Jonathan Burning ー交差暗殺ー
第3回TKP 参加作品です。 企画では初シリーズものを描かせていただきました。
読んで頂ければ幸いです。
「舞台の緞帳は上がり、決まりきった役を演じるだけの悪夢のような一日が始まろうとしていた」
と舞台の上で一人の男性が礼装を包んでバリトンボイスを奏でる。東欧の大型オペラハウスは彼の歌声とオーケストラが美しい音色を立て、観客の耳に良いエンターテイメントを提供している。
その中でVIPルームの一室ではエンターテイメントとは程遠い状況が起きていた。時間は午後9時を迎えている。
一人の男性が豪華な装飾の椅子に座って首を下に向けた。
綺麗なスーツ。隣のテーブルには、サービスで提供された高級なワインが置かれているが手はつかれていない。
綺麗な歌声が流れる中で、VIPルームでは数人の大男が中に入り、男性の安否を取る。彼らの片手や両手には拳銃を持っている。
男性がすでに息がない事を確認した男はすぐに連絡した。
「対象がやられた! 会場を閉めろ!!」
そんな状況とも簡単に予想していたジョナサン・バーニングは、スタッフのコートを着けたまま会場スタッフ用の出入り口から外へと出て、この後、騒がしくなるオペラハウスから静かなバーへと向かって歩き始めた。
ゆっくりと名札を外しズボンのポケットに入れる。次にスタッフ用のコートを外し、顔に着けていたフェイスマスクを破って近くのごみ箱に入れる。
辺りを見渡して、夜景を楽しみながら歩く旅行客に紛れる事にしたジョナサンは、旅行客と共に足を進めていく。
会場の入り口では、大男達が出てきて、辺りを見渡しているが、到底、対象を暗殺したジョナサンの事など知る事もなく、見渡して暗殺者を探すしか手立てがなかった。
慌てふためいている彼らを尻目に、街道を旅行客と歩いていき、近くの路上駐車場が見えると彼は旅行客と歩くのをやめ、停めていた車へと向かう。
車に乗ってエンジンキーを差し込み起動させて、シートベルトを締める。
ジョナサンは、仕事を遂行した会場でオペラ歌手が歌っていた歌詞を口ずさみながら運転を始めた。
「舞台の緞帳は上がり、決まりきった役を演じるだけの悪夢のような一日が始まろうとしていた」
― 1週間後 ―
ジョナサンはPCの画面でネットニュースを検索していた。お目当てのニュースは、ある人間の訃報。
彼は、その記事を探し当てる。
《重機械工業界の帝王 逝く マニュエル・サントニオ氏オペラ会場で死亡。死因は心臓発作か!?》
記事を確認した後で、ジョナサンは、PCのブラウザを閉じる。仕事完了。
彼は机に置いてあるマニュエルの画像やオペラハウスの見取り図、医療診断書を4つに破っていき、まとめて封筒に入れる。
席を立って、家を出て家庭用焼却炉が置いているガレージへと向かった。焼却炉の蓋を開けて、封筒をその中に入れる。着火剤を入れ、マッチで点火し、蓋を閉める。
封筒が燃え始めているのを確認した後、彼は再び家へと歩き始めた。
焼却炉の姿を見る事はなく、彼はゆっくりと歩いて行く。それから更に4日が経った。連邦国家の1大学であるストーン大学の講義室で、エドワード・マッカム教授が教鞭をとっている。
「これがいわゆるパージニア法の全容とされている。よし。ちょっと早いが今日はここまでとしよう。次回は、1930年のパージニア法にまつわる犯罪事件についてだ」
マッカムは講義を終えて使った道具を、牛革でできたビジネス用手提げ鞄に詰めて講義室を後にして、自分の研究室へと歩いていく。
ズボンのポケットにしまっていたスマートフォンを取り出して、歩きながら、ブラウザを開いた。
開いたブラウザはとある報道検索エンジン。自分の指で文字を入力し、検索用語に文字を表示させる。
表示したのは人名。
《マニュエル・サントニオ》
決定を入力して、検索結果を待つ。
そうしている間に自分の研究室に辿り着き、一旦、スマートフォンをポケットに入れ、入室手続きを取る。首にぶら下げているカードキーをカードリーダーに刺し、入室認証を終えて、研究室へと入る。
