
「このままだと悪い奴に騙されてしまう……」
そんなことをつぶやいている。
「まあ、大丈夫じゃないか?」
「そんな、適当なことを言わないでくれ」
「俺もなるべく注意してみておくから」
「ありがとう。ありがとう」
ゴランは俺の手を握る。涙を流して感動している。
あまりの態度に、困惑するほかない。
「……本当に、ゴランは大げさだな」
そこにセルリスが入ってきた。
「パパー、お願いがあるのだけど――」
そして、俺の手を握り、涙を流している父の姿を見て固まった。
「あ、ごめんなさい」
何かを察したかのように、立ち去ろうとした。
何かはわからないが確実に誤解している気がする。
「セルリス待つんだ」
「……ごゆっくり」
「いや、違うからな?」
「なにが違うのかしら」
「ええっと……」
非常に困る。
セルリスがアホ過ぎて、心配になったゴランが泣いたとは言いにくい。
「昔話をちょっとな……」
「なんだ、そうだったのね! てっきり私はパパがロックさんに振られたのかと」
「そんなわけないだろ」
「そうよね!」
相変わらず、セルリスは思い込みが激しい。
そんなセルリスの言葉を聞いていたゴランが真剣な顔で言う。
「な?」
な? じゃないだろうと思う。
だが気持ちはわかる。すぐ暴走するので、心配なのだろう。
「セルリス。ゴランにお願いがあるんだろう? 席をはずそうか?」
「構わないわ」
そして、セルリスは言う。
「パパ。ニワトリ飼っていいかしら?」
「いや……。ダメだろ……。常識的に考えて……。日の出ごろに、めっちゃ鳴くんだぞ、ニワトリって」
ゴランは何言ってるんだといった調子で即答した。
ゴランはニワトリ飼うのに反対のようです