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できそこない魔術師の師匠様  作者: 五月猫
一章 魔女狩り
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1-6 〈神劫の断罪者〉

 出来た料理を囲み席に付くと、うなっていたロゼは顔を上げ、嬉しそうに声を上げた。そしてスープ皿を手元に寄せ、スプーンで一口すくう。綺麗な透明色が窓から差し込む光を浴びて美しく輝く。

 それにロゼは――美しい、と声を漏らした。

 ゆっくりとスプーンを口に運び、小さな椀の中にすくわれたスープを舌の上に落とす。野菜の旨味と肉から出た出汁が、空腹の腹を余程刺激したのか、すぐに二口目、とスープをすくい再び口に運んだ。

 頬に両手を当て、ううーん、と感激する。

 俺から見ても上出来だと思うスープだ。

 ロゼが喜ぶのも訳はない。ロゼの隣で静かにスープを啜るリナもその出来栄えに喉を鳴らした。二人は口を揃えて俺に感謝を告げる。


「美味しかったのだ」

「美味しかったです」


 真正直に感謝を述べられると、どうにも頬が緩んでしまう。そんな和んだ雰囲気の中、ロゼは本題に入った。


「小娘よ、たしかめたいことがある。その者についての記憶はどこまで残っているのだ?」


 リナに対しての呼び名が変わっていた。さすがに少女と明かされても尚、小僧と呼ぶのはロゼにしても遠慮したかったのだろう。

 ただ、ロゼが尋ねたことには俺も興味があった。


「僕は狂気と死霊魔法を渡されたこと以外は何も、あの御方がどんな顔をして、どんな声で、どう僕に話しかけて来たのかは思い出せない」


 ふむ、と悩ましげな声を上げ、さっぱりだ、と口にした。


「解放はした、が記憶は管理される前に消された可能性が生まれたな」

「消された? やっぱり敵にとって不都合だからか、今みたいに何者かの手によって解放された時に口走られたりでもしたら、そいつは顔も潰れるだろしな」

「うむ、では小娘、死霊魔法は”何を教えられた”?」

 ロゼは言う。大事なのはそこだ、と。

「屍操作だけ、あとは何も……」


 そうか、と納得する。


「死者蘇生だけは教えない、か、実に出来た者だ。完璧に己へのリスクを恐れる者という事実だけが明確に現れたのだ」

「死者蘇生って、そりゃ限られた魔術師にしか使えねぇ魔法だよな? それを他人に教えることが出来んのかよ」

「出来ないことはない。世界には魔法適正に優れた者が数多く存在する。この小娘もそのうちの一人だ。死霊魔法でも屍操作は基本と言えど、それ故に力量を必要とする。逆に考えると死者蘇生なんてのは、死した肉体に魔力を流し、生を与えるだけの簡単作業だ。同じ死霊魔法と言えど、必要魔力は断然屍操作が上なのだ」


 どうしてここまで知っているのか、俺として気になることは山程あるが、今はストックポートの魔女事件解決を優先させるほうが的確なのは変わりない。俺の悩みは後で、落ち着いた頃にロゼに改めて尋ねることにしよう。

 と、思案していると、ロゼはスープのおかわりを所望した。

 仕方無く俺はすくいかけのスプーンを皿に沈ませ、キッチンへと向かった。



 充実した昼食だった。

 実に久しぶりと言える。これほどまともに食事を口にしたのもいつだったのか、遠く記憶の彼方で鎖を掛け、隠すように思い出すことはばかられる。


「それでこれからどうすんだよ?」

「どうするとは?」

「情報つってももうこれ以上はねぇ、完全に敵に行動を読まれている以上は迂闊うかつな手出しも事を加速させるだけだ。詰みかけたこの状況にどうするんだって訊いてんだよ」


 何をしようと、リナの件で俺達は最初から弄ばれていたことは重々理解した。

 だからこそ、この身動きを制限された今、何が解決への糸口になるのか。俺達は何を優先すべきなのか。それをロゼから聞きたかった。


「詰みかけた? まだ私達は詰みかけていないぞ、君は本当に馬鹿なのだ。考えてもみよ、こちらには先程まで敵の駒として有に働いた死霊魔法使いがいるのだ。なら小娘の力を使うに限るではないか」