デスクの上に鞄を置いて、再びポケットにしまっていたスマートフォンを取り出す。
ブラウザを開くと検索は完了しており、記事の一覧が出ている。
記事の内容はどれも同じで、マッカムは一番上に表示された記事を開いた。
《東欧工業界の重鎮死す マニュエル・サントニオ氏 死去
銃機械工業界の帝王とも呼ばれた、東欧EASインダストリーズCEOのマニュエル・サントニオ氏がオペラハウスでのオペラ上映観劇中に死亡した。 死因は心臓発作としてスポークスマンが発表している。》
マッカムはさらに記事を、深読みしようと別の記事を開く。
《東欧EASインダストリーズCEO マニュエル・サントニオ氏 死亡。 死因は心臓発作か!?》
どれも記事の内容がほとんど同じだった。マッカムはスマートフォンを鞄の隣に置いて、椅子に座る。
「なるほど……」
彼にとってほとんどの記事が同じ表記である事に理由があると確信していた。そしてその理由にも簡単に用意がつく。
同業者の仕業だ。
表向き、心臓発作という病死で片付けられているが、実際、そんなはずがない。何故なら、マニュエル・サントニオはまだ57歳。死ぬには若すぎるし、この前、スポーツチャリティーという名の行いでチャリティーサッカーをプレイしていたばかり。考えられるのは毒による暗殺だった。しかもかなり手練れの同業者に。
マッカムは、自分のPCを開いて、メールが届いているかを確認する。メールは一件。送り主不明のメール。
彼はそれを開いて中身を確認する。
《2週間後の6月12日。場所はフェデラルストリート公園の式典会場。対象が仕事を行う》
「大胆な場所を選んだな」
そのままメールの添付ファイルに、画像が添えられている。マウスを操作。画面に写っている画像ファイルをクリックして、中身をダウンロードする。
ダウンロードが完了した後画像がpcの画面に表示され、1人の男性がの顔写真と経歴が表示された。
《Jonathan burning ジョナサン・バーニング》
「奴か……」
彼はそう呟いた後メールを削除し、固定電話で電話をかけ始めた。
「ああ。もしもし。マッカムですが。申し訳ない。1か月ほど講義をお休みしたいのですが。ええ……ちょっと貯めていた休暇を消化したいと思いましてね……」
―3日後―
それから3日が経つ。ジョナサンはいつもの様にパソコンを使い始める。
パソコンを使うのは、ブログ更新……。というのは名ばかりで、実際は、匿名依頼・連絡がないかを確認する事。今日は、新しい仕事が入る日だった。
音声ファイル付きメールが1件来ている。ヘッドホンを付け、メールに添付している音声ファイルを開き、再生ボタンをクリックする。
『やぁ。この前の仕事は御苦労だったな。お休みの途中で悪いが、次の仕事の発注が来た』
音声と内容を耳にしてジョナサンは軽い溜息をついている。
『アンソニー・ギボンズ。という男を知っているかね? 東欧連合の長。この前のサントニオとは東欧連合軍時代からの友人だった男』
メールの添付ファイルにアンソニーの顔写真と経歴が表示されている。
「ふむ……」
『対象は、6月11日にこの連邦国に入国。連邦国閣僚との交流会談を終えた後、12日のフェデラルストリート公園で行われる国防戦争戦没者追悼式典に、参加する。そこで対象を消してくれ。依頼人は、見せしめとして公然での対象暗殺を希望だ。報酬は前金・後金含めて1000万ドル追加でオプションとして200万ドルも加算。合計1200万ドルだ。では幸運を……』
音声は途切れる。ジョナサンはPCをゆっくりと閉じ、深いため息をついた。
―6月11日―
夕方。ジョナサンは、フェデラルストリートの式典会場が見える建設中のビルに来ている。連邦国家記念日の為、作業員達の姿はない。
彼は、このエリアから狙撃できるポイントを探し、対象を消せるようにデモンストレーションを行い始めた。
そこは、窓ガラスがない為、強風が良く吹いているうえ、ここから式典会場はよく見えた。
「このポイントからか」
距離と風速が分かる望遠鏡を取り、計算をする。
