西へ
四頭立ての銀の馬車が連なって走っている。貴族の馬車だと一目で分かる馬車だが、前後に護衛の騎馬はない。
前を走る馬車にはウェルノールと侍従、ユレイオンが、後ろの馬車にはシャイレンドルとセインとファローンがそれぞれ乗った。
「ユレイオン、体が辛いのだろう? 横になっていなさい」
まだ顔色の優れない弟を思ってなのだろう、ユレイオンに毛布を渡すと枕代わりのクッションを差し出した。
「いえ、大丈夫ですから」
「その顔色では説得力がないよ。フォートに着くまで眠りなさい。エーリック、薬湯の準備を」
「はい」
黒髪の侍従は手際よくバスケットから瓶を取り出して薬湯をカップに注いだ。
「どうぞ、ユレイオン様」
「あ、ありがとう」
差し出されたカップは苦手な薬草の匂いがする。ちらりと兄を見たが、いつもの笑顔でユレイオンを見つめている。あきらめて、カップの中身を飲みきった。
「――相変わらず苦いですね」
「薬だからね。さあ、体を横にして。馬車の警護など考えなくていいから」
ユレイオンの眉が一瞬跳ね上がったのを見て、くすり、と銀の公子は笑った。
「やっぱり。護衛騎士がいないから心配していたんだね? 馬車に護りの魔法をかけたでしょう。心配しなくても大丈夫だよ。この辺りは豊かな地域だから盗賊も多いんだけどね」
「ではやはり……」
拳を握り、口元を引き結ぶ。が、兄は首を振った。
「大丈夫だよ」
ユレイオンは顔を上げた。目の前に座る兄の顔が急にぼやけて見えた。
「それにね。――うちの紋章をつけた馬車を襲うような愚か者は一人もいないから」
まぶたが重い。体が傾きかけるのに手も足も動かない。あっという間にユレイオンの意識は闇に滑り落ちていった。
「やれやれ、手間を掛けさせる弟だね」
くすくすと笑いながらユレイオンの体を支えている銀の公子は、馬車の座席に弟の体を横たえるとずり落ちた毛布をかぶせた。頭の下にはクッションも差し入れてある。
「目を覚まされたらお怒りになりますよ、きっと」
エーリックが窘めるように言うと、主はほんのり微笑んで侍従を見た。
「構わないさ。塔に入ってから一度も戻ってこない弟のほうが酷いとは思わないかい? それに、せっかく可愛い弟の帰郷だというのに、モントレーの一件でろくに話も出来なかったし、こうやって可愛い寝顔を見ることも出来なかったのだし」
エーリックは肩をすくめた。
「それに――これは私にも原因のあることだからね。罪滅ぼしにもならないだろうが、これくらいはさせてもらってもいいだろう?」
「ユレイオン様は気になさらないと思いますけれど」
「私の気持ちだから。それから、ケイラスはもう王都に向かったかい?」
「はい、お預かりしたものは全てお渡ししてあります。西の国に入るまでには返事が戻る手はずです」
「そうか、ありがとう」
いつもの笑みを浮かべて侍従を労う。
「イファンのことだ、全てうまく手配してくれるだろう。――ケイラスの婚礼は盛大にお祝いしなければね」
「そのことですがお館様。ユーフェミア様は承諾してくださるでしょうか?」
「ケイラス次第かな」
窓の外に目をやって、銀の公子は笑う。
「出会いさえ演出してしまえば、案外簡単に落ちるものだよ。ケイラスはユーフェミア殿に会ったことがないと言うし、ユーフェミアは婚約解消で傷心中だ。あとはどうにでもなるだろう?」
「それは、お館様だからではないでしょうか。ケイラス様に同じことができるとは思えませんよ?」
エーリックは主に対して遠慮のない言葉を口にした。
「ユーフェミアとケイラスの婚約の件はしばらくは秘密にしてもらうつもりだけど、彼女に領地運営や商売ができるとは思えない。今回の一件もあって、モントレー家はあっという間に窮地に立つだろう。だからこそ彼の手腕が必要なんだ。彼はわかっているはずだよ。――だから、全ての責任を負って断罪されようとしたわけだしね。その彼がユーフェミアを見捨てられるはずがないだろう?」
ウェルノールは微笑んだ。
「相変わらずお館様は悪党でいらっしゃいますね」
侍従の言葉に、彼は極上の笑顔を返すだけだった。
後ろの馬車では、シャイレンドルが片側のベンチを占拠してぐっすり寝入っていた。向かいに座っていたセインとファローンは、師匠の寝相が悪いせいでずりおちてくる毛布をかけ直していた。
「じゃあ、師匠から修行開始の話があったんですね?」
「はい!」
嬉しそうにファローンは答えた。
「そっか、よかったぁ。――ファローンが王子様で、もしかしたら今回のことで怖がって塔を出ちゃうかもしれないって思ってたから、嬉しいよ」
セインは素直にそう言い、ちょっとだけ涙ぐんだ。
「えっ、そうなんですか?」
「そうなんだよなぁー」
がっくり肩を落として、セインは大仰にため息をついた。
「あの二人、見かけだけは立派ですからねぇ……。今までもね、あの二人に弟子入りしたいって押しかけ弟子になった魔術師がいたんだけど、たいてい依頼に一回同行したら逃げちゃうんだよね。逃げなかったのってファローンが初めてだよ。だから、嬉しくてさ」
「いえ、僕なんかぜんぜん……きっとがっかりさせてしまうと思うんです。初級魔法もろくに操れないのに、こんな立派な二人に師事していいのかって思っちゃって」
「それなら大丈夫だよ。練習なら僕もつきあうし、風魔法も少しなら教えられるから。だから、これからもよろしくね」
「はい、よろしくおねがいします!」
差し出された手をがっしりと握る二人は、シャイレンドルが毛布の下でにまっと笑っていたことなど知る由もなかった。




