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できそこない魔術師の師匠様  作者: 五月猫
一章 魔女狩り
9/11

1-9 神官の過去

 

 ―閑話―


 薄汚れた布切れが風に煽られる。

 ――――寒いわ。

 惨めな姿になっても尚、生を続けなくてはいけない。自害することは先の契約によって禁じられ、海水を浴びて死のうにも、他の魔女とは体質が違い海水には何一つ抵抗がない。

 ――――死にたいわ。

 願いは遠く、見上げた蒼穹へ微かに消える。

 どうして生きているのか、そんな無意味な人生に価値はない。と知り得ていても死に巡り合うことはない。小さい手には白い結晶が温もりで落ちては消え、形を失ってゆく。

 ――――羨ましいわ。

 晴れた空は、白くなり雪が降る。ひらひら、と舞い散る雪の様に淡く溶けれるのなら、きっと――。


 1-9


 港町ストックポートは定期的に季節が移り変わる。

 昨夜までは雪など降る様子は見受けられなかったが、宿屋の窓は白く外の景色を見せた。肌に刺すような冷気。いつも癖で冷水で顔を洗おうとでもしたら、命の危険がある。


「……面倒くせぇ」


 黙って温めたお湯で顔を洗えば済む話だ。なのに口からはどうしても小言が漏れる。


「ったく、神官と同じ部屋で寝るとか何考えてんだあの馬鹿は……」


 ロゼのことである。

 港町で宿を借りた際に神官も一緒にどうだ、と同室に泊まらせた。幾ら味方な状況でも、同室でしかも隣で神官と寝させられた俺は、気持ち良く眠れるはずもなく、夜通し寝首を掻かれないよう起きていた。この場で神官がもし俺達を殺そう等と邪な考えを持った場合、咎められるのは誰でもない。神官は唯、正義を執行した。それだけなのだ。


「何かお呼びになりましたか?」


 ぬくっと、洗面所の鏡に映された俺の肩から顔を覗かせる。


「いきなり顔出すんじゃねぇ! こっちはゆっくり眠れなくてイライラしてんだよ」

「だからお伝えしましたよね? 『安心してください今だけは味方ですから』と」

「安心出来るかッ! 口で言うだけならどうとでも言えんだよ」


 言うだけなら自由だ。神官が何を口にしようとそれを俺がとやかく口を挟む権利はない。


「貴方は余程、神官が嫌いなようですね。過去に何かあったのでしょうか?」

「神官が嫌いだ、っていうよりか、人間も魔術師も、魔女も嫌いだ」


 三度裏切られれば、誰だって人を嫌いになる。信用なんてするはずもないのだ。


「そうですか、なら似た者同士、ということですね。私も同じような者ですから」

 ならばこの気持ちは同族嫌悪というものか、と納得する。

「んで、他は?」

「他? 他と言いますと?」


 惚けているのか、と疑ったがその線は無いらしい。純粋に質問の糸を汲み取れていなかったようだ。神官に丁寧にそれは分かりやすく説明した。


「あちらでお眠りになっておられる淑女の皆様のご様子は如何ですか?」

「はぁ――少し似合っていませんよ」


 ポンコツかこいつ。


「うるせぇ、だからあっちで寝てるのはまだ起きる様子はねぇのか訊いてんだよ」


 あぁ、と手の平に片手を当て、そういうことですか、と神官はようやく理解した。

 俺は神官の顔を伺い思案する。やはり見た目にそぐわず、実は馬鹿なのではないだろうか、と。


「まだ起きてねぇんだな、変に早く起きちまったからやることがねぇな」


 部屋に飾られた時計は午前四時に針が止まっている。寝たのが午前一時だったから、実に三時間しか睡眠を取ることは出来なかった。

 それにこの時間ならロゼとリナが起きるはずもない。


「では一つお話をしませんか? 私も実はいとまなもので――」

「俺は別に話すことはないが、言いてぇのなら訊いてやるよ」

「ありがとうございます。こう見えてお喋りな者ですから」


 木造りの椅子を二つ用意し、席に付いてから神官はテーブルに両肘を付いて雄弁に語り始めた。


「私達、〈神劫サー断罪者・ゼクス〉についてはどの程度の知識がお有りで?」

「まったくねぇよ。今迄にそんな名を訊いたことがねぇ」

「でしょうね。私達がこの世界で誕生したのが今から少し前です――コルネリウス公国をご存知ですか?」

「貴族が多い国だろ?」

「はい、貴族といってもその殆どが血縁関係の者ばかりで、その中の一人がこの私です」


 服の中に隠していた金のペンダントを見せる。ペンダントの先に宝石が付いていて、その中に更に輝く宝石が閉じ込められていた。


「ちょっと待てよ、神官が貴族? そんな馬鹿なことがあるかよ」

「王族の中でも外れ者の私は自由の身だった者ですから」


 ふふ、と気色悪い顔で笑う。

 どうにもこの顔は何度拝見しても慣れる気配がない。寧ろ日に日に怖さを増している。

 背筋に走る寒気を体を震わせて払い、話の続きに耳を傾けた。


「ここまでは私の正体のお話です。次はどうして〈神劫サー断罪者・ゼクス〉の神官になったか、ですが――」


 キリッ、と真面目な青年の顔になる。


「コルネリウス公国に一人の魔術師が訪れました。もちろんそれだけなら良かったのですが、魔術師は国民に魔法を伝えました。それは少しずつですが、国を内側から侵食し、終いに民が反乱を起こしました」