《1673m》
「なるほど」
彼は、望遠鏡を片付け、式典会場に向けてのライフルを設置するポジションを選定していく。ちょうどいい階層が空きビルにあり、そこにライフルを設置することにした。下見は終了。次は武器の設置。
ジョナサンは、背負っていたロングツールバッグを降ろし、ジッパーを下ろしていく。バッグの中身は純黒のウェポンスキンを纏ったスナイパーライフルDSR―1を分解した部品の一部。それを慎重に全て取り出し、ジョナサンは組み立てる。
組み立てを終え、完全なライフルの姿にした後、自分になじむようにライフルを構え、位置を確認する。
狙撃対象の場所、自分の位置、空きビルから公園の式典会場までの距離、風、全てを自分の体で感じた。
1・2分経った後、再び組み立てたライフルを解体し、数十個に及ぶ部品に戻し、それを入れていたバッグの中へと片付ける。
再びそれを背負い、彼はこのフロアから降り始めていく。
作製された階段を下の出入り口に向けて足を進め、途中の階段の踊り場でバッグを置き、その隣の工事現場で使われるシートを引っぺがし、バッグが隠れるように覆い隠し、階段を降りた。空きビルを出た後、一旦、周りを見つめた後で自分の愛車を停めていた駐車場に向かう。
歩きながら、当日の狙撃状況を考えながら、自分が仕事をした後の逃走経路及び証拠の隠滅方法の予定も設計する。
簡単に見える仕事だが、実はかなり厄介。会場を見た時、相当な数の警察関係者とSPが打ち合わせを行っている。
また式典会場の周りは連邦国防軍のチームが警備に当たっている為、凶器を運ぶのは不可能。
結論、あの空きビルからの狙撃、隠滅が一番妥当と考えられるが、時間は限られる。早急に仕事を行い、その場から立ち去る事これが重要になるとジョナサンは考え、準備に移り始める。
― 同時刻 ―
マッカムは空港を出て、外のタクシーターミナルに向かった。
彼が考えているのは、当日の事。ジョナサンが狙っている獲物がどう動くか。仕留めるとすれば奴が獲物を狩る時。
そこが一番のタイミングだと考えていた。
獲物が演説を行うフェデラルストリート公園という場所はとても仕事がしやすい場所と考えられている。
理由は簡単。30階、40階以上の高層ビル群の真ん中に大きく展開されている広場であり、仕事が容易な場所であった。
マッカムはジョナサンが狙撃するポイントを考える。
あの場所で1つ怪しいと考えられるのは、あの空きビル1つだけ。おそらく奴はそこで実行するだろうとタクシー乗り場まで歩きながらそう予測した。
停まっているタクシーに近づいて、乗る合図をする。
後部座席のドアが開きマッカムはそのタクシーに乗った。
「フェデラルストリート公園」
マッカムの言葉の後、開いていた後部座席のドアが閉まり、タクシーは発進した。タクシーの硬い座席に背中を預けながら腕時計の時間を見つめる。
目的地に向かう間、タクシーのステレオラジオからオペラを耳にした。
《舞台の緞帳は上がり、決まりきった役を演じるだけの悪夢のような一日が始まろうとしていた》
オペラの歌詞を耳にしてマッカムは、その曲名が口から洩れる。
「『終極の時』か……」
車窓を見つめ、流れていく高層ビル群を目にし、彼は軽い笑みをこぼした。
―6月12日―
式典当日。公園内では喪服を着けた戦没者遺族や礼服を着こなす軍関係者等が参列している。
その中にジョナサンは、警察関係者の衣服を着て、空きビルへと向かい歩いていた。出入り口付近の国道は歩行者天国と化し、大量の参列者や式典の様子を見に参加した一般の観光客がひしめき合っている。
勿論、警察関係者も一定以上、見回りをしている為、ジョナサンの姿をおかしく思う者はいなかった。
入り口に着き、辺りを見渡し誰も見られていないことを確認した後で、空きビルへと入る。
ここで建設関係者用の簡易エレベーターは使わずある程度できあがっている階段を上り、途中で隠していたバッグを拾う。その後、自分があらかじめ印をつけておいたエリアへと向かいライフルの設置する位置に向かう。
位置に着いたら、デモンストレーション。
