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できそこない魔術師の師匠様  作者: 五月猫
一章 魔女狩り
1/11

1-1 探し求めていた者

 1-0


 世界に魔法が存在した。

 一人の魔術師がそれを広め、大陸全土に魔法は広がった。

 一人の少年が存在した。

 中身は空っぽで、自分の意思はなく、命じられたことを素直にこなすだけの人形。主人に逆らうことはない。逆らう意思もない。ただ「はい」と答えるだけの傀儡くぐつ


「アサギッ! どうしてそれくらい出来ねぇんだ。この出来損ないがッ!」


 主人からの酷くののしられた人形は、表情一つ変えずに「ごめんなさい」と謝った。そこで人形は恐怖を覚えた。拳で殴られる怖さ。蹴られる痛さ。少しづつ意思が芽生えた。感情が生まれた。

 そこで人形は気が付いた。

 どうしてこいつに従わなきゃいけないんだ?

 年頃になった人形は主に告げた。


「――俺はもうお前に従うつもりはない」


 人形に行く宛はない。それでも外の世界に出られる喜びが人形を突き動かしたのだった。


 1-1 


「……見つけたぞ」


 ようやく探していた者を見つけた。

 何の手掛かりもない状態からの捜索に頭を抱えた程だ。それが今目の前に彼はいた。

 ここ数日何も口にしていなかった事が彼女を動かした。美味しそうに食事をする彼の隣で包みに隠された肉。それを一口でも口に出来たのなら幸せといえるだろう。静かに彼の背後に迫り、素早く包みを奪い取った。

 そして茂みに隠れ、包みを丁寧に開いて中に包まれた肉を見て喉を鳴らす。干し肉とはいえ、立派な食料だ。食べられれば何でもいいのだ。一切れ指で摘み、口に運ぶ。熟成された肉の旨味が口の中を駆ける。空腹の腹に光が差し込んだ。


「これは美味いではないか!」


 食べる手が止まらず、包みにあった干し肉を全て平らげた。満足感に浸っていると、茂みの奥から只ならぬ殺気と哀れみを感じた。

「おいそれ俺の食料だが、最後に何か言い残すことはあるか?」

 そう背後から声がした。



 どうやら俺は食料を盗まれたらしい。

 隣に置いておいた包みが消えていた。山の中だから盗賊が居てもおかしくはねえ。だが、盗賊にしては不自然だ。金になる物か女を好んで盗む奴らが、何の価値もない干し肉の包みを盗んでいった。


「……盗賊じゃねぇな」


 何にせよ盗まれた以上は食料を取り返しにいくしかない。そう思った直後人の気配を感じた。

 子供か?

 いや、これは大人か。


「そこか……」


 静かに迫ると一心不乱に干し肉を頬張る何かがいた。あれだけの量を詰めたはずなのに、干し肉はみるみる消えていった。


「おいそれ俺の食料だが、何か言い残すことはあるか?」


 盗まれてさらには食べられて、残った包みは肉の欠片くらいしか残っていない。こうなってしまえば話し合いでは済まさない。

 女は振り返る。

 金髪の長い髪がゆらり、と揺れ、深紅の瞳がうるっと光った。


「君は空腹の者を野垂れ死ね、と言うつもりか?」

「……野垂れ死ね」


 知った事か、と吐き捨てる。


「悪魔とは君の様な人間を示すには相応しいな、それでその手は何をするつもりなのだ?」

「もちろん、それ相応の代償は払ってもらう。見たところ随分と綺麗な顔してるからな、奴隷市場で売りでもしたら干し肉代にはなるだろうよ」


 女を見る目がない、と言われてきた俺にもそいつは美女だと分かる。もし普通に出会っていたのなら、惚れていたかもな。ただ今はそんな気は起こらない。


「待て、そうだ話し合えばわかるのだ。ほらここに座って仲良く話そう!」


 慌てて羽織っていたマントを地面に敷く。

 俺の不機嫌を露わにした表情を見てなのか「座って」と提案した彼女自ら、マントの上に正座をしたと思えば、深く腰を曲げ、頭を下げ懇願した。


「――お願いします、どうか売らないでください」


 泣きそうな震え声で願う美女。

 そんな大声で叫ぶんじゃねぇ、と言うがどうにも収拾がつかない。泣き姿を見させられて、根負けした俺は渋々思いで告げた。


「分かった売りはしねぇから、叫ぶんじゃねぇよ」


 こんな姿を他人に見られたら明らかに思い違いを起こされる。

 まったく人攫ひとさらいに近いことを仕出かした気分だ。そもそも売るつもりはない。ここアリーゼコルナ共和国は人身売買に厳しい。面倒な手続きを踏んでからようやく売り払える。ただ裏社会での取引だから、騙し合いが日々横行おうこうしている。

 だから冗談のつもりで言ったのだが、売る気でいると思い込んでしまった。


「売らないでください――――!」

「だから売らねぇって!」

「本当か?」

「本当だ」


 疑り深いなこいつ。

 売る気がないことにようやく気が付いた美女は、落ち着きを取り戻し乱れた服を直す。


「それで、まずお前は何者だ? こんな森ん中を美女が彷徨くなんてありえねぇことだ」


 見た所装備は付けておらず、羽織っていたマント以外は街でお洒落に歩いている貴族と似たような綺麗な服。森を歩くには少しばかり場違いである。最もその辺の常識が貴族にあるとは思えない。だからこれくらいは当然か、と納得する。


「私はロゼだ、君に用があってこうして森を歩いていた」

「俺に用?俺は娼婦しょうふを頼んだ覚えはねぇが」

「娼婦じゃないぞ、君の主との契約を果たしに来たのだ」

「そうか、なら俺はお前に用はねぇ……」


 主からの尋ね人なんかに用はない。尋ね人といってもその目的が俺を連れ戻すことなら、ここで抵抗する必要がある。


「主からお前の師匠を頼まれてな、それで探しにきたのだ」


 訊いてもいないのに、勝手に話を続ける。


「師匠だぁ? そんなのいらねぇよ。散々俺を縛り付けておきながらまだ縛るつもりかあのクソ野郎」


 舌打ちし、まとめていた荷物を背負う。もうここには用がない。早く街へ向かおうと歩き出す。


「あやつの最後は何とも滑稽こっけいだった。涙一つ流さん男が、君のために師匠になって欲しい、と懇願したのだ。昔馴染みだからあの言葉を口にしたときは驚いたさ、あの男にも涙は流せるのだなって」

「最後……ってことは死んだのか?」

「今から半年前にな、だからこうして約束を果たしに来たのだ」

「それは確かに滑稽だ。散々人を馬鹿にしたクソ野郎が死んだか、なら俺を縛る者はいなくなったことだし、適当に雇われ魔術師として生きるかな……」

「それもいいが、私と一緒に旅をしよう」


 断る、と返す。

 美女と旅をするなんてどこのお伽話だ。


「そう言うな、ではこうしよう、君を師匠として災厄から守る代わりに、君は私を危険から守ってくれ。どうも美しすぎるのも困るのだ」

「嫌味かよ……まぁそれなら、どうせ仕事を探しにいく必要があったしな」


 金払いのいい仕事を探して、金を貯めて、好きな女と結婚して、家を買って一生を過ごす。実に悪く無い将来だ。だが、どうにも何かをしていなくてはうずうずする性格だ。美女と旅をするってのも悪くないな。


「ほら手を出すのだ」


 言われるまま手を突き出す。

 すると両手で俺の手を握る。握られた手から痛みと熱さを感じる。


「これで契約は完了した。行こうではないか――」

  


 



 

 


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