白氏とシャイレンドル
イスファラは多弁な同行者に苛つきを隠さなかった。
「少しは黙れ。気が散る」
すでに結界を超え、聖獣の像が収められた空間に立ち入っている。
「そんなこと言うたかて、めったに会えへん白氏一族やねんもん、そりゃいろいろ聞きたいことてんこもりや」
今日何度目かのその問答に、イスファラはため息をついた。
「我らのことは一切が機密事項だ。何度聞かれても答えられん。――シャナ殿についても同じだ」
「ほな、あの地の王については?」
「かつての聖獣の一柱だ。その辺りの伝承はそなたらのほうがよく知っておろう?」
「まあ、せやけど、座学は苦手やねん」
「知るか」
イスファラは応対しながらもいろいろ手を動かしている。何を見て何を操作しているのかシャイレンドルにはわからない。が、結界が幾重にも消えては織り上げられていくのが肌で分かる。
最深部に踏み込んだところで、イスファラは足を止めた。
「これは……」
金に輝く紋様が闇の空間にびっちり展開されている。もともとは壁と天井と床に展開された結界だったが、そういった『終わり』のない空間では縦横無尽に紋様が走っている。
「……ずいぶん乱暴な穴の開け方だな」
紋様に刻まれている禁呪を読み込んでいるのか、白氏の男は眉をひそめる。
「わいが組み上げたわけちゃうからな。あの爺ぃのをそのまま一部だけ書き換えただけや」
イスファラの言葉にシャイレンドルはむっとして唇を尖らせる。
「知らぬ。……本当に回収できるんだろうな」
「当たり前や。一回やっとるんやで?」
シャイレンドルはにやっと笑い、手を前に差し出すと手のひらを上に向けた。ぴりっと痛みが走るのを無視して、あの時と同じ禁呪を口にする。
「……なるほど。シュワラジー殿が聞かぬふりをするのも分かる」
空間に散らばっているすべての金の紋様が開かれた手に集まってくる。渦を巻いた金の流れは手の中にまとまると金色の卵に固まって転がった。
「これでよしっと」
金髪の魔術師は卵を懐に戻し、イスファラに向き直った。
「回収終了や。あんたはまだ仕事が残っとるんやろ?」
「ああ、その禁呪のおかげであちこち結界が狂っておる。修復には少し時間がかかるな」
「その前にわいだけ戻してくれへんか? ここで長いことおったら外に出た時に何ヶ月経っとることやらわからへんし」
「それは無理だな。私の作業が終わるまで待っておれ。――出るときには同じ時間に戻してやる」
「……は? そんなこと、でけるんか?」
「他言無用だ。……お前には聞いておきたいことがあるし」
「何や、聞きたいことって」
シャイレンドルはイスファラを振り返った。
イスファラはいつもの冷たい瞳のまま、シャイレンドルを凝視している。
「……貴様の中の力についてだ。そこに封印されておる地の王の半身と同じ力を持つお前が、ただの人であるはずがないだろう?」
「知らん」
きっぱりと、しかしあっけらかんとシャイレンドルは答える。
「俺は俺だ。他の誰でもない」
その言葉にイスファラは目を見開いた。それからしばらくして、目を眇め、ため息とともにうなずいた。
「……なるほど。シュワラジー殿はとんでもない秘密を隠しているわけか」
「何のことかわからへんなぁ」
「――貴様ならこの結界を出入りするのも自由な訳だ。最初に出会った時の件も納得がいく」
「なぁ……人外みたいな言い方、やめてくれへん?」
「……事実だろうが。そんなに急いで塔に戻りたいなら自力で戻れ。――できるだろう? 貴様なら」
「やだね。やらねぇ」
シャイレンドルはその場所にどっかと腰をおろした。
「わいにはそんな力、あれへんからな。あんたの作業が終わるの、大人しゅう待っとることにするわ」
にやにやとシャイレンドルは笑う。
「……好きにしろ」
そう言い、イスファラは肩をすくめた。