まずは、バッグのジッパーを開けて、ライフルの部品を一つ一つ丁寧に取り出していき、慎重に組み立てていく。
自分の心は常に平静に。先代の教えの一つである言葉を胸にゆっくりと組み立て、印をつけたところに構えた。ギボンズの登場まで、10分前。
その間にジョナサンは、トランシーバー型警察無線を近くに置き、常に相手の監視情報を捜索していく。
『こちらA班異常なし』
『こちらB班異常なし』
『こちら検問前、ゲスト登場。4分後に到着する模様。どうぞ』
「4分後か」
ジョナサンはライフルのサイレンサーを付け、弾をマガジンにセット、その後スコープの感度を調節する。
その間に式典会場では、連邦国の首脳メンバーが演説をし、ゲストであるギボンズの到着を待つ。
ギボンズを乗せた車は、公園の出入り口前に横付けで止まり、大きな声援やメディアのフラッシュで出迎えられている。先に、数名SPが降り、周りの安全を確認した後で、ギボンズが降りる。
予想通り、彼には大きな声援とフラッシュを立て続けに浴びている。自分の足で公園内に入り、政府関係者とSPに出迎えられ式典会場に足を進めた。
彼らが会場のステージに登壇するまでに演説をしている政府高官が彼の紹介をする。
『皆さんもご承知でしょう。我が友。東欧連合の議長がここにやってきてくれました。盛大な拍手を!』
式典会場は大きな拍手と声援で、包まれている。
ギボンズは笑顔で表現し軽く手を振り登壇した。
『やぁ、どうも。まず大きな声援と拍手をありがとう。さて、偉大な先人たちは言いました。武器を握り、向かうこそ、前が見えてくるのだと。ここに眠っている彼らは、皆、前を目指し、散っていった……だが、それが今現在の国を作り関係を構築していったのです』
演説が始まったと同時に、ジョナサンは狙撃準備に入る。狙撃対象の位置はおよそ1600m。
ジョナサンは深呼吸する。その間に彼の左手がライフルスコープの絞りを操作し、スコープから見える位置を拡大して、対象の居場所を確定していく。
今、対象は動かず、撃つなら今というタイミングだが、風が吹いている。風が止めば、彼は引き金を引く。そのつもりでいた。風は音を立てて、ジョナサンの体に涼しさを与えていく。だが、今はいらない。
額に汗を流しながらスコープで対象を見つめている。
幸い、対象はご自慢演説に力を入れている為、動く事はない。
「撃てる……」
ジョナサンがそう呟いた瞬間、風が止んだ。
一瞬の勝負。
彼は弾が装填されたライフルの引き金を強く引いた。サイレンサーによって銃声が抑えられた最小限のジョナサンの耳に響く。弾丸は、一瞬でギボンズに向けて、風を切りながら駆け抜けていく。その抵抗に負ける事なく、そのまま弾丸は自分を誇りながら演説をするギボンズの額に穴を開けた。
この瞬間、公園にいた者達に何が起きたのか理解できず時が止まってギボンズの体勢が後ろに崩れた時、一番前列に座っていた女の子が悲鳴を上げ、止まっていた公園の静けさが動き出した。
この瞬間、追悼参加者達がある事を予想した。
それは事件が発生し、次に自分の標的になる可能性がある事。テロが発生した事。両方考える者もいた。
参列客達は逃げ始める。ステージでは、数十名のSPと警察関係者が駆け寄り、各閣僚の避難、ギボンズの安否、事件の対応を始めていた。
ジョナサンは仕事の完了をスコープで確認し、スナイパーライフルを片付けようとした瞬間、自分の左肩上部に風を感じ、彼はとっさに壁に隠れる。
「銃弾? まさかまだ自分の存在を知られてないはず……」
銃弾が向かってきた先を、外したスコープで見る。その先に見える高層ビルの屋上で、人影と銀の点のような光が薄っすらと見えた。
光が見えた瞬間、持っていたスコープが吹っ飛び、ビルの下へと落ちていく。
「くそっ!」
ジョナサンは、相手が新手の襲撃者であると判断し、急いで、このフロアから避難を開始した。
自分の姿が相手に見えない様、体を低くし、ビルの壁を襲撃者から狙撃を守るシールドとして利用しながら下の階へと降りていく。
