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誘拐の裏側

 ファローンの言葉に、二人の師匠は横になったままでちらりと視線を交わした。

「僕が目を覚ました館を見に行きました。まるで廃墟になってました。僕が寝てたベッドはホコリひとつなくてきれいだったことを僕は覚えているのに……」

「せやろな」

 ぽつりと金髪の師匠がつぶやく。

「――昨夜遅く、桁違いの魔法が使われたんは気ぃついとった」

「ああ。かなり古い魔術だな」

 黒髪の師匠も口を開いた。

「でも、時を進める魔法なんて……あるんですか?」

 ファローンはおずおずと口を開いた。塔での初等教育では古い魔法について講義でさらっと触れられただけで、詳しくは教わっていない。

「……ある。でも、禁呪や」

「だろうな。あの男のやりそうなことだ」

「……代償、支払ったんやろな」

 シャイレンドルはそう言い、目を閉じて深くため息をついた。

「代償……?」

 魔法を使うのに代償なんて考えたことはない。魔力を使って魔法を駆使するのではないのか。それ以外の代償があるのだろうか?

「一部の古い魔術は、その代償として術者の命を削る。――そう聞いたことがある」

「せやから禁呪になっとんのや。――そんな危険な魔法、使わせへんて当時の塔長が禁じてな」

「だから、今の魔術師たちは命を削るほど強い魔法は教えられていない。自力で学ぼうと図書館の禁呪の本を禁を犯してまで手にする者以外は、知ることすらない」

「そうだったんですか……」

 では、やはりあの館は時を進められた姿だったのか。まるで廃墟のように朽ちていたのを思い出す。

「ああ、ちなみにな」

 むくりとシャイレンドルが体を起こした。目にかかる金髪を払いのける。ファローンも起き上がった。

「お前をさらったんは、お前の兄貴に依頼された魔術師や」

「おい、それは……」

 ユレイオンがあわてて口を開くが、金髪の師匠は手で制した。

「ファローンは塔の魔術師や。知っとく必要があるやろ?」

「しかし……」

「兄……ですか?」

 ファローンは表情を曇らせた。

「兄貴はお前が可愛いんやろな。護衛の魔術師雇うとったんやて。で、安全な場所に避難させとったんやろ。……ま、過保護やと思うけどな」

「シャイレンドル、言い過ぎだ」

 へいへい、とシャイレンドルは首をすくめて体を横たえた。

 馬車の振動が少し大きくなる。

「そうですか……すみません。ご迷惑をおかけしました」

「なんでお前が謝るんや」

「だって……依頼の仕事で皆さんと一緒に行動してるのに……」

 唇を噛みしめる。いきなり理由もなく姿を消すことになって、師匠たちに心配をかけてしまった。

「ま、兄貴には相応の罰が下るやろ。――どうせ爺ぃのことやから」

「ファローン、お前が気にすることじゃない。――もう『眠れ』」

 ユレイオンは目を閉じたまま、言葉に力を込めて言った。言葉に引きずられるように、ファローンは眠りに落ちていった。




「お前、どういうつもりだ」

 怒気をはらむユレイオンの言葉に、シャイレンドルは口元を歪めた。

「わいは嘘は言うとらん。黒魔術師が絡んどったんは事実やし」

「そうじゃない。……クロンカイト様のことだ」

「それも――嘘やないし、ファローンは知っとくべきや。ファローンは魔術師になる道を選んだ。兄貴が何と言おうと、ファローンは王族としては扱われない。兄貴に守られるべきやない。ファローンを守るんは、わいとお前の役目や。……せやろ?」

 ユレイオンは眉根を寄せた。

「あの黒魔道士が本当にファローンを守るために誘拐したと思っているのか?」

「――だとええな、と思っとる」

 そう答えたシャイレンドルもまた、眉間にしわを寄せている。

「クロンカイト王の噂はいろいろ聞いている。ファローンを塔に入れたのも、いまだに根強いファローン派を黙らせるのが目的だろう」

「ファローンは兄貴のこと、完全に信じとるけどな……」

「ああ」

「だから……さらわれた時は覚悟しとった」

 ぽつりとシャイレンドルはこぼした。

「お守りにサークレットを渡したんはほんの気休めやった。もっと確実な身の守りの魔法をかけとくべきやった。――お前に反対されても」

「……禁呪だけはだめだ」

「悠長なこと、言うてる場合とちゃうやろっ! わいがちゃんとしとったら、ファローンはあんな目に合わずに済んだ」

「お前のせいだけじゃないだろ! ――俺にも……責任がある」

 ファローンが無事なのは運が良かっただけなのだ。クロンカイト王があの黒魔術師に弟の暗殺を依頼しなかった。ただそれだけだ。

 ファローンの警護という任務は失敗したのだ。

「――師匠失格だな――」

 ユレイオンの言葉に、シャイレンドルは不意に笑い出した。

「……何がおかしい」

 笑い声にムッとして返すと、金髪の相棒は寝転んだまま顔をユレイオンの方に向けた。

「弟子押し付けられて迷惑やと思うとったくせに」

「それはお前もだろうが」

「ああ。……こないに未熟なわいらが導師なんかできるはず、ないやろ?」

 その言葉にユレイオンは苦笑を漏らした。

「全くだな……あわせる顔がない」

 誰にあわせる顔なのか、どちらも口にしなかった。

 しばらく沈黙が続いたのち、シャイレンドルが口を開いた。

「……ファローンはお前によう似とる。素直な魔術師になるやろな」

「そうだな」

「ユレイオン……もう『寝ろ』。お前は休息が必要や」

「お前っ……!」

 ファローンに仕掛けたのと同じく言葉に力を込められたと気がついてユレイオンは起き上がろうとした。

「大丈夫や、わいはどこにも行かん」

 その言葉が聞こえ、向かいに横になっているシャイレンドルの瞳が色を変えたのに気がついたところで意識は闇に飲み込まれていった。

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