「僕はそんなに役に立つと思えないけど……」


 案ずるな、とロゼはリナに声を掛ける。

 俺はリナの力を借りることに反対した。


「俺は、リナの力を借りるのはよくねぇと思う」


 何を今更、と言いたげな表情を作るロゼ。今自分が何を口にしたのか、その意味くらいは理解しているつもりだ。だが、これ以上はリナを巻き込む必要はないと思う。

 ようやくリナは自由になれたんだから――。


「いえ、僕はおじさん達の力になりたいです。だってまだ母さんがあの御方の元で捕らえられているのだから、僕が救いに行かなきゃ」


 リナの灰色の瞳には決意の色が浮かぶ。どうやら何を言ってもいうことを訊いてはくれないようだ。

 俺は、はぁ――と深く息を吐いた。最近になって溜息が多くなった気がする。いや、多くなったか。


「ということだ。では小娘、森の周囲に死霊を――〈アンデッドせる弓兵アーチャー〉を北と南。〈アンデッドせる剣士セイバー〉を東と西にそれぞれ五体配置してくれ」

「……わかった」


 リナは祈るように両手を胸の前に組んだ。そして光と対になる闇、黒色のオーラをまとい死霊に呼び掛ける。はたからは祈っているように見えるが、心の中で死霊と話しているのだ、とロゼから訊かされる。

 そして長く部屋の中が静寂に包まれる。別に何か話してもいいのだろうが、下手に話し声を上げてリナの邪魔をするのも良くない、と思い唯見守った。


「出来たよ」


 長く流れた静寂を最初に破ったのはリナだった。額から溢れる汗を手で拭う。東西南北に計二十体の死霊を配置するために必要な魔力が如何ほどなのか予想もつかないが、相当な疲労に襲われているリナからして、多大なる魔力を使ったと見受けられる。

 よくやったではないか。

 と、ロゼはリナを褒める。ロゼに褒められたことにリナは素直に喜んだ。


「これで準備は整った。紡がれた糸はいずれほつれが現れる。そのときが動く時だ。しばし、私達は大人しくしていようではないか――その者の思い通りに」


 ロゼは窓から森を眺め、不敵な笑みを漏らした。



 それから再びときは過ぎ、リナが配置した死霊に異常を感じた。


「東に集めた死霊達が支配から消えている。どうなってるの?」

「おい、ロゼ! リナの様子がおかしいぞ!」

 胸を抑え苦しそうに呼吸するリナ。それを見たロゼは状況を察した。

「そうか、屍の支配者に直接攻撃とは、その者は手馴れているではないか、だがそれが糸のほつれ――行くぞ、君は小娘をそこのベッドに寝かせて私の付いて来てくるのだ」

「だがよ、リナが……」


 苦しそうに呼吸を繰り返すリナを放って行くことが出来ない。そう思う俺の思いを察したのか、ロゼは、はあ――と溜息の後、リナの額に手を当てた。

 ゆっくりと額から顎先までを撫でる。すると今し方苦しそうにしていたリナの呼吸が落ち着きを取り戻した。スースー、と寝息を立てベッドの上で深く眠りに付いている。


「何やったんだ?」

「屍共から意識を逸らしたのだ。繋がりを断てば小娘の苦痛も収まるだろうと思ってな、どうやら当たりのようなのだ。では行くぞ、その者も異変に気が付いているだろう。時間がないのだ」

「でも一人置いて行くのは大丈夫なのか? 誰か残ってる方がよくねぇか?」


 君は心配性なのだ、と呟く。


「死霊魔法使いともなると、無意識にでも危険を察知した場合、魔法が自動的に発動するのだ。小娘の場合もそうなるはずであろう」


 そうか、と安心した。

 俺はリナに優しく毛布を掛け、小屋を後にした。

 


 橙色に染まる空、静かに漆黒が侵食を開始する。

 薄暗い森の中は妙な静けさが漂った。リナが配置した屍を俺とロゼは確認し、最後、東に配置されていた屍を確認しに行く。


「何故だ、人の気配がないのだ……」


 ロゼは周囲を歩きながらに観察する。そんな彼女から漏れた一言は動揺を招いた。

 と、そんなときだ。

 俺は背筋が凍る感覚を覚えた。咄嗟に振り返った背後に佇んでいたのは、如何にも人間。しかし、その剥き出しの敵意は魔獣の様に恐ろしく、近寄ることを拒む。相手には先に名乗りを上げる気はなさそうだ。


