1-7 協力関係
俺は標的目掛けて魔法を唱えた。
突き出した手の平から伝わる熱量で体が熱く、熱く、火照る。それでも魔力を微塵も気にせず、唯、その者を倒すだけの一撃を放った。
「燃えろォオオオオオオッ――――!」
業火は神官の肩から全身へと燃え広がる。それには神官も掴んでいたロゼを離さざるを得ない。ロゼを離した神官は、腕を振るう。すると、全身にまで広がっていた炎は消えた。
「邪魔が――入りましたか」
ギラッ、と睨む神官。
「神官様が随分と怖ぇ顔するじゃねぇか」
「そうですか、私も人相が悪いようですね。今のは笑顔を見せたつもりでしたのですが……」
俺は失笑する。あれで笑顔というのなら「戦士達が張り合っている時なんか常に笑顔じゃねぇか」と心の中で意味のない思案が浮かぶ。
余裕を見せる神官に、俺は一つ尋ねた。
「一つ訊いていいか? 神官様よ」
「何でしょうか?」
「お前がリナに死霊魔法を教えたのか?」
どうにも神官が魔法を知っているとは思えない。魔術師を狩ることが目的の神官が、魔術師と同等の力を手に入れる。即ちそれは神への反逆の様なものだ。神官ともあろう奴が、そんな非利益的な真似はしないはずだ。
「いえ、どうしてそうお考えに?」
「俺とそこの魔術師の考えでは、ストックポートの魔女狩りは人間が行っている、それもそいつは相当の魔術師嫌いなはずだ。だから俺とロゼが現れたことが実に不快で、どうにか殺す策を探すために少女に魔法を与え、狂気を与え従わせた。あとは言わずとも理解してるよな? それでだ神官、俺はお前から狂気に近い何かを感じる。これでどうだ?」
何を口にしているのだ、とロゼは言う。「憶測の域である考えを不用意に語るなど馬鹿げているのだ」ロゼは怒鳴る。
「残念ですが、それは違いますよ」
神官は冷静に、表情一つ変えず答えた。
「なにぃ?」
「私はこの地で悪逆を働く魔女を浄化するために来ました。貴方の話で言う、魔女狩りは全て私が行っていた物です」
やはりな、と納得する。徹底した浄化。それも弱点である海水に死体を流すなんてのは魔女同士ではやらないことだろう。そもそも奴ら魔女に海に近づく気があるはずもない。
「そして死体を海に流しました。ですが、私のしたことはここまでです。魔法を与える? 神官が神を裏切ることはありません」
「じゃあ誰がリナに魔法を教えたっていうんだ?」
「その件については私も今調べている最中で、そんなときに貴方がたと遭遇したわけですよ」
つまりは神官は魔女狩りこそは行ったが、それ以外のことには関与していないということらしい。
乱れた服を整えて立ち上がったロゼは、ふむ――と顎先に指を当て唸る。
そして、
「偶然ではあるが利害の一致か――私達もそれについて調べているのだ。神官相手にこう言うのも癪だが、共に調べる気はないか?」
それは拙いだろう。と神官の表情を伺うが、神官はやはり微動だにしない。
「敵同士ですが、それでもよろしいのであれば――命は保証しませんが、手を貸しましょう」
上から物を言うとはこの事だ、と思う。
念の為、警戒し何時でも魔法を唱えれる様にはしていたが、こうもすんなり快諾してくれるとは、些か不愉快だ。だが、ロゼはつい数分前まで敵対していたとは思えないくらいに打ち解けていた。
「そうか、そうか、神官は話が分かる男なのだ。どこぞの魔術師とは違ってな」
うるせぇ、とロゼの頭を軽く叩く。
「何をするのだ! 君は女性に手を上げて恥ずかしくはないのか?」
「そうですよ、女性は大切にするべきです。貴方にいずれ神の裁きが下りますように」
神官とロゼ、似たような雰囲気の者が増えて、これまでより一層扱いが面倒になった。
俺は、はぁ――と溜息を吐いたのち、そっと呟いた。
「……ったく面倒くせぇのが増えたなぁ」
神官を連れ、リナの小屋へ戻ると、扉を開ける直前に扉が勢い良く開いた。
俺達の帰りに気づいたのか、リナが小屋からぼさぼさの髪のまま姿を現した。
「僕が寝ている間にどこに行ってたんですか!」
少々、怒気が混じった声で投げかける。
適当に俺は――そこら辺、と返す。
すると、ぷーっと頬を膨らませ、何か言いたげな顔の見せたと思えば、静かに小屋の中へ姿を消した。
「そちらのお嬢さんが、話に訊く魔法を与えられた少女ですか?」
「あぁ、だが記憶はない、誰から魔法を教えられたのかは覚えてねぇみたいだ」
「そうですか、ですが記憶は無くとも一つの答えは出ますよ。魔法は魔術師や、魔女以外から教わることは出来ませんから」
それは知らなかった。
「おい、じゃあロゼは最初からそれを知ってたんじゃ……」
「私も知らないのだ。魔法とは覚えようと思えば覚えられると思っていた」
肝心な所で使えない奴だ。
そう思い呆れつつ俺は小屋の中へ入った。
「これは――」
中に入るとテーブルに昼間作ったスープが、もくもくと湯気を上げて並んでいた。それぞれ皿の小脇にパンが用意され、見栄えが良い。
「そこの人の分も用意したよ」
リナは手に抱えたスープをテーブルの上に置いた。
神官は深く礼をする。
「それじゃあ頂くのだ!」
いつの間にか席に付いていたロゼは我慢ならない、と我先にスープを口にする。それを見た俺達もそれぞれ席に付き、スープを頂いた。
「とても美味しいですね」
神官にも好評なスープ。少し時間が経ってより深みが増している。