マッカムは、ライフルを片付け始め、部品をケースにしまい、それを背負う。
屋上の非常階段を降り、下のフロアに入る。
彼が入ったフロアでは、公園で慌てふためいている人達を見たり、SNS投稿用の動画を収めようとしたりしている者たちが窓に集まっていた。
彼は右手にはめている腕時計で時間を見ながら、リネン室に入る。
そこでライフルケースを置き、予めシーツに覆い隠していた旅行用のバッグを取り出し、それを背負ってリネン室を出ていく。
バッグの中身はもう一丁の組み立て式ライフル。
彼がその行動をしている間、ジョナサンは、空きビルで警官服を捨て、追悼参加者が皆来ている黒のスーツに着替える。着替え終えた後は、下に降り出入り口に向かった。空きビルの出入り口を抜け、逃げ回っている追悼客や、慌てふためいている人ごみの中に入る。
ジョナサンはそのまま列を抜き、人ごみに交じりながら彼は、公園から離れていった。
マッカムはビルを出てジョナサンの姿を追いかけていく。ビルの階段を降り、そのままスタッフ用の非常出入り口から外へ出る。
裏通りの為あまり人の気配はないが、やはり、先ほどの暗殺があったせいか慌ただしい雰囲気が漂っていた。
マッカムはあのビルからジョナサンが退避する方向を考えながら追いかけ始める。今いる自分の地点から空きビルまでの距離は、およそ1キロ。彼を追いかける事は容易だった。
しかし、現状、銃を持って追いかけるもは不可能。マッカムは走って、彼の後を追う。
歩行者天国化していた通りも避難する人の波によって地獄と化していた。逃げ惑う人々の波をかいくぐっていく。
落ち付いた様子で走っていき、ジョナサンとの距離を縮めていくが、彼もまた別の暗殺者が自分を追っている事を理解している為、反撃のチャンスを伺っていた。
相手は東の対面にあるビルにいた。そこから自分の距離はおよそ1キロ離れている。時間稼ぎにもって5分。
彼は足早に、フェデラルストリートの通りに隣接された立体駐車場へ入る。
相手の姿が分からない分、自分が今までこなしてきた仕事の中で面倒な部類である事に、ジョナサンの脳裏に嫌気がさしていた。
駐車場の階段を上り屋上の駐車スペースへ行き、バッグの中から、グロッグ22を取り、スペースに停まっている4WDを一つ選び、運転席のドアガラスを思い切り殴って割る。
窓ガラスの破片を取り除き、鍵を開け、運転席のカバーを外して、回路をちぎり、ショートさせる。
車のエンジンが起動しはじめ、いつでも発信できる状態になったのを彼は、彼は確認し、次の作業に移る。
助手席にバッグから取り出した警察無線のトランシーバーを置いた後、発煙筒を2本取り、近くの壁にぶつけて衝撃を与えて点火。
赤い光と灰色の煙が大きな音を発しながら空に昇っていく。ジョナサンはそれを近くに投げ、運転席に戻る。
燃え上がる発煙筒の煙がジョナサンを追いかけているマッカムの目に映った。
「煙か……」
マッカムは急いで、煙が昇っているところに向かう。向かっている先が駐車場である事が分かると、マッカムは、ショルダーホルスターにしまっているハンドガンH&K・USPを取り出し、バッグのサイドポケットにしまっていたサイレンサーを取り、移動しながら装備し始める。
駐車場の非常階段の入り口ドアを開けて登っていき、屋上へと向かう。数十秒かけて階段を登り、屋上へとつながるドアの前に着く。
勢いよくドアを開け、辺りを見渡した。車は数台。怪しい車がないか一台一台調べていく。
ジョナサンはバックミラー越しで相手を確認し、ハンドブレーキを外して、シフトレバーをBへ。4WDはそのままマッカムにぶつける為にスピードを上げて後方発進する。
スピードは0から一気に20へ。
4WDの動きを見て、マッカムはジョナサンが乗っていると確信し、USPの引き金を自分に近づいてくる車に向けて弾丸を放つ。
弾丸は空を裂きながら、瞬時に後部座席の窓を破壊。
ジョナサンは後方から来る弾丸を自身が座っていたシートを防御壁にしながら避ける。そのまま車を後方発進しながらマッカムを轢こうとするが、彼の猛攻は止まない。
