前編
サッパリー伯爵は、ある小さな町を治めていました。こぢんまりとしているけど、活気あふれる美しい町です。
伯爵の趣味は、掃除でした。幼い頃から美しいものが大好きだったからです。
「自分のことは、自分でやらなくては」
文字を習いはじめた頃、そんな思いが彼の中にめばえました。
大きなお屋敷の小さな自分の部屋。そこにあるものだけでも、管理しようと思いました。彼の部屋はいつも整然とかたづき、掃除婦が手をつけてはいけないと思うほどでした。
同じ頃、召使いから洗濯も教わりました。外で遊んできたら、すぐに清潔でいたかったのです。
「坊ちゃんは なさらなくて よろしいのに」
召使いは、いつも不思議がっていました。
中でもバラの花壇を手入れするのは、伯爵がずっと愛していることでした。
五つのお祝いに庭に植えられた白バラを、幼い伯爵はとても気に入りました。それから毎日お水をあげて、雑草も取って、とにかくバラのためにできることすべてをしました。
掃除と洗濯、バラの世話。
成人するまでサッパリー伯爵の世界は、この三つだけで回っていたのです。
やがて成人した伯爵は、家を受け継ぎました。今までは小さな部屋が彼の領土でした。これからはこの豪華なお屋敷に加え、お父様が治めている町が加わるのです。
「こんなに広くては、掃除だけで一日が終わってしまう」
伯爵は、陽光煌めく真っ白な壁のお屋敷を離れ、簡素な小屋に引っ越しました。
古い家はそっくりそのまま、アパートの代わりにお使いなさいと、貧しい人達にあげてしまいました。それでも、庭の白バラは動かせなかったので、しばしば手入れに来ていましたが。
隣町を治める貴族から、お嫁さんももらいました。優しく美しくて従順な、誰もが羨む花嫁です。初対面での見合い婚でしたが、二人は直ぐに馬が合い、幸せなスタートを切りました。
「これから二人で、この町をずっと良くしていこうじゃないか」
伯爵が言います。
「えぇ、そうですね。貴方がそう仰るなら」
花嫁もうなずきました。
やがて二人の間には男の子が二人、女の子が一人生まれます。伯爵夫妻の熱心な教育のお陰で、皆優しく綺麗好きに育ちました。
お父様の頃より、ずっと町も美しくなりました。街路樹もすっきり整えられ、往来にはごみ一つ落ちていません。国中に「最も美しい町」の評判が広がりました。
「これ程美しい日々も無いだろうな」
息子二人と白バラの花壇から雑草を抜き抜き、伯爵は満足そうに言うのです。
「えぇ、そうですね。貴方がそう仰るなら」
伯爵夫人が幼い娘を、腕の中に寝かしつけながら言いました。
幸せいっぱいの時間が過ぎていきました。
〈つづく〉




