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前話のあらすじ:ニワトリだった
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ニワトリは堂々と岩の上に鎮座していた。
そこは古い遺跡のようだ。雨風はしのげそうだが、快適ではなさそうである。
とても立派な雄鶏だ。上質の絹のような純白の羽、血のように真紅のとさか。
綺麗なニワトリだ。
だが、言い方を変えれば、羽が白くて、とさかが赤い。
ぱっと見、どこにでもいるニワトリともいえる。
セルリスが驚いて、こちらを見る。
「え? ニワトリ?」
「無礼な。神鶏たるゲルベルガさまにたいして、ニワトリ呼ばわりするなど……」
「コッコッ」
ルッチラはセルリスのニワトリ呼ばわりに憤慨している。
だが、どこからどう見てもニワトリだ。
確かに白くてきれいだし、とさかの赤は目を引く美しさではあるのだ。
「コッコッコ」
ルッチラの後ろでは、ゲルベルガが鳴いている。
ルッチラが用意したのだろう。ゲルベルガの前には小さな餌箱が置かれていた。
その中には草とか虫とかが入っているようだ。
それをゲルベルガは食べている。その姿は、ニワトリそのものだ。
「あの、ルッチラ。えっと、ゲル……」
「ゲルベルガさまです」
「そのゲルベルガさまは、一体何者なんだ?」
「神鶏です」
「なるほど。その神鶏ってのは一体?」
「神の力を持つニワトリです」
「やっぱりニワトリじゃないの!」
セルリスが突っ込んで、ルッチラに睨みつけられる。
ゲルベルガは、興味なさそうに餌を食べていた。
よく見たら、王者の風格的なものが漂っている気がしてきた。
俺はルッチラに尋ねる。
「ルッチラ。まだよくわからないんだ。神の力というのはどのようなものなんだ?」
「そうですね……お話しなければならないでしょう」
「それに、ここから移動させられないっていう理由も知りたいわ!」
セルリスが元気に尋ねると、ルッチラはキッと睨みつけた。
ニワトリ呼ばわりをしたせいで、怒っているのかもしれない。
「セルリス。静かにしといて」
ルッチラを刺激しないようにセルリスを黙らせる。
しばらくして、ルッチラは静かに語りはじめた。
「神鶏さまは我が一族が祀る神様です」
ゲルベルガの先祖は、その鳴き声で世界を目覚めさせたという伝説を持つらしい。
「世界を目覚めさせた……よくわからないわね」
「ゲルベルガさまにも、その不思議な力っていうのがあるのか?」
ルッチラはどや顔になる。
「神鶏さまの力は、世界に境界を引く力です。世界を目覚めさせたというのも、朝と夜の境界をひいたということですから」
「つまり……どういうことなの?」
ルッチラは、セルリスをみて呆れたような顔になる。
でも、優しく説明してくれた。
世界と世界の境界をはっきりさせるのだという。
つまり、簡単に言うと次元の狭間への入り口を閉じることができるらしい。
「それは、すごいな」
「はい、すごいのです!」
「コッコ」
ルッチラは嬉しそうにする。ゲルベルガはその後ろで毛虫を食べていた。
ただのニワトリに見えるが、すごい力を持つらしい。
「なるほどー。すごいのね。それはそれとして、どうして動かせないの?」
「それは……」
セルリスの言葉に、ルッチラは口ごもった。
それから、沈痛な表情で語り始める。
ルッチラの一族は、神鶏を代々守ってきたらしい。
だが、襲撃されて、ルッチラ以外全滅してしまった。
「敵は恐ろしいヴァンパイアでした」
「ヴァンパイアか。強敵だな」
この前戦ったヴァンパイアロードは次元の狭間への入り口を開こうとしていた。
せっかく開いた次元の狭間への入り口を、神鶏に閉じられたらたまらない。
だから、ルッチラの一族を襲ったのかも知れない。
「族長は、最も若いぼくに神鶏さまを託されて、逃げるように指示したのです」
「どこからここまで、逃げて来たんだ?」
「我が一族は北の方に住んでいます。その場所は……」
ルッチラはかなり長い間旅をしてきたようだった。
「敵の追撃はしつこく……幻術と魔法を駆使して逃亡し続けてきたのですが、いつ逃げきれなくなるかわかりません」
「ヴァンパイアは厄介だからな」
「はい」
深刻な顔でルッチラはうなずく。
ヴァンパイアの血を吸って眷属を増やす能力も、魅了も厄介だ。
近づいてきた人間が魅了されている可能性もある。眷属である可能性もある。
そうなると、人間に近づけなくなってしまう。
だから、ルッチラは幻術で人間を追い返し続けたのだろう。
「ここから動けないってのは、なぜなのかしら?」
「この場所は、古代の神殿の跡地で……ヴァンパイアよけの結界が張られているのです」
「そうなのか?」
「はい。一族に伝わる古代の地図に書いてありました」
ルッチラははっきりと断言した。
確かに遺跡の痕跡のようなものはある。だが、結界が張られている様子がない。
本当にヴァンパイアよけの効果があるのだろうか。
疑問になって、ルッチラに尋ねる。
「ここに来てから、ヴァンパイアが襲ってこなくなったのか?」
「いえ、最初は何度か襲ってきましたが、最近は襲われていません」
本当に、結界の効果があるとは思えない。
しばらく前に、シア一族がヴァンパイアの一族と抗争した。
その結果、ヴァンパイアロード以外のヴァンパイアは全滅したのだ。
ヴァンパイアロードも重傷を負って、ゴブリンを配下にして力を溜める羽目になった。
そのせいで襲撃がやんでいるだけではないだろうか。
そのことをルッチラに説明した。
「えっ? そうなんですか?」
「コッ、コケッ」
「そんな……、ぼくはどうすれば……」
ルッチラはショックを受けている。
「仕方ない。王都に来るか?」
「いいのですか……? ご迷惑では?」
「王都には都市全体に魔物除けの結界が張ってあるからな。ヴァンパイアも近づきにくかろう」
王都に限らず、大きな町には神の加護とも呼ばれる結界が張ってある。
強い魔物ほど体に激痛が走り、力をふるえなくなるという結界だ。
だから、ヴァンパイアロードが大きな町に入り込むことは、まずない。
「それでも、ヴァンパイアの眷属などに襲われるかも……」
強い魔物ほど制約を受けるということは、逆に言えば弱い魔物は入りこめる。
ゴブリンや魔鼠、そして下級のヴァンパイアの眷属程度なら受ける制約も少ない。
無理をすれば、レッサーヴァンパイアなども入れるだろう。
「家に弱い魔物を弾く類の結界を張ればいいだろ。俺は魔導士でもあるからな。多少結界の心得はある」
「ロックさん……」
ルッチラが感動してこちらを見てくる。
そのとき、セルリスが言った。
「でも、ロックさんはうちの居候じゃない? ペット飼うの、パパが許してくれるかしら?」
「ゲルベルガさまはペットじゃないです!」
「コケっ」
ルッチラが抗議して、ゲルベルガが可愛く鳴いた。
ゲルベルガさまを飼うことをゴランは許してくれるのでしょうか





