フォート再び
フォートに着いたのは夜になってからだった。
入城審査はランスフォールの家紋のおかげですんなり通り、入ったところで馬車は一旦止まった。
「ん、なんやぁ?」
シャイレンドルが体を起こすと、扉が開いた。黒髪の相棒は顔を出すと不機嫌そうに毛布を見つめた。
「起きろ。兄上が領主様に挨拶に行くそうだ。我々はこのまま宿に向かう」
セインがあわてて毛布を片付ける。
「そっか。ほな、わいはこっから別行動や」
ユレイオンが乗り込む前にシャイレンドルは馬車を降り、体を伸ばした。
「がぁーっ、ずっと寝とったせいか体があちこち痛ぅてなぁ。運動がてら歩いてくわ」
「シャイレンドル様、でもお宿の場所は……」
セインが言いかけるのをユレイオンが制した。
「どうせ行く場所はわかっている。――俺も行こう」
途端にシャイレンドルは顔をしかめた。
「それにファローンも知りたいだろう」
ちらりと馬車の奥に目をやると、金髪の少年は身を乗り出してうなずいた。
「僕もお供します!」
「じゃあ、僕らは馬車でついていきます。それでいいですか?」
セインはそう言うと、馬車を降りて御者に何事か告げた。
「ちぇ……結局全員で行くんかいな。わい一人でこそっと行ったろと思うとったんに」
「フォートに来たのに通り過ぎるだけだと思ってたのか?」
呆れたようにユレイオンが言うと、シャイレンドルは肩をすくめた。
「ま、ええわ。――ファローン、降りといで。道案内頼むわ」
「あ、はい!」
師匠の言葉にファローンは少し嬉しそうな顔をして馬車を降りた。
「ユレイオン様はどうぞ馬車へ」
「いや、いい」
小走りになる金髪の少年と前を行く相棒に溜息をつくと、ユレイオンも歩き出した。
「もうっ、僕一人でこんな立派な馬車、乗れませんよっ」
セインは馬車の扉を閉じると、仕方なく御者台によじ登った。
魔法の痕跡がはっきり残っているおかげで、その館はすぐに見つかった。前回は戦闘中で町のあちこちに篝火が焚かれ、傭兵らしき人間がうろついていたというが、平時では篝火もなく、日が落ちた今ではその辺りは真っ暗だった。
「ここか。……えっらい強い痕跡残しとるのぉ」
「隠蔽する気もなかったんだろう。ファローンは一度入ったんだったね?」
「はい。でも――」
ユレイオンは周囲に幾つもの魔法の篝火を浮かべた。ぐるりと建物を囲む壁は植物が這い、ボロボロに崩れている。門扉は前回開けた時のままなのだろう、朽ちた木が申し訳程度にぶら下がっている。
魔法の強さから見てもただの目眩ましではない。
「これ――逆転でけんかなぁ」
「……お前、間違ってもやるなよ。どれだけ代償をとられるか」
相棒の言葉に目をむいてユレイオンはため息をついた。
「やれへんて。わいも命は惜しい。――ん?」
シャイレンドルは壁の中に足を踏み入れた。ユレイオンも続く。壁を踏み越えたところでぞわっと鳥肌が立つ。
――これほどの魔力の残渣は初めてだ。だが、悪意は感じられない。
「ん~」
庭の真ん中にある四阿らしきものの残骸の側に相棒はしゃがみこんでいた。
「何かあるのか?」
歩み寄ると、相棒は小さな黄色い石を拾い上げていた。
「それは……お前のサークレットの石に似ているな」
「ああ、これがおそらくあの時反応した原因やな。――何で同じ石が二つあるんや」
シャイレンドルはその石を手首に巻いたサークレットの石の枠に当てた。普通ならば嵌まるはずのない石は、黄色い光を放ってその枠に納まった。
「ありえへん……」
地の王と名乗ったあの男が、サークレットを奪った時に複製したのか。もしくはあの黒魔術師が……。
「複製か……?」
ユレイオンはサークレットに目をやった。黄色い光に誘われるようにキラキラと糸が浮かんで見える。
「おい、シャイレンドル。その糸はっ」
「なっ」
あちこちに浮かぶ魔法の光を受けて、庭の上空に金色の蜘蛛の巣のように金の糸が浮かんでいた。地面から、壁から、建物の隙間から、屋根から、しおれた花々から、次々と金の糸が浮かぶ。
「これは……なんや……」
「禁呪じゃないのか? 俺は知らないぞ」
「古い魔法か……?」
「いや、あの時のと同じじゃないのか?」
あのモントレーの部屋で見た、金の紋様でできた封印。
「似とるな……でもなんで自動的に解除が始まっとんのや」
「解除?」
確かに、あの封印を解除した時の様子に似ていた。あちこちから封印が剥がれて相棒の手の中にある黄色の石に吸い込まれていく。
それに合わせて、屋敷や庭の様子が変わっていく。枯れた花々が巻き戻すように活き活きと蘇っていく。
「これっ……」
ファローンが庭の様子を凝視していた。
