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できそこない魔術師の師匠様  作者: 五月猫
一章 魔女狩り
8/11

1-8 動き出す者達

 神官を含め、こちら側の戦力が増強した。

 一人で魔女の工房へ向かい、壊滅させて戻ってきた男。頼もしいが、敵に回った場合、相当に分が悪い。

 一時的とはいえ、味方であることは何よりだ。


「おい神官!」

「何でしょうか?」


 神官の右目の視線が鋭く頬に刺さる。


「名前とかねぇのか? ほらよなんか呼びにくいだろ?」


 神官とは役職であり、その者の呼び名ではない。神官と呼ぶことに有無を言うつもりはないが、味方なのであれば、名前で呼び合うのも良いだろう、と安易な考えで口走った。

 しかし、神官は顔をしかめ答えた。


「神官、とだけお呼びください」


 どうやら名乗りたくはないらしい。

 そうなら最初から素直にそう言ってくれるといいんだがな。


「そうかよ、じゃあ神官で」


 顰めた顔もすぐに元通りの穏やかな雰囲気を取り戻す。背後でそのやり取りを無言で訊いていたロゼは、俺の背中を指で突く。


「なんだよ? 腹いてぇのか?」

「違う、先の問いに対して一つ私から言いたいのだ。神官よ、君は名を告げられないのではないか?」


 俺ではなく、神官に対しての問い掛けだった。

 不意に訊かれた神官は、私ですか――としばらく無言でいたのち、そうですね、と口を開いた。


「やはりそうなのだ、良かったではないか、君に告げたくはないのではない、告げられないのだ」

「どうしてだ? 名前が無いとかか?」

「いえ、名前はもちろんありますよ。ですが神から授かった名を汚らわしい魔術師に教え、呼ばれた日には吐き気が――」


 口に両手を当て、背中を丸め、吐く素振りを見せる。


「というわけではないのでご安心を。呼ばれたくない、と言ったことに嘘はありませんがね」


 こいつも一発ぶん殴ってやろうか、と思いはしたが寸前で手を止める。神官と張り合って互角でいられるほど、体術に自信はない。むしろこの神官に一発でも殴ったら、倍になって自分に帰ってきそうな気がする。

 澄ました顔で殴り返されでもしたら、恐怖でたまったものじゃない。


「それで――リナさん、目的の洞窟までは如何ほどに?」

「もう少しです。僕もあまり覚えてないので間違っていたらごめんなさい」

「いえ、間違いは誰にでもありますよ。それを咎める権利を私は持ち合わせていないのでどうぞ存分にお間違いを」


 リナは嬉しそうな顔で、神官を見る。昨日からあんな様子だ。神官の紳士ぶりに心惹かれたのか、お花畑にでもいるかのように幸せそうな笑みを浮かている。


「存分に間違ったら駄目だろそりゃあ」


 俺が適当に口を挟むと、二人揃って顰めた面を見せる。

 だから嫌味を込めて鼻で笑い、こう言い放ってやった。


「ふっ、仲が宜しいことで」


 嫌味を言ったつもりが、どう受け取られたのか、リナは熟した林檎の様に真っ赤になって顔を逸らした。


「……嫌味のつもりだったんだがな」



 幾らかリナの小屋から森を歩き、目的の洞窟へ到着した。


「ここがストックポート地下水路へ繋がる洞窟か」


 俺達の目的は東側の森から、西側の森へ向かうこと。そこでリナが提案したのが、地下水路から行くことである。

 港町ストックポートは地下がそれぞれの森へ繋がっている。昔は森で生活していた者達が、海の食材を運ぶために造り出した人口の地下水路。今では手付かずで苔生しった水路となり果てているらしいが、全盛期には四方の住人達の賑わいでそれは騒がしかったそうだ。

