報告
玄関を出たところで、ユレイオンは白い光に目を眇めた。
「なんや、あれ」
シャイレンドルの声が聞こえる。
止まっていた馬車には、昨日まで乗っていたランスフォールの紋ではなく、王家の紋が刻まれている。
光って見えたのは、そのそばに立つ白いフードの男だった。身長より高い杖をつき、降りてくる四人の方を睨みつけている。フードから溢れる髪の毛は白い。
「――遅い」
「てめえっ……」
「馬鹿、あの方は白氏一族だぞっ」
居丈高な物言いに反応しかけた相棒の言葉を遮る。が、相棒はユレイオンの腕を押しのけた。
「……知っとるわ。アダの聖域でいちゃもんつけられたからなぁ」
のしのしと階段を降りると、シャイレンドルは白氏イスファラの前に立った。睨みつけていたイスファラの瞳が不意に細く眇められた。
「貴様……何者だ」
「わいはただの塔の魔術師や。そういうあんたは何者やねん」
挑発するようにシャイレンドルは笑う。イスファラは自嘲するように口角を上げた。
「我ら白氏は『傍観者』ゆえな――。皆揃ったようだな。急ぐぞ」
最後にユレイオンが階段を降りたところでイスファラは全員を確認するように一人ずつ視線を合わせる。
「急ぐ?」
シャイレンドルの言葉に応えず、イスファラは手の中の杖で地面を突いた。
「シュワラジー殿の要請ゆえな」
足元に白い光が走る。イスファラを中心とした円が幾重にも描かれ、端から光がカーテンのように立ち上がる。
「これは……!」
「やべっ、セイン、ファローン、耳と目ぇ塞いで膝をつけっ!」
「えっ」
「は、はいっ!」
シャイレンドルが二人に覆いかぶさるようにすると、二人は言われたとおりに両手で耳をふさぎ、ぎゅっと目をつむった。
ユレイオンはそれを横目に見ながら、イスファラに目をやった。
ぐりん、と視界が歪む。
――始まった。
誰かのうめき声が上がる。五年前に味わった――内臓が浮き上がるようなあの感覚が戻ってくる。
「すぐに着く」
涼やかな声が耳朶を打つ。つん、と鼻の奥に酸い匂いがした。
「――なんで縮地魔法なんて」
ぐったりとして意識のない二人をソファに寝かせると、ユレイオンは怒りを込めてイスファラを振り返った。
相棒も空いたソファにうつ伏せに沈んでいる。
「言うたであろう。シュワラジー殿の要請だと。私を責めるのはお門違いだ」
非難めいた視線を塔長に向けてイスファラは杖を鳴らす。
「ダラフからなら馬車で来てもよかったでしょう? 一日もあれば戻ってこられたのに」
「いや、お前たちの労をねぎらおうと思うてのう……失敗じゃったか」
白いひげをいじりながら、塔長はすまなそうな目でソファに横たわる三人を見た。
「特にセインとファローンは初めてなんですから」
「初めてでなくてもきっついわぁ」
シャイレンドルが呻く。
「――すまん」
塔長は素直に頭を下げた。
「で、白氏に借りを作ってまで急いで帰塔させた本当の理由はなんですか?」
「特に理由なぞないわい。ただ、報告を早く聞きたかっただけじゃ。いろいろあったようじゃしのう」
ちらり、とユレイオンを見上げる塔長の目はもう笑っていなかった。
「セインとファローンにも話が聞きたかったが、この様子では無理じゃのう」
「……ええ、そうですね」
塔長はぱちんと指を鳴らした。爽やかに風が吹いたと思うと、奥の方から毛布が飛んできて、眠る二人を包んだ。
「お前たちの話を聞いている間に目を覚まそう。――話してくれんかね?」
塔長の言葉に、ユレイオンはうなずいた。
ユレイオンは出発からラナリア入りの話までを語った。細かな点は省略し、今回の一件に関係のありそうなエピソードだけを選ぶ。
それでも、一刻以上かかった。喉が枯れてきたところで、塔長は侍従にお茶を頼み、ユレイオンはようやく喉を潤すことができた。
「で、肝心のアダの聖域の調査だが……前にイスファラ殿から報告は頂いた。赴いたのはシャイレンドル一人だったというのは本当かね?」
「それは……そのとおりです。私は時間が取れなかったもので」
申し訳ありません、と頭を下げる。
「シャイレンドル、そろそろ話ができるようになったろう?」
塔長に言われて仕方なくシャイレンドルは身を起こした。
「しゃぁないな。――アダの聖域に行ったらこいつと……あと女が来てた」
「それは誰のことじゃ?」
「――シャナ殿だ」
イスファラは眉根を寄せてつぶやいた。塔長はああ、と目を閉じた。
「シャイレンドル……お前は物覚えが悪いのう」
「……覚えてねぇよ」
苛ついて口をひん曲げる。
「貴様に任せるとろくな報告にならんな。――こいつがアダの聖獣とシンクロした。私とシャナ殿でそれを収め、聖獣の像を封印し、アダの聖域に誰にも入れないように術を施した」