「あンの爺ぃ、何仕掛けとんのや……」
崩れた館の壁が巻き戻っていく。割れたステンドグラスが美しくよみがえる。
「ユレイオン様、一体何が起こっているのでしょう……?」
「分からない。が、館にかけられた魔法が解除されているようだ。こんな大掛かりな術をかけるとは……」
きらきらと糸が巻き取られているのにあわせて、何か歌うような声が聞こえた。かすかな声が時折吹く風にまぎれていく。
最後の糸が巻き込まれて、消えた。
「終わり……か」
ユレイオンは辺りを見回した。ぼろぼろの廃墟だったはずの館は美しい白亜の姿を取り戻し、朽ちた花々は赤い花を見事に咲かせて風に揺れている。
「そうです、僕が見たのはこの庭と建物です!」
ファローンは嬉しそうに言うと、屋敷の玄関に回っていった。ユレイオンはその姿を見送り、相棒に振り返った。サークレットの石を爪先でつついて睨みつけている。
「そんなアホな……何してくれてんねん、全く……」
だが、その顔は心なしか嬉しそうだった。
「どうした、シャイレンドル」
「ああ――いや、なんでもない」
シャイレンドルはサークレットを懐にしまうと立ち上がった。
「ファローンは?」
「ああ、屋敷に入っていった」
「一人で行かせたんか? 大丈夫かいな」
「屋敷にかけられた魔法には悪意は感じられなかった。――大丈夫だとは思うが」
シャイレンドルの言葉に、ユレイオンは屋敷に足を向けた。
屋敷の中は見事に手入れが行き届いていた。階段の手すりはきれいに磨き上げられ、ガラスは曇りひとつない。部屋を覗くと、どの部屋もすぐに寝泊まりできるようにベッドの準備はできていて、ホコリひとつ落ちていない。屋敷内の明かりも灯されていて、暗さを全く感じない。
「どういうこっちゃ」
「分からない。だが、悪意は感じられないだろう?」
「せやねんけど……不気味やわ」
なぜこんな魔法をかけて行ったのか、全くわからない。あの黒魔術師が、何を考えてファローンをこの屋敷に眠らせ、その後で屋敷を朽ちたように見せかけたのか。
「あの爺ぃ……わいがここに立ち入ることまで予想しとったんか」
「だろうな。でなければ、その石が要に使われていた理由がわからない」
「ファローンが立ち入った時には反応せぇへんかったっちゅー話やしなぁ」
どこまでも人を喰った話だ。シャイレンドルは首を傾げた。
「罠のつもりやなかったんか……てっきりそうやと思うとったけどなぁ」
「お前……本当に罠だったらどうするつもりだったんだよ」
「そん時はそん時や。まぁ、終わり良ければ全て良しってな」
呆れてため息をついたユレイオンにシャイレンドルはにやっと笑った。
「ユレイオン様、シャイレンドル様、こちらの部屋です」
階段の上から金髪の少年の顔が覗いている。二人は階上に向かった。
案内された部屋はやはりきれいに整えられていた。魔法の片鱗は残っていない。
「ここも何の残渣も残ってへんなぁ」
「そうだな」
ユレイオンは壁に飾られた絵画を眺め、壁紙の紋様をにらみつけた。が、手がかりになりそうな紋は見当たらない。
「誰の家だったのか、分からないものかな」
「今の状態なら調べもつくかもしれへん」
強く感じられていた違和感はすでに消えている。強い魔法痕もなくなっていた。わざわざ魔法痕を残し、我らをおびき寄せたのだ。何かの罠としか思えないのだ。
「これは、ファローンのか?」
青い雫の形をした石がベッド横に置いてある。
「いいえ、僕のじゃありません。でも……これ、ユレイオン様の額の石によく似ていませんか?」
ユレイオンは言われて石を手に取った。
「ああ、確かに。これもあの爺ぃの複製品やろ。なんでこんなところに置いてあるんや?」
シャイレンドルは手の中のそれをつんつんとつついた。こちらは特に金の糸をひくこともなく、魔術の核として使われているわけでもないようだ。
「どうする? これ」
「……こんな場所に放っておくわけに行かないだろう。とりあえず持ち帰り、シュワラジー様にお前の石とともに提出する」
「えっ、わいのんも出さなあかんか?」
「当たり前だろうがっ」
顔をしかめる相棒にユレイオンは声を荒げた。
「そうでなくとも、石が割れたのは届けねばならんのだ。潔く諦めろ」
「……やだ」
「お前はガキかっ!」
ユレイオンの声に、シャイレンドルは耳をふさいだ。
「他には何もなかったんか? なら、帰ろうや。腹減った」
「お前なぁ……」
「腹が減っては戦はでけんってゆーやろ? さ、ファローンも」
「は、はい」
ユレイオンの顔を見ながら、ファローンはシャイレンドルのあとに部屋を出て行った。ユレイオンは溜息をつくと部屋を見回した後、部屋を出て行った。




