薬
ダラフまでの移動の間、ユレイオンはほとんど体を横にして過ごした。馬車はセインやファローンと一緒だった。行程のほとんどを夢うつつで過ごす。
フォートの宿での食事はユレイオンの体を考慮したものばかりだったが、それでもやはりそんなに簡単には回復しない。
宿でもほとんど寝て過ごした。あの館を探った時の無理も祟っているのだろう。
ダラフの宿に入ってふと、今日は相棒の姿を見ていないことに気がついた。
「ファローン、シャイレンドルは兄上の馬車に乗っていたんだったかな」
しかし弟子は困ったように顔をしかめた。
「それが、僕も今日はお会いしてないんです。フォートを出た時は一緒だったと思うんですが」
ダラフでのシャイレンドルの行動を思い出して、ユレイオンも顔をしかめた。この街は奴にとっては馴染みの街だ。割り当てられた宿では満足できず、羽を伸ばしたくなったのかもしれない。悪い癖が出たのか。
「――別行動したのか?」
部屋を出ようとすると、慌てたようにファローンが腕をとった。
「離しなさい」
「あの、ユレイオン様。僕が探してまいりますから、体を休めていてください。食事はすぐセインさんが持ってきますから」
必死な様子のファローンに、ユレイオンは渋々退いた。弟子たちの手前隠してはいるが、体が辛いのは事実で、気を抜けば膝が抜けてしまう。
ベッドに腰掛けると、ファローンの出て行った扉を見つめて深くため息をついた。
夜半、ふとユレイオンは目を覚ました。窓は閉まっているのに風が吹き込んだ気がした。
「悪ぃ、起こしてもうたか」
目を開けると、見下ろしている相棒の黄色い目があった。天井あたりに浮かんでいる魔法の光を受けて、金髪が透けて見える。ウェルノールが準備したという白い装束を身にまとっていた。
「お前……どこに行ってた」
「いんや、ちょい野暮用で。――これ、飲んどけ。貧血によく効く薬やて。お兄様から預かった」
枕元のテーブルに置かれたそれは、小さな瓶に入った黒い丸薬だった。
「あの人が……」
シャイレンドルはサイドボードの水差しから水を汲むと瓶の横に置いた。もそもそとユレイオンは体を起こす。
「――悪かったな」
訛りのない言葉。
目を見開いてユレイオンは相棒を見た。これほど真面目な顔をした相棒を見たのは一体何年ぶりだろう。
答えずに瓶を取り上げ、薬を取り出して水で飲み下す。薬は独特の苦い匂いがした。
「いまさら謝るな」
グラスを相棒の手に押し付けて、その黄色い瞳を睨みつける。
「塔に戻るまではファローンの護衛任務は続いている。勝手に行方不明になるな。――お前が守れ」
そう言い、ユレイオンは目をそらした。
気を抜けば『お前のせいで俺が動けないんだから』と言ってしまいそうになる。言えばおそらく――傷ついた顔をさせてしまうだろう。
「わかってる」
ふいと顔を背けた相棒の腕をユレイオンはぐいと引っ張った。
「お前――」
「なんだ」
「あの人に何か言われたのか?」
「いや……別に」
顔を背けたまま、シャイレンドルは応じる。
「もしそうなら……全部忘れろ」
金髪の相棒は怪訝な顔をしてユレイオンを見下ろした。
「……過保護すぎるんだ、あの人は。昔から」
「いい人じゃないか。――家族なんだから、心配するのは当たり前だろう?」
あくまでも訛りのない言葉で喋り続ける相棒に、ユレイオンは背筋に寒いものを感じていた。距離を置かれている、というよりは深い溝が掘られている気がして、心が沈んでいく。
「それはそうかもしれないが、その前に俺は塔の魔術師だ。覚悟は常に出来ている」
「なら――たまには帰ってやれよ」
「それは……俺の勝手だ」
答えながら、シャイレンドルには家族といえる家族が一人も残っていないことを思い出した。ぎりりと唇を噛む。
「――もう寝ろ。明日も早い」
ユレイオンはベッドに潜り込むと相棒に背を向けるように寝返りを打った。
「ああ、そうするわ」
相棒が言いおいて行った言葉にいつもの訛りが戻っていることに少しだけほっとする。
――早く元気にならなければ。
いつもの自分に戻りさえすれば、日常に戻れる。ユレイオンは眠りに落ちながら、そうであればいい、と祈っていた。
 