「それ作ったの俺だ。ありがたく飲めよ」
「とても不味いですね」
「なんでだ!」
「冗談ですよ。魔術師が作ったからと否定するほど私は非道ではありません。誰が作っても美味しい物は美味しいですよ」
素直に感謝を述べる神官。正直良い奴なのか、悪い奴なのか定まらない。どうにも表裏が見えない男である。
ただ感謝されたことには俺としても素直に喜んでおくとしよう。
「君は料理の才があるのだ」
ロゼは褒めるが、過去に一度、大陸の果ての街のレストランで働いたことがある。
そのときに俺の料理人としては”できそこない”だと、忌々しく罵られた経験があった。今、思い返せばただの妬みの様にも思える一言だった。
もし俺に料理の才があるなら、
「……俺は料理人にでもなればよかったのかな」
思わず口から漏れた呟きを訊いた三人は揃って俺の顔を伺う。
そして、先に神官が口を開いた。
「いえ、魔術師で良かったですよ。貴方とはいい戦いが出来そうな気がします」
「そんなフォローあるか! お前に言われても嬉しくねぇな」
そうですか? と残念そうな表情を見せる。
「どちらにせよ、君は魔術師で良かったのだ。こうして私と出会えたのだからな」
「いや、別に出会えなくても、むしろその方が今よりか充実してたかもな」
そんなはずはないのだ、と否定するロゼを軽く無視して、温くなったスープを掬って啜る。
無視をされたロゼはつまらなそうに、食事を続ける。神官も会話を控え、冷めない内にスープを飲み干した。
「ごちそう様でした。実に二日ぶりの食事は素晴らしい物です。私のような者にお慈悲を与えくださり誠に感謝しております――」
リナの手を取り、軽く手にキスをする神官。
「……いつの時代の紳士だ」
頬を赤らめてキッチンへと隠れたリナには効果的な感謝の伝え方だったらしい。
「神官は紳士とは違いますよ?」
「お前も話が通じねぇ達か、もういい、それよかこれからの話だ」
綺麗になったテーブルの上に広げられたアリーゼコルナ共和国の地図。現在地のストックポートに適当な駒を起き、話し合いを始める。
「神官、魔女狩りはどこで行っていたんだ?」
ここです、と地図に指を当てる。
そこは何もない森だ。
「森で魔女狩り? ストックポートから少し離れてるな。ここには何かあったのか?」
魔女の隠れ家、洞窟を好んで住処にする魔女もいるらしい。だから森で魔女狩りをしていた、と言うのなら、その線が濃厚だ。
「ここには町人の噂で魔女の工房があったので、一人で潰して来ました」
「潰すって、工房なら尚更複数の魔女と遭遇したはずだろ? どうやって……」
「簡単ですよ。手当たり次第遭遇したら殴る。それだけです」
こいつと話していて少し理解してきた。
どうやらこいつは見た目賢そうな雰囲気だが、相当の戦闘バカだ。何となくだが、こいつがどうしてストックポートの事件に派遣されたのか薄々分かってきた。
幾ら魔女と言えど、詠唱の隙も与えない格闘士みたいな敵に襲われたら、それは見事に殺られるだろう。体術なんてのを魔術師、魔女は覚えない。必要とあれば覚える者もいるが、基本は魔法だけが武器だ。だから相手から武器を取り上げたら、容易く工房ごと潰せるだろうな。
「それで、何でわざわざ反対側の森に居たんだ?」
魔女の工房があったのは西だ。
「何となくですよ。西側にもあったのなら東にも工房があるんでは、と」
単純なことだった。
「で、工房はあったのか?」
「無かったですよ。これは予想ですけど、西側に工房以外の何かが存在する。そして、町で暮らす無害な魔女とは違い、人間を外敵と定め襲う集団が息を潜めているでしょう」
「根拠は?」
「昔より、西は魔法を扱う者にとって魔力を高める等、魔の方角と呼ばれてきました。なので西に集まっていたのはそういうことかと」
長らく黙っていたロゼが、突然――そうか、と言った。
「だから小娘に力を与えたのだな」
「どういうことだ?」
「考えてもみろ、魔力が弱まる東にわざわざ赴くなんてことはしたくないはずだ。だからそれを知らない小娘に魔法を与え指示したに違いない。”東に留まれ”と、もちろんそんな記憶はないが、頭が覚えていなくとも体が覚えているのだ」
「非陳述記憶ですか、なら納得ですね」
たしかにリナは大事なことを思い出せない。覚えているのかも知れないが、それを阻まれているのかもしれない。
「そういえば、そちらのお嬢さんはもしや母親が捕らわれているのでは?」
キッチンの影からこそこそ、とこちらの様子を伺っていたリナに神官は気が付いていた。
「はい、僕の母さんは対価として連れて行かれました」
「そうですか、ですが安心を。貴方のお母さんの救出も私の目的に含まれていますので、食事のお礼、と申し上げるのは失礼と思いますが、必ず救出しますよ」
何とも都合の良い話だ。
神官と俺達の目的は、ぴったりにも程がある。
「どうやら全て決まったようなのだ。神官、一時的とは言え信じてもいいのだな?」
「えぇ、大変構いませんが、私はどう合っても貴方がたを信じることはありませんので、そこだけはどうかご理解を――」
「そこのうるせぇ奴は信じるって、言ったが俺は信じるつもりはねぇからな」
「えぇ、それでよろしいのです」
気に食わない顔で笑う神官に苛立ちを覚えたが、敵とは言え仮にも協力関係だから、と仕方なく自分に言い聞かせた。