「んでお前はその国に反旗を翻させる要因を持ち込んだ魔術師が憎くて、神官になったってか?」

「いえ、憎くて嫌いなのであれば、こうして話している今、一言口にした瞬間に貴方の首は潰れていたはずですよ」


 そういわれるとそうだな、と頷く。


「ならどうして神官なんて目指したんだ?」

「根源を絶つためです」


 決意の込められた瞳で俺を見つめる。

 吸い込まれそうな翡翠の瞳から、俺は目を逸らした。


「確かにその魔術師は憎いです。ですがそれ以上に根源、原初となる魔術師が憎いです。ですから私は神官となり、根源を絶つためにこうして各地を巡っているのです」


 いずれ根源へと辿り着くはずですから――と低い声で告げる。握り締められた拳がさらに強く握り締められる。

 だからか、と神官の背後から姿を現したロゼは納得した。


「君の憎悪はそこからなのだな」

「えぇ、ですが貴方がたへは深い憎しみはありませんのでご安心を。殺す時はひと思いに殺してあげますので」

「そんときは俺が返り討ちにしてやるよ」

「愉しみ待ってますね」

「神官とまた手を合わせるときは私もいるのだ。こちらは二人でも良かろうな?」


 ロゼは俺の後ろに周り、肩に腕を置いて、ふわぁ――と欠伸をかく。

 眠いのならベッドで寝ればいいのにな。


「お二人でも構いませんよ。敗北はありませんので――ね」


 そうかよ、と俺は部屋の天井を仰ぐ。笑ったつもりはないが、どこか頬が緩んで笑みを浮かべていたようだ。

 まったく――困った話だ。


 

 あれからリナも目を覚まし、ようやく動き出すことが出来た。

 眠気に少し襲われたが、両頬を勢い良く叩くことで我に戻る。


「なんだ君は寝ていないのか?」


 ロゼは鼻で笑う。


「神官様と一緒に寝られる方がすげぇよ」

「なに、君が私を守ってくれるではないか、何も不安に思うことはない。君にも私がついている(・・・・・・)のだ」


 俺は今になってその誓いを思い出す。

 そういえばそんなことを最初に言っていたな。


「忘れてた、悪かった」


 感情の篭っていない謝罪の言葉にロゼは「謝ればいいのだ」と返す。少しずつだがロゼの扱いにも慣れてきたようだ。


「おじさーん! そろそろ行くよ」

「あぁ、今行く」


 リナが部屋の入口でうずうずとして待っていた。

 先に行ったロゼと神官はどうでもいいとして、リナをいつまでも待たせるのも悪かろうと、手短に物をバッグに詰め背負う。


「遅いよ、二人はもう外に出ちゃってるよ」

「勝手にしとけ、そのままどっかに言ってくれりゃこっちとしても助かる」


 宿泊費は最初に払っていた。だから金がない、と焦ることない。それに厄介な二人が先に事を片付けに行ってくれる方が何より安心だ。

 と、思いつつ階段を踏む。

 すると宿がいつにもなく静かであることが気になった。早朝とはいえ人が一人居てもいいはずだ。


「おい、なんだよこれ――」


 思わず息を呑んだ。

 あれた宿屋の一階は、目も当てられず、にこやかな笑みを浮かべ、宿に泊まりにくる客を手厚く歓迎していた店主の姿が見当たらない。

 先に外へ向かった二人の様子が気になって、早足になる。これがロゼと神官が争っただけのことであれば、深く気にすることはない。

 だが別の原因なのであれば、事は急を要する。力強く押した扉の先に広がる光景にリナも口に手を当て、目を見開いていた。


「人が――吊るされている」


 細い糸が人や、魔女の体に刺さっており、そこから何かが流れていた。見て思いつく限りあれは血ではない。


「やはり、こうなってしまいましたか」

「魔女め、随分と焦ってるようなのだ」


 先立った二人の元へ向かい、何があったのか訊く。


「おい、これどういうことだ? 町の人間や、魔女が吊るされて何かを吸い取られているみてぇだが……」

「あれか、あれは魔女が魔力を吸収しているのだ」

「魔力って、これだけの奴らから吸収して、それを漏らさず取り込める魔女なんて存在するのか?」


 魔力には限界がある。限界以上に魔力を吸収出来る者などいるはずもない。何故なら限界を超え吸収したとしても、膨張し体内から魔力が溢れ出し肉体崩壊を起こす。

 だが、例外はある、とロゼは言った。


「常に別の器に魔力を注いでいるのあれば、限界を向かえることはないのだ」

「そうか、対価と報酬で、報酬である何かを受け取るためにこんなことを……」

「これだけの数の魔力を吸収する必要があるとは、そんな魔法は訊いたことがないのだ」

「貴方が知り得ない魔法があるとは、これが根源へ繋がる可能性がありますね」

「どうすんだよ、行くのか?」


 俺はこんなのには関わりたくない。命が幾つ合っても足りない。


「もちろんだ。これを止めなければ解決には至らないだろう。それに知らない魔法があるのなら、それはぜひ知りたいのだ」


 ははは、と高笑いするロゼ。


「ははは、じゃねぇよ。神官もなんか言ってやれそこの馬鹿に!」

「行きましょうか、これが最後みたいですし、逃げるつもりはありませんので」


 俺が馬鹿だった。

 神官がそもそも「逃げましょう」なんて言うはずもない。神官の目的は魔法の根源を絶つこと、尚更、機会を捨てるような真似をしない。


「……あんとき逃げればよかったかもな」


 過去の後悔を今更口にした所で何か変わるわけではないが、吐いて置かなければ気持ちが悪い。


「では征くぞ、狩りの時間だ」


 ロゼは高らかに宣言した。



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