それでいいのですか?
本音で、ぶつかれないなら、やめちまえよ。そんな中途半端な人間。
滅多に弱音を吐くことがない一弥が「もうやめたい」と呟いた。なんだか今日は荒れているなあ、と思いながら彼のグラスにスピリッツを注ぐ。
「あ、どうも」
「どうしたの? なんか悩んでる?」
「千尋ちゃん、友達やめたくなったことってある?」
「は? 一弥の友達をやめるってこと?」
「いや、違って。というか僕の友達やめるなんてそんな無慈悲なことしないでください。あのね、僕がとある友達の友達をやめたくなったんです」
まだるっこしい説明を頭の中で処理する。一弥が誰かの友達をやめたくなった、それだけの内容なわけだが。
「それさ、私に無慈悲って言う前にそれをやろうとしているあんたが無慈悲でない?」
「うんまあ、僕は元から無慈悲な人間だけど、千尋ちゃんはとても慈悲深い人だから」
「その認識間違ってるよ。私よりも一弥のほうが慈悲深いと思うもの」
「その認識こそ間違っている」
まだ大学時代に彼女を捨ててインドに旅行したことを気にしているのだろうか。そんなの無慈悲でもなんでもない、あわなきゃ別れるが男女の仲だろう。そんなドライに割り切ってしまう私のほうが一弥よりも無慈悲なんだと思う。
「それで、何があったの?」
「いやもう、どこから語ればいいんだか分からないんだけど、ともかくすごい友達がいてね、もう友達やめたいとすら思ったという。本当それだけなんです」
「よくわからないよ。どんなすごい相手なの?」
「なんか中学校でも高校でもはぶられてきたって聞いたから、じゃあ僕が友達になるよーってね。それが間違いだったんだ。金は返さないし、自分の思い通りにいかないと腹をたてるし、こっちの都合無視だし、おそろしいほど自己中だし、もうなんで友達やっているんだろう」
「うんまあ、話聞く感じじゃあなんで友達やっているんだろうね」
友達というより利用されている気がして私はそう呟く。一弥はいい子すぎるから、そういうときに断れないのかもしれない。
「でもそこらへんは妥協できるというか」
「できるんだ、へえ」
「一番嫌なのはさ、僕を僕として見てくれないことなんだよね。僕は僕以外の何者にもなれないから、僕以外になれないのに。お前のそこが気に入らないとか言われて……」
「その人の気に入らないところ全部あんたは妥協しているのに、向こうは全部にケチをつけてくると」
私はにっこり笑って、言った。
「その友達は害になるからやめときなさい」
「ええー!?」
「何? そう言ってほしかったんじゃあないの?」
「いや、そうなんだけど、そうでないというか、あいつの友達僕しかいないし、薄情すぎないかなって」
「薄情と罵られるのが怖いから躊躇しているなら言ってあげましょう。そいつに一弥に対する"情"が感じられるの?」
「いや、全然」
「切り捨ててよし」
私はすぱっと言い切った。
「どうすればいいと思う?」
そんなの自分で考えてほしいんですけど。いい顔しかできない性格どうにかしたらどうなの? 一弥。
「あのね、一弥。自分で言ってたけど、一弥は一弥以外の誰にもなれないんだよ。一弥がその人の友達をやめたいって気持ちに蓋はできないの。その気持ちそのまま相手にぶつけちゃいなよ」
「でもそんなことしたら、相手は傷つかないかな?」
ねえ、一弥。あんたは相手を傷つけたくないの? それとも自分が傷つきたくないの?
「それでいいの?」
「え?」
「相手に合わせたままでいいの?」
「いや、そういうわけには……」
「よくないんでしょう。だったら相手にタックルだ」
自分の手前にあるスピリッツを呷って私は言った。
「本音でぶつかれないなら、やめちゃいなさいよ。そんな中途半端な人間」
「言ってくれますよね。千尋ちゃん」
一弥もさっき注いだ酒を呷った。一弥は本音でぶつかるのが怖いだけだ。仮にも友達だぞ? お前のそこが気にいらないってはっきり言ってやればいいんだ。気に入らない相手に私は期待しない。腹がたつのは友達だからでしょう? どれだけ自分が相手を認めていたか、しっかり認めればいい。
「本音でぶつかれば変わるものもあるかもよ?」
本音をぶつけないことでどれだけ相手を裏切っていたか知ればいい。
一弥、私は何度でもあなたに聞くよ。それでいいの? って。
それでいいわけないでしょう。自分から逃げちゃだめだよ。自分から逃げた時点で負けなんだから。
(了)