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西からの迎え

 ダラフに到着した翌日。

 ユレイオンは館の前に並ぶ馬車と騎兵隊に言葉を失った。

 ランスフォールの紋が入った銀の馬車が二台止まっているのはわかる。ダラフに来るまで乗っていた馬車だ。

 が。

 その後ろにつけられている銀の馬車には見覚えがない。――いや、刻まれた紋は今まで嫌というほど見てきた紋だ。

 ――ファティスヴァールの王家の紋。

 なぜここに、王家の馬車があるのだ? 誰か国賓がこの宿にいるのだろうか?

「ああ、来たね」

 不意に隣で鈴の鳴るような声がして、ユレイオンは振り向いた。銀の公子はほんのりと微笑むとユレイオンを見た。

「兄上――?」

「そういえば、お前には言っていなかったね。この館はダラフの管理官の別邸でね、特別に提供していただいたんだよ。入国の際にも丁寧にご挨拶を頂いてね。お前は休んでいたから、知らせなかったんだけど」

 ――管理官の別邸?

 ダラフはその位置の特殊性から、隣国リムラーヤとの入り口としての機能を担った街である。その管理官の別邸ということはつまり、貴賓をもてなすために作られた迎賓館だ。

 ただの塔の魔術師が足を踏み入れることなどできない場所だ。国賓レベルの者でなければ――。

 そこまで考えて、ユレイオンは一つの可能性に思い当たった。

「兄上。――私に何か隠していますね?」

 しかしウェルノールは微笑むだけで応えない。

 更に言い募ろうとした時、騎馬から降りた一人の騎士が歩み寄ってきた。階段の一番下で頭を下げる彼に、ユレイオンも会釈を返す。

「シルミウムの魔術師、銀二位のユレイオン=フォーレル殿とお見受けします」

「はい」

 その騎士は正式な礼を取った後、顔を上げた。

「では、そちらにいらっしゃる方が、リムラーヤ王国からの使節の方ですね?」

 するとウェルノールは階段を降りると騎士の前に立ち、同じように正式な礼を取った。

「お初にお目にかかります。リムラーヤ国王ギーランド二世の名代として参りました、ウェルノール=レ=ランスフォールと申します」

 兄の言葉にユレイオンは自分の考えが正しかったことを認識する。

「兄――」

 ウェルノールはちらとそちらに視線をやった後、騎士に向き直った。その視線と表情でユレイオンは言葉を飲み込む。

「ファティスヴァール国王クロンカイト様の命によりお迎えに上がりました。どうぞあちらの馬車にてお願い致します」

「分かりました。――侍従が一人おりますが、同行してもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん構いません」

「それから、ギーランド二世より預かった品々があるのですが……」

「ではそれらも馬車にお運び致します。案内いただけますでしょうか?」

「ええ、どうぞこちらへ」

 ウェルノールはそう言うと階段を登り始めた。心配そうに見下ろすユレイオンとすれ違う際に軽く会釈だけ返して、そのまま館の中へ引き返していく。

 ユレイオンは続いて横を通る騎士に会釈を返し、二人の背を見送った。

 姓の違う弟に兄と呼ばせず、リムラーヤの王の名代と名乗って柔らかに微笑みながらも背筋を伸ばして隙を見せない。

 ――ここから先は政治の舞台ということか。

 兄の、初めて見た一面だった。




 屋敷の割り当てられた部屋に戻ると、セインとファローンはすでに起きてきていた。美味しそうな匂いが充満している。

「おはようございます、ユレイオン様。お体はもうよいのですか?」

「ああ」

 言われてユレイオンは昨夜までの体の重さやめまいを感じていないことに気がついた。

 夜半に相棒が持ってきたあの薬がよく効いたのだろう。兄からもらったと言っていたのを思い出し、礼を言うのを忘れた、と眉をひそめる。

「先ほど館の方が食事をお持ち下さいました。召し上がりますか?」

「そうだな……今日は食べられそうだ」

 ほんのり血の気のさした師匠の顔にセインとファローンはぱっと明るい顔をして顔を見合わせた。

「じゃあ、僕準備します」

 ファローンが嬉しそうに配膳の準備を始める。

「セイン、あいつはもう起きたか?」

「シャイレンドル様でしたらまだお眠りのようです。起こしましょうか?」

「ああ、起こしてきてくれ。兄上たちはもう迎えが来ていたから」

「そうでしたか! では急いで起こしてきます」

 そう言うとセインはぱたぱたと部屋を出ていった。



「なんやぁ、まだ寝てたかったんに」

 眠そうな顔をしてよれよれの格好のまま部屋に入ってきたのは金髪の相棒である。目も半分しか開いていない。

 ユレイオンは口元を歪めた。

「戻ってきたからってたるんでるんじゃないのか。とっとと顔洗ってこい」

「んー、ええ匂いがする」

「あ、シャイレンドル様の分もすぐ温めますから、お待ちになっててください」

 ファローンが甲斐甲斐しくユレイオンの前に温めたパンやミルクを配膳する。シャイレンドルは寝ぼけ眼のままユレイオンの斜向かいに腰を下ろし、ユレイオンの前のミルクをずるずると引っ張って自分の前においた。

「おい、それは俺の――!」

「あー、だめですね、この状態だと何言っても無駄です。ユレイオン様の分、すぐ温めますから」

 セインはやれやれ、と肩をすくめるとカップの準備を始めた。仕方なく、パンをちぎる。

「うまい……」

「ユレイオン様、はい、ミルク。シャイレンドル様、スープをどうぞ」

 ぼんやりとしたままの金髪の相棒の手に、セインはスープカップを押し付ける。師匠二人分の食事をセッティングし終わると、ようやく二人は空いている席に座った。

「お前たちの分は?」

「あ、すみません。お腹空いちゃって――先に食べちゃったんです。ごめんなさい……」

 ファローンが恥ずかしそうに顔を赤らめて言う。

 ユレイオンは少しだけ口角を上げた。彼らはまだ子供だ。自分も成長期の食欲はやはりすごかったのを覚えている。

「構わない。足りないようならお代わりをもらっておいで」

「い、いえ、大丈夫です」

 ファローンはさらに縮こまる。

 ユレイオンは微笑み、美味しそうな朝食に集中した。

 あらかた食べたところで、シャイレンドルはまだぼんやりとしている。昨夜戻ってきたのも確かに遅かったが、今日のシャイレンドルは徹夜でもしたのかと思うほど視線が定まらない様子だ。

「シャイレンドル、今日は塔に帰るんだぞ。そんなに腑抜けていてどうする」

「ああ……そっか、そやったな」

 戻ってきた答えも、どこか当て外れだ。

「お前……どうかしたのか? 何かあったのか? 俺に言えないことか?」

 しかし、シャイレンドルは首を振り、大きく伸びをするとソファから立ち上がった。

「なんも。――なんもあれへん。んじゃ、出発の準備してくるわ」

 少しだけしゃきっと背を伸ばし、シャイレンドルはいつもの表情に戻って部屋を出ていった。

「セイン、ファローン」

「はい」

「……シャイレンドルに何かあったのか?」

「いえ……わかりません。でも、フォートを出てからなんだかふさぎ込んでる感じですよね」

「あ、それは僕も感じました。食事の時も時々残されて……」

 ユレイオンは目を見開いた。あの食欲魔神が食事を残した? それは異常以外のなにものでもない。天変地異でも起こるのではないか。

「――少し話してこよう」

 ユレイオンが腰を上げたのと、扉がノックされたのが同時だった。

 静かに入ってきた館の使用人は、出発の用意ができたことを告げた。

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