「貴方がたですか、えぇ大変厄介な出来事にしてくれましたね」


 白髪が左目を隠し、右目だけが見えた。だが、左目からは髪で覆い隠されているにも関わらずに、鋭い眼光で睨まれている、と思わさせる。

 人間の青年であろう敵は、翡翠の瞳で冷たく俺達を眺め審判を下す。


「私は――〈神劫サー断罪者・ゼクス〉愚者に断罪を下す神のかいです」

「何ッ、その者が神の使者だと!」


 と、ロゼは言う。


「神は貴方がたを敵と定め、私に断罪する権利を与えた。よって私がここで貴方――いえ、貴様等を生かすことはないと知りなさい」


 拳に奇跡が込められる。青年の胸の前で交差した腕は浄化の光を宿した。


「おい、なんかマズくねぇか?」

「逃げるのだ――君ではあの者に敵わない」

「言われなくてもそのつもりだ、行くぞッ!」


 手を掴むが、ロゼはその場を一歩も動こうとしない。何を考えているんだ。


「走れッ! 何をしているのだ! 君もあの者に消されるぞ。あの者は神官だ。世界を汚す者を浄化する者。そして我ら魔術師の天敵だ」


 そんな奴がどうしてこんな所に、と思う気持ちを抑え、俺はロゼの手を引く。

 今はここから逃げることが最優先だ。


「だからお前も一緒に逃げるんだよッ!」


 天敵であるのなら尚更、ロゼですら危険と分かっているなら尚の事、退却以外の選択肢は残されていない。なのに、ロゼの手を引くが動じない。


「君は馬鹿か? ここで二人揃って逃げては捕まるではないか、私が足を止めておく、君は早く小娘の元へ戻れ――この作戦は失敗だ。後は君に任せたのだ、行けッ!」


 そう口にしたロゼは俺の背中を押す。

 と、同時に神官による浄化が始まった。



「いいですね、やはり魔術師には近接戦闘が有利、神が与えし断罪の拳は害悪を裁き砕く」


 人間の拳とは思えない一撃。一度地を叩けば地割れを起こし、一度拳を振れば、木々が薙ぎ払われる。それが神官に選ばれた彼の能力。

 悪を断罪し、存在を抹消する。

 対魔術師に特化した者――それが〈神劫サー断罪者・ゼクス〉。

 ロゼはその存在を知っていた。いつ現れ、今の今まで何をしてきたのか。


「久しい戦いが、神官とはどうにも納得がいかないのだ」


 魔法で展開した防護膜は拳を防ぐ。


「私としては、魔術師――それも最高峰に君臨する御方との戦闘は何分初めての経験なもので、雑魚相手にするより愉しめますよ」


 口元が気味悪く笑いを作る。


「君はこれまでに何人殺した、いや何人浄化したが正しいのか」

「何人、正確な数は覚えてはいません。ただそのどれもが声を上げる間もなく浄化されたことは覚えております――ええ、実に愉快でした」


 神官は純粋に戦闘をたのしんでいた。上位魔術師との戦闘は士気高め、興奮させる。一撃、一撃に憎悪が増す。

 ロゼの張った防護膜は一点を除いて状態を維持していたが、一度、ほころびが出来てしまえば、後は容易く破壊できる、と神官は口にしその一撃を振りかざした。

 パリンッ、と音を立て崩れてゆく守り。ロゼは咄嗟に数歩背後に後退。しかし神官はそれを逃しはしなかった。

 服の首元を捕まれ、引き寄せられるロゼ。勢いで火炎魔法を神官の顔に詠唱した。


「心なる炎が、煉獄れんごくより――〈炎帝イグニス〉ッ!」


 だが、火炎魔法は発動する寸前で打ち消された。


「これは失礼しました。ですがその汚らわしい炎を私に向けないでください」

「くッ、離せ!」


 抵抗も虚しく、神官の拳はロゼの顔を正面から迷いなく襲う。


「ここまで――なのだな」


 諦めたその時、おおお――と雄叫びが山に響く。

 その声が誰なのか、ロゼにはすぐに気が付けた。そしてその者に対していつも言うように囁いた。

 君は――馬鹿か、と。



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