連続して放たれた弾丸によってルームミラーが破損し、フロントガラスもマッカムが放つ弾丸のおかげで日々と亀裂ができ、破片がジョナサンの体に散らばろうとしていた。
「くそっ!」
ジョナサンはハンドルを切って車体を90度に旋回。
それをマッカムは、ぶつかる事無く横に前転して、避け、別の車の壁に隠れる。
車は一旦、停止し、静かになった。
残弾数は5。運転席の車窓に人の気配はない。マッカムは構えながら、運転席へとゆっくり近づく。
その姿を助手席のミラーでジョナサンは確認した。
彼はこの時点で相手がマッカムという事を知る。
「マッカムか……」
ジョナサンはすぐさま反撃で、グロッグをマッカムの方向に構え、引き金を引いた。威勢の良い発射音が数発、駐車場に響き渡る。
「うっ」
そのうちの一発がマッカムの左腹部に着弾した。彼は着弾した勢いと共に体勢を崩し、アスファルトの上に倒れていく。相手が倒れているのを確認したジョナサンは、再び体制を戻して、アクセルを踏みハンドルを切り始める。倒れたのもつかの間、車が発進したと同時に、マッカムは体勢を戻して、持っていたUSPの引き金を引き、車に向けて弾丸を放ったが、5発を使い果たす。
車はそのまま下の階へと下って出口へと向かっていく。
マッカムはすぐさま立ち上がり、腹部が防弾チョッキによって無事なのを確認し、すぐ彼を追いかける。
近くの乗用車の窓ガラスを割りロックされている鍵を開けた。
ジョナサンの車はスピードを上げて下の階へと向かい、出入り口へと進行する。自動ゲートが閉まっているが、悠長に料金を払っている場合ではなかった。
彼はアクセルを踏んでスピードを上げ、自動ゲートのバーを破壊し、外の国道へと出る。
幸い、車の数は少ない為、簡単に出る事ができそのまま公園の通りをスピード上げて、突っ切って行った。
助手席に置いて警察無線から自分達の事を知らせる連絡が入っていた。
『セントラルストリートのティエリ立体駐車場の屋上で異常発生。銃撃があったものと思われる。先ほどの暗殺犯の可能性あり。パトロールチームは至急急行せよ』
ハンドルを切って通りを左に曲がり、そのまま高速道路へと進入。スピードは80から120へと上がっていた。警察無線から、自分の動きは逐一報告されていた。
『不審車両が制限速度オーバーで逃走中!』
ジョナサンは車のスピードを上げていき、車列の車を、抜いていく。
後方から1台、自分が出しているスピードと同等のスピードを出して走行している車が追いかけている。サイドミラーからその姿を確認でき、その車がマッカムであると判断できた。
「ちっ」
ジョナサンはハンドルを操作し車列を右から左へ移動する。
車を抜き、後方から来るマッカムに抜かれない様に、スピードは維持したままで走り抜ける。
速度の上げた2台の車は、そのままフリーウェイをしばらくチェイスした後、高速を降り再び国道へと降りる。
車は港方面に向かって走っていた。ジョナサンは4WDに備わっているカーナビのマップ情報を目にしながら脱出用のボートが用意してある港まで向かっていた。
マッカムは途中で道を変え、ジョナサンとは別の方向へと車を曲がらせ、ある場所へと車を走らせた。
彼自身、対象が向かっている先がどこかすぐに判断する。
ジョナサンの向かう港は、必ずある場所を通らないと、辿り着かないところある事があった。
マッカムはそこでジョナサンに勝負を賭ける。
彼は車のアクセルをさらに踏み、スピードを上げ、シフトレバーの数を上げていった。
後方の追いかけてきていた車が別の道にそれたのを見て、ジョナサンは少し不振に感じながらも港に向けて、車を走らせた。
あともう少しで港に着く。そう感じたのは、対向車線を合わせて6車線のある鉄橋大橋の姿が見えた所であった。
彼の車は一番左の車線へと移動しスピードを上げる。
後方の追手の姿は見えなかった。
鉄橋へと入った後は、スピードを変えず、前方の先を見つめながら運転していた。追手からの攻撃は見えない。鉄橋の中央付近を超え軽い安堵の息を洩らした瞬間だった。