 そこを今から目指す。最も西側への最短経路としてここ以外に無いらしい。地上を歩いて進んでいたら一日は掛かる、と神官は言う。

 薄暗い水路をリナのランタンが照らす。

 鼠が鳴き声を上げ、忙しなく水路内を駆け巡る。


「貴方がたは海水に抵抗はないのですね」


 神官は不思議そうに尋ねる。


「まぁな、悪魔と契約しているわけじゃねぇしな」

「魔術師は塩くらいでは怯まないのだ」


 悪魔を塩を嫌い、眷属たる魔女は主の弱点を引き継ぐ。

 だから海水や、塩に抵抗がある。触れただけでも危険、とまで噂されるくらいに有名だ。近頃では魔除けに小瓶に塩を詰め持ち歩く者がいる。


「ん、その先に何かいるのだ」


 ロゼが指した方へ視線を向ける、とそこにポツン、と誰か人が立っていた。


「皆さん、警戒を」

「そんなもんとっくにしてる、だがあいつは何だ?」


 腰裏に隠しているナイフの柄に手を掛け、いつでも抜ける状態を作る。もし目の前の存在が敵であるなら、即座に戦闘を開始するつもりだ。


「リナ、お前は俺達の後ろに下がってろッ!」

「は、はい!」


 ランタンが激しく揺れ、光がその存在の顔を強く照らす。

 その顔を見た途端、俺はナイフを抜いた。


「きひ、やっぱりここに来るわよね――〈神劫サー断罪者・ゼクス〉さん」


 ケタケタと笑う女。それに神官の素性を知る者。

 ただの人間ではないことは理解した。そしてその者が何であるかも同時に知る。


「黒死の翼――魔女か、神官のことも知っているみたいなのだ」

「ったく、おい神官! お前にお客さんみたいだ。どうすんだ?」

「もちろん、浄化以外にありますか?」

「ねぇな――ッ」


 神官と共に駆け出す。


「ひひひ、そんな怖い顔をしないでください、ねぇほら笑って、そして嘆いて、媚びろ、クソ共が――ッ」


 艶やかな魔女の唇からは、たらり、と血が流れ、黒のフリルワンピースに深紅の赤が色付き始める。腕に落ちた血を魔女は舌で舐め、自ら血の味を堪能する。


「うぅん、普通ですわね」


 俺は、魔女が海水が流れる水路の中にいたのか不思議だった。


「なんで海水を嫌う魔女が水路にいるんだ?」

「私に訊かれてもお答え出来ませんよ。それはあの魔女に尋ねてください」

「一々、正直な野郎だな」


 神官は先に魔女の元へ辿り着くと、両拳を輝かせ、槍の様に突き出す。ただ右拳を突き出しただけで、強風を巻き起こす。

 魔女は一瞬怯む、がそこを好機と見た神官は続け様に左拳を突き出した。


「躱しましたか――正直これまでの魔女とは違いますね」

「余裕見せてる場合かよッ!」


 数歩後退した神官の背後に魔女はいた。翼を剣の様に振り下ろす。

 それを間一髪で俺が防ぐ。ナイフよりも鋭く強度のある翼に刃を砕かれた。護身用とはいえ、中々にお気に入りだったナイフはカラカラ、と地に砕け散る。


「失礼しました。魔術師に背中を守られるなんてお恥ずかしい」

「今はそんなこと気にしてる場合じゃねぇよ。頼みの神官様があれじゃあやばいな」


 神官の一撃は躱され、尚且つ背後を容易く取られていた。

 さすがの神官も撤退を選ぶか、と思うと、何食わぬ顔で俺に言った。


「本気は出していませんので、あの程度なら、と抑えていましたが、満身から背後を取られてしまった以上は、手を抜くことは出来ませんね」


 神官を構え、戦闘態勢に再び入る。

 俺も砕けたナイフを捨て、右腕を突き出す。武器が無くなった以上は魔法を使う他はない。

 と、俺達がそれぞれ構えると同時に背後からロゼの歩き出し、魔女に向かい指で十字の線を空に描く。

 すると、魔女の肉体が突然崩れていく。


「神聖魔法――第三節。 〈十字星クラリス〉」

「あれ、体が――何をしたの? どうしたの? 何であたしの足がぁアアアアアア――ッ!」


 奇声を上げ、叫ぶ魔女。それを顎先に手を当て嘲笑するロゼ。


「やはり神聖魔法が魔女には効果的なのだ。私達は急を要する。そこから去れ魔女よ」


 足元から徐々に崩れ砂となってゆく魔女の肉体。

 それでも尚、魔女は挑むようにわらった。