「ああ。で、出てきたら朝やった。あの聖域の空間って、時間どうなっとんのや。一刻ほどしかおらんかったはずやのに、日が変わっとった」
「――機密事項だ。教えるわけにはいかん」
チッと舌打ちをする。
「その後の話は任せるわ、ユーリ」
その名で呼ばれてユレイオンは顔をしかめつつも口を開いた。
「……シャイレンドルが合流してすぐモントレーの館から迎えが来たんです――」
その後、黒魔術師の罠に落ちたところから、罠を抜けたらアダの聖域に落っこちたところまでを語ったところ、イスファラが口を挟んだ。
「待て。お前たち――アダの聖域に入ったのか?」
「ええ。地の王が出現した道を辿ったところ、アダの聖域に出たんです」
イスファラは目を見張った。そしてその視線はシャイレンドルに向けられた。
「馬鹿な……ではなぜここにいる? あの結界を抜けられるはずがない。地の王の全力でも出られない結界を組み上げたのに……ありえない」
「ああ……そりゃあの爺ぃの罠を逆手に取ったんや。結界の中に結界を張った」
「なっ……」
「――わしは聞かなかったことにする」
イスファラは絶句し、塔長はため息とともにそれだけ言った。
「続き、任せるでぇ」
シャイレンドルは再びソファにぱったりと倒れ込んだ。
しぶしぶユレイオンは続きを話し出した。黒魔術師と対峙したこと、地の王とやりあったこと。その後、フォートに向かい、ファローンに再会したこと。
地の王とのやり合いについては、詳細は伏せた。シャイレンドルの石が砕けたことを話せば、何があったかも含めて話さざるを得なくなる。
石についてはどちらにせよ塔長に話すのだ。イスファラがいる今は伏せても構わないだろう。
「フォートでのことはファローンから聞いたほうがいいでしょう」
「分かった」
塔長はうなずいた。ファローンもセインも、今のところ起きる気配はない。侍従を呼び、二人をそれぞれ部屋に運ばせる。
「ところでシャイレンドル……サークレットはどうした?」
「ん? ここにあるでぇ?」
寝転がったまま、シャイレンドルは懐からサークレットを取り出した。風が吹き、シャイレンドルの手からサークレットをさらう。
「なにしやがるっ」
「――ユレイオン、私に渡したいものはないかね?」
のろのろとユレイオンは顔を上げた。いつも見せる朗らかな笑みを消した塔長の目が冷たく光る。
――塔長に隠し事ができるはずがない。
ポケットの中からあの青い石を取り出して、塔長の机に置いた。
「……なるほど、これが彼の伝言、か」
「塔長、黄色い石には黒魔術師の禁呪が吸い込まれています。お気をつけください」
ユレイオンは、アダの聖域で相棒が見せたあの解呪の発動を思い起こしていた。あの黄色い石も、叩きつければ同じ禁呪が発動するのではないか。……時をすすめるあの魔術が。
「シャイレンドル」
「なんや」
不貞腐れたようにシャイレンドルは言う。塔長はしばらく黙って弟子を見ていたが、ゆっくり口を開いた。
「……たまにはちゃんと審神を受けい」
「やだね。……俺の石は割れてない」
シャイレンドルは身を起こし、塔長を睨んだ。塔長はやれやれと肩をすくめ、サークレットを投げて返した。
「……まあよい。今日はもうゆっくり休め。明日、セインとファローンが目を覚ましたら続きを聞こう。イスファラ殿も、よろしいですかな?」
「いえ、聖域の話はあらかた聞けましたから私はこれで。聖域に仕掛けられた結界を見に行きます」
「あ、せや。あの結界、わいらの名前が入っとるから回収しときたいんやけど、わいも行ってええか?」
シャイレンドルはソファから立ち上がるとイスファラに近寄った。
イスファラはあからさまに嫌そうな顔をする。
「……貴様には金輪際近寄ってほしくないと言ったはずだ」
「わいを連れてった方がええで。禁呪を解除するのは結構手間やからなぁ」
イスファラが塔長を振り返ると、塔長は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「すまんが連れてってもらえんか。わしもその禁呪には興味があるでのう」
「……分かりました。でも、これっきりですよ?」
イスファラの言葉に仕方なく塔長はうなずいた。イスファラが杖で床を突くと、白くまばゆい光の柱が伸び上がり……二人の姿は消えていた。
「さて、ユレイオン。……わしに話すことはないかね?」
ユレイオンはその言葉に塔長を振り返った。
「ファローンを誘拐したのは黒魔術師でした。モントレーの館で我々を罠にはめた黒魔術師と同一人物でした。――黒魔術師の言葉を信じるならば、黒魔術師はクロンカイト王からファローンの保護を頼まれた、と。本当なのでしょうか」
塔長は何も言わずユレイオンを見つめる。
「それに、黒魔術師は塔長のことをザイレン、と呼んでいました。塔長、あの魔術師をご存知なのですか?」




