移動中
「ファローン、茶ぁ入れてくれへん?」
金髪の師匠の言葉に、ぱっとファローンは顔を上げた。
「はい、お待ち下さい」
がたがたと揺れる幌馬車の中で、ファローンはふらつきながらも奥の方へ歩いて行く。フォートを出発する時に門兵の方から戴いたバスケットから金属製の筒とカップを見つけて戻る。
馬車に備え付けのベンチを簡易ベッドにして、二人の師匠は体を横たえていた。床の上には座っても汚れないように毛布を敷いてくれている。
夜はファローンの寝床にもなるそこに腰を落ち着け、零れないようにカップにお茶を注いだ。
「シャイレンドル様、起き上がれますか?」
んー、と伸びをして、シャイレンドルは体を起こした。旅に出た時には真っ白だった服は怪我の治療などで切り裂いてしまったので、フォートの兵団からいただいた黒い旅装に着替えている。
「ユレイオン様もいかがですか?」
反対側に横になる黒髪の師匠に声をかける。が、青白い顔のユレイオンは細く目を開けたあと、力なく首を横に振った。
もともと黒装束だったが、やはり血で汚れてしまったので図らずもシャイレンドルと同じ服装になっている。
「ほっとけほっとけ。どーせ眠いだけやねんから」
ファローンから受け取ったカップを美味そうに飲み干すと、おかわり、と突き出してきた。
フォートを出てきたのは早朝だ。次の街までは馬で一日かかるのは最初の旅の時で経験済みだった。
あの時は旅慣れない自分のために比較的休憩を多めに入れてくれていた分、時間もかかったのだが、今回は幌馬車で、休憩は馬を休めるのが目的。乗っている自分たちは寛ぐことができるので特に休憩はいらない。
早朝に出れば、夕刻には次の街に着けるはずだ。
本当は昨日のうちに出るつもりだったのだけれど、予想外に師匠たちの傷がひどくて、動けるようになるまで治癒してもらうのに手間取ったのだ。
それもあって、休憩ほとんどなしの強行軍を決めたのだけれど。
今すぐ空を飛んで行くと主張したシャイレンドルは左肩の傷が思いの外酷くて、治療を拒否しようとした彼をユレイオンが昏倒させてなんとか治癒魔法をかけることができた。
フォートには治癒ができる人間は少なく、余程の傷でなければ魔法を使わないのが常だそうだが、それほど金髪の師匠の状態は悪かった。
ちらりと師匠を見る。
左手で意識することなくカップを持ち、茶を飲んでいる。治療してもらってやっぱりよかったとファローンはこっそりため息をついた。
あの時――シャイレンドルの左手は全く物を握れなかったのだから。
絶望的な顔をした黒髪の師匠の顔と、強がる金髪の師匠の顔を、ファローンは決して忘れないだろう。
もう一人の師匠をちらりと見ると、目を閉じて辛そうに息を吐いている。
ユレイオンの傷はそれほど深くはなかった。が、全身にくまなくついた傷から、かなりの出血はしただろう、と衛生兵に言われた。
安静にして、ゆっくり体を治すことが一番だと言っていた。お兄さんの家でゆっくり養生できれば一番いいのかもしれない。でも、ユレイオンにその気はないようだった。
セインと合流し、全てが終わったと確認し、任務が完了したならば一刻も早く塔に戻る。――それがユレイオンの告げた今後の予定だった。
ラナリアとフォートの間の町……ビブリアと言う名前だったと思うが、そこで一泊して翌日にはラナリアに入れる。
ファローンは師匠から返されたカップを手に幌馬車の奥に行くと、布で丁寧に拭って元のようにバスケットに戻した。
塔を出てから一体何日経ったのだろう。
そして自分を襲ったのは一体誰だったのか。
師匠と合流し、治療を町の兵士たちに託したあと、町の兵士についてきてもらって自分が囚われていた館を見に行った。
だが、その館は廃墟のようになっていた。
至る所に蜘蛛の巣が張り、埃にまみれていた。ファローンが目覚めたあのベッドでさえ、数十年使われていないのではないかと思うほどに汚れ、壊れていた。
近隣の館で聞いてみても、誰の館だったのかさえ覚えているものはいなかった。
塀で囲われた中だけ時間を進めたかのように、中庭の花達も全て枯れ果てていた。四阿も崩れていた。
明らかにおかしい。
誰か、人為的な隠蔽だとファローンでさえ思った。
気配をたどることは未熟なファローンにはできない。もし元気な師匠たちがここにいれば、たちどころに気がつくのだろう。
治療が終わってもし師匠たちに余裕があれば――。でも、その希望は叶わなかった。
首を振り、考えを散らす。
考えたって仕方がない。今は二人に早く元気になってもらわないと。
二人の師匠の間に戻り、毛布の上に座り込む。シャイレンドルはすでにベンチに横になり、毛布をかぶっていた。
「しかし……なんでフォートやったんやろなぁ」
「え……?」
金髪の師匠の言葉に、ファローンは目を丸くする。
この件には黒魔術師が絡んでいて、自分はそれに誘拐され監禁されていたのだ、と二人からは説明を受けた。どうやって自分を探しだしてくれたのかは詳しく話してくれなかったが、それはきっと二人だから探し出せたのだろう、と納得をしている。
「……フォートは城壁の守りが強い分、魔法兵が少ないからだろ」
眠っているとばかり思っていた黒髪の師匠が口を開いた。ぱっちりと目を開いている。
「あぁ……そーゆーことか。レベルの高い魔術師がおるところでアレだけの魔術痕残しとったらバレバレやもんなぁ」
町中はこの幌馬車で通った程度だ。それでも、二人はそれを読み取っていたのだろうか。
もしかしたら二人は知っているのかもしれない。自分の知らないことを。
「……あの、僕は一体誰に狙われたんでしょう」
ファローンは意を決して口を開いた。
続きます。