「ひひひ、そうね今は去りましょう。いずれ貴方とお会い出来る日を楽しみにしているわ――では御機嫌よう」


 完全に肉体は砂と化した。それをロゼはさらっと手に取り、指で撫でる。

 そして流れる水路の海水に巻き捨てた。


「砂の人形か、神官の動向を探っていたのだろう」

「それじゃあ水路をこのまま進むのは危険じゃねぇのか?」

「危険なのだ、小娘どこか他に道はないか?」


 ロゼが背後にいるリナに尋ねると、リナはロゼの問い掛けに答えるよりも、俺の手を気にしていた。


「おじさん早く手当しないと!」


 言われて右手を見ると、酷く血が流れ、皮膚に金属の破片が刺さっていた。


「さっきナイフを折られた時に砕けたナイフの破片が刺さったのか……まぁ心配するな」


 気が付いてから痛みに襲われたが、気にするほどでもない。怪我をしたと言っても少しである。少し痛みを堪えればどうってことはない。

 ただ、リナは刺さった破片を引き抜く様を見て、目に手を当てる。

 別に見なくてもいいんだけどな。


「たしか包帯があったはずだ。あとは適当に包帯巻いてりゃ何とかなる。ほら行くぞリナ」

「おじさん痛くない?」


 心配そうな顔で俺の手を眺める。


「痛いって言ったらどうする?」

「治して上げたいけど、僕は死霊魔法以外に何も覚えてないから……どうしよう」

「大丈夫だ、痛くねぇよ。まぁちょっとは痛いかもしんねぇけど」

「そっか、良かった」


 安心したリナは胸を撫で下ろして、近くに置いておいたランタンに手を掛ける。そして遅れてだがロゼの問いに答えた。


「水路からストックポートに出て、そこから森に行くしかないかもです」


 ロゼは分かったのだ、と歩き出す。 

 それに神官とリナも付いて行く。

 俺も遅れてその後を追った。



 

 港町ストックポート。

 活気が溢れ、港には船が続々と帰還する。

 相変わらず、と言った様子で何よりだ。だが平和そのものであるこの町にはまだ闇が隠されている。

 穏やかな日常の裏で、何かが動いている。

 

 久しぶりの町にリナとロゼは歓喜の声を上げ騒がしくなる。

 人が行き交う町中で一度大声を上げてしまえば、周囲の視線は一斉にこちらへ集中する。

 だが、それも一時の出来事で、興味を失った者はすぐに歩みを進める。至って変わらず、これが港町の日常風景。


「それで今すぐに森に向かうのか?」

「それも考えたのだ、しかし君の怪我もある。今日は港町で休もうではないか」


 とは言っているが、本心ではどうなのか。


「実はお前が休みたいだけなら、ここに置いてくぞ」

「違うのだ! ほらあそこを見るが良い」


 ロゼが指した方に人集りが出来ている。以前にもその様な人集りを目にしたことはあるが、もしやと近寄り円状の中心を覗く。

 するとそこに人の死体、否、魔女の死体が倒れていた。目立った外傷は無く、肌が蒼白になっているだけ。

 ふと、隣に立つ神官に目を配る。


「――おかしいですね」


 やはりか、と。

 神官にも不思議だったらしい。これまでは神官が行ってきた魔女狩り。

 だが今ここで蒼白になって倒れている無傷の死体とは何の関係もない。ならば誰が何を目的に魔女を再び狩っているのか。


「いよいよ、動き出すか魔女よ」

「動き出すって、復讐にか?」


 ここまで仲間が殺されている。魔女の仲間関係については知る由もないが、仲間思いなのであれば、復讐に走る可能性もある。

 そうすれば、この港町の住人は間違いなく殺される。

 元は神官が行っていた。しかしそれは部類としては人が行っている魔女狩りに含まれる。


「それはありませんよ。魔女に復讐という概念はありませんから、あるのは嘲笑いくらいですかね」

「なら動き出すってのはどういう?」


 君は鈍いな、とロゼは告げる。

 冷たく感情のない瞳は魔女の死体を深く見つめ、そのままで俺に彼女は言う。


「――魔女による、魔女狩りが開始するのだ」


 


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