ジョナサンは一瞬のうちにハンドルを取られる。
何が起きたのか自分でも理解はできなかった。車はバランスを崩し、猛スピードを上げたまま、左のガードレールを突き破った。頑丈な4WDのボンネットは一瞬でへこみ、車体が前面に浮き、軽く飛び跳ねた。
頑丈にできた自殺防止用の高いガードレールを突き破った衝撃によって発生した衝撃対応のエアバッグがジョナサンの顔を包み込み、車は鉄橋から転落していく。
ジョナサンは数秒中の出来事が何分も感じていた。
それに対して、マッカムは前もって組み立てておいたスナイパーライフルH&K PSG―1の銃口から発している硝煙の煙を味わいながらスコープ越しで、鉄橋から落ちていく車を見つめていた。そのまま、勢い強く海面に着水した車を確認。
鉄橋から海面までの距離は67メートル。助かる見込みは低いとマッカムは判断し、そこでライフルを片付け、その場から即座に離れる。
車はゆっくりと青く波が激しく漂っている海の中へと沈んでいった。
―3日後―
ギボンズの暗殺ニュースは今でも続いている。世界のニュースでも、暗殺事件が起きたのはだいぶ前。かれこれ10年は経つからだ。
それに彼の役席が高い事から、暗殺を許してしまった連邦警察は、暗殺犯を躍起なって追いかけていた。
しかし、マッカムやジョナサンが捕まる事はない。
組織が前もって、警察内部にスパイとして潜んでいる組織の消去屋に証拠映像、画像をすべて消去されていた。
マッカムは、仕事を終えた後、高速寝台列車に乗って、帰路についている。
その前にジョナサンの暗殺に使った銃器や道具などは全て、隠滅をし終え、手元に残っているアタッシェケースは学術書図書類のケース、大きめの筆箱、財布の金品類だけ。
列車に乗る前に買った新聞にも暗殺事件のニュースが一面でかでかと載っていた。
《ギボンズ暗殺される! 犯人はいったい何者なのか!?》
《暗殺事件現場付近の立体駐車場で発砲音! 暗殺事件と関連か!?》
マッカムは新聞を元の状態に折りなおし、隣の座席に置く。
ため息をついて車窓を見ると、トンネルに入っていた。
列車がトンネルに入っている間、マッカムはスマートフォンでメールを確認する。
メールは1件。
彼はそれをタップし開く。メールの送り主は不明。だが、メールの内容でマッカムの表情は止まった。
《俺を殺したと思っているようだな?》
「バーニング……」
読んだ後でもう一件のメールが届く。これも送り主の名は不明。
《お前はもうじき、死ぬ》
マッカムは、送ってきたメールのアドレスに、メールを送った。
『今、何処にいる?』
今度の返答はすぐだった。
《すぐ近くさ》
マッカムは急いで、アタッシェケースの内装カバーを引っぺがし、バラバラになっている金属部品を取り出し、組み立て、一丁のUSPを完成させる。
マガジンに弾丸を装填した後、消音器をつけ、片付けていたショルダーホルスターの中にしまう。
それを付けてから上着を着て、個室の一等客室から出た。
マッカムはスマートフォンで新規メールが来ていないか確認しながら、客室とつながっている廊下を歩き、次々と見て回っていくが、ジョナサンらしき姿は見えない。
バーやレストラン、厨房を抜けていき、残った部屋は貨物室だった。
ドアの前には、電子表示で立ち入り禁止とそのマークが表示されている。
マッカムは気にせずそのドアを開けて中へと入った。
貨物室は明かりがほとんどなく。床下の歩行用照明だけが照らされている。
荷物の棚が2列。真ん中を開ける様に置かれていた。
マッカムはUSPをホルスターから取り出し、辺りを見渡しながら、ジョナサンの姿がないかを確認する。
確認している間に列車は停車予定の駅に着いた。15分ほど動く事はない。
マッカムはもう一度メールを送る。
《どこにいる。バーニング!》
それに対し返答は、メールではなく、声での返答だった。
「ここだよ」
マッカムが後ろ振り向くと、そこには、鉄橋で消したはずのジョナサンが元気そうに立っているが、歩く時は軽く右足を引きずっている。負傷はしているようだ。
「バーニング……」
マッカムは。そう呟きながら彼に拳銃を構えた。
それに対してジョナサンは軽くほくそ笑み、マッカムの顔を見ながら皮肉る。
「悔しいだろうな。あそこで俺を仕留めれる事ができなくて」
拳銃は構えたまま、ジョナサンにとってはあまり有利ではない状態だった。
「ああ。残念だよ。でも、ここで片付けられる」
「片付けた後のシナリオは考えてるわけか?」
「勿論。貨物室で一人寂しく暗殺犯が逃走中の末に自殺したことにするよ。どうだ? 素晴らしいだろ
う?」
「流石。教授と呼ばれるだけあるな。だけどこのシナリオもいいと思うが……」
「どんな?」
ジョナサンは右ポケットにしまっていたサングラスをかけ始める。
「そうだな。1人の大学教授が忘れ物を取りに貨物室に入った時、心臓発作で倒れ、息を引き取るというのは?」
「そう。地獄ってのは、どうなんだろうね? 暑いのかね?」
「さぁな。いずれにせよ。先に体験するのはあんたさ」
ジョナサンの言葉に多少イラつきを覚えながらもマッカムは勝ち誇った様子を彼に示した。
「銃を構えているのはこっちだよ。さぁ、そのポケットに入れている手を上げてくれるかね?」
マッカムの言葉に素直に聞いたジョナサンに不審に感じた。
「ああ。いいよ」
ジョナサンは両手を上げた瞬間、床に向けて、缶型の何かが落ちた。
それが床に落ち、衝撃が起きた瞬間、貨物室を一気に明るくするような閃光が発した。
マッカムはその閃光を防ぐことはできずともジョナサンのいる位置に目掛けて、数回引き金を引いて弾丸を放った。
「スタン!?」
貨物室は弾丸がはねた音だけが響く。
閃光が消え、自分の視界が真っ白くなっているマッカムは、拳銃を構えながらジョナサンの位置まで近づく。
「どこにいる!?」
この行動が彼にチャンスを与える形となった。
ジョナサンは後ろに移動しマッカムの背後から首筋に向けて注射銃を撃ち込んだ。
「ぐっ! 貴様!?」
閃光の間にジョナサンは後ろに回り、注射銃が撃てる状態で立っていた。
「終極の時」
首筋に撃たれていた注射銃を抜き取り、マッカムは貨物室の棚に崩れる様に背を預ける。
ジョナサンは彼に告げた。
「お前はもう持たない」
マッカムの白い視界が徐々に戻ってきていたが、今度はぼやけ始め、視界の隅から黒い靄が出始めていた。両耳は閃光グレネードによる炸裂音が響いている。
マッカムの脳裏にはあるオペラの歌詞が浮かびあがっていた。
《舞台の緞帳は上がり、決まりきった役を演じるだけの悪夢のような一日が始まろうとしていた》
マッカムは軽く笑いながら、ジョナサンの顔を見つめている。
「バーニング。はははっ……」
ジョナサンは腕時計で時間を測り、マッカムの瞳孔が開き始めているのを確認した後、荷物室から出て行き、列車から降りた。
貨物室に残ったマッカムは静かに体を倒す。
列車を降りたジョナサンは振り向くことなく、右足を軽く引きずりながら駅を後にした。
― 2日後 ―
ジョナサンは自分の部屋にいた。いつもの様に仕事内容のメッセージがきていた。それを確認した後、キッチンに行き、お手製のミックスドリンクを冷蔵庫から取り出して氷の入ったグラスに注ぎ、飲み始める。それを飲みながらテレビのニュースを見ていた。テレビは、丁度、ジョナサンの仕事が報道されていた。
『寝台列車エグゼ号の貨物室で男性の遺体が発見されました。男性の身元は、ストーン大学の法学部教授。エドワード・マッカム氏とされ、死因は心筋梗塞とされています。またマッカム氏の手元には駐車場での発砲に使われたとされるUSPが発見され、警察は事故と事件。暗殺事件に関与したと考えられ、捜査しています』
食卓にグラスを置き、ジョナサンは軽い背伸びをした後、仕事場である地下室へと入る。残った野菜ドリングが部屋の室温によって軽い温度上昇を起こし、凍っていた氷をゆっくり溶かす。
誰もいなくなった部屋で、グラスがカラン、と小さく鳴いた。
END
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