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ザイアス

 窓のそばに立ち、ザイアスは館の外をぼんやり眺めていた。何かを見ているわけでなく、ただ視線を遊ばせたまま、己の考えに沈んでいる。

 娘の部屋へ入っていったあの銀の公子はどうしただろう。娘の心を癒しているのだろうか。それとも、父である自分の不誠実な噂を耳に入れているのだろうか。

 もしそうであるならば――かわいいユーフェミアを失うことだけはできない。ザイアスの心の中にはどす黒いものとユーフェミアへの思いがマーブル模様を作っていく。

 ノックの音にのろのろとザイアスは反応した。ゆっくり扉の方を振り向くと、銀の公子が二人の侍従を従えて立っている。

「お返事がないのでいらっしゃらないのかと思いました」

 無断で入室した無礼を詫びるウェルノールの目はしかしちっとも悪びれていない。

「あれは――娘はどうしていました?」

「ああ、ユーフェミア姫とはお茶をいただきました。今は眠っていただいております」

 理由はお分かりですよね? とウェルノールは美しい顔で笑う。その顔もザイアスは嫌いだった。こちらの手の内を見透かしたような笑み。

 ザイアスがソファを勧める前にウェルノールは勝手にソファに腰を下ろし、立ったままのザイアスを見上げた。後ろに侍従が隙なく立つ。

「お座りになりませんか。――セイン君、お茶を」

 侍従の一人、浅黒い肌の黒髪の青年が一礼して部屋を出て行く。程なくして銀のワゴンに茶器を揃えて入ってきた。

 紅茶を差し出されてようやくザイアスはソファに腰を下ろした。

「――私の幼なじみの話をしましょう。彼と出会ったのは彼が九歳、私が十三歳の時でした。あれと同い年だったせいか、すぐに馴染みました。今から考えてみると、父は王宮勤めの間にあの方の友を作りたかったのでしょうね。三人でいろいろ悪さをしましたよ。大人たちをいかに出し抜くかを幼い知恵を出しあってね」

 何かを思い出したようで、くすくすとウェルノールは笑う。ザイアスはその様子をぼんやりと見つめた。

「彼は自分が嫡子でないことを負い目に感じていました。嫡子どころか血を引くものですらない。それを知ったのはいつなのでしょうね。友だというのに、彼は常に一歩引いて付き従う。だが、私もあの方も彼を従者のように思ったことはありません。王宮で共に過ごした時間は長くありませんでしたが、いい関係だったと思っております」

 ウェルノールは紅茶を一口飲むと、ふんわりと微笑みを浮かべた。

「私が――というよりも、我が父がリムラーヤの王位継承争いに嫌気をさして官位も爵位も捨て、引退を宣言してこの地に引っ込んだのはご存知ですよね」

「……ああ。知っている」

 前ランスフォール当主セルジオの妹が前王の弟であるラージェスに嫁いでいたことで、王位継承争いではランスフォール家とモントレー家は対立陣営とされていた。

 そのセルジオが全てを捨てて引退したのだ。

 その結果、この地域の力関係は大きく変わった。

 この地域の管理は補佐であったモントレーの手に転がり込んできたのだ。

 王位継承争いに決着がつき、現リムラーヤ王となったギーランド二世の傍に我が養子が立っていることも、ランスフォール家への優位を示すのに役立った。

 後にウェルノールに爵位が返還されても、その優位性は揺らがなかった。

「私も父とともにこの地に参りました。父の跡を継ぎ、領主としての勤めを果たすために。以来、あの方とも彼とも疎遠になっております。でもね」

 くすっとやはりわらってウェルノールはザイアスを見る。

「私はあの方とも彼とも友なのですよ、ザイアス殿。今も、これからもね」

 彼、と目の前の銀の公子が呼ぶ人物が誰なのか、ザイアスはおぼろげながらにわかっていた。

「――ケイラスに知らせたのは貴殿か」

「彼には知らせていません。――曲がりなりにもあなたの息子ですから」

 眉根を寄せて、ウェルノールは悲しそうな顔を浮かべる。

「あなたの罪が彼に及ばぬようにしたかった。――イファンもそう思ってくれました」

 イファン、とギーランド二世のことを呼ぶ銀の公子をザイアスは眇め見た。

「本当は戦闘が始まる前に全て片をつけるつもりでした。あれらを呼んだのもそのため。……ですが、読みが甘かったようですね。――ザイアス殿。取引をしませんか」

「取引……?」

「ええ。私もあなたと同じです。大切なものを守るためなら、どんなことでも厭わない」

 ふふ、と笑い、ウェルノールは目の前に垂れてきた銀の髪をさらっと耳にかけた。一体どんな無理難題をふっかけるつもりなのか、とザイアスは身構える。

「まず、ケイラスとの養子縁組を解消してくださいませんか。彼はモントレー家に使える侍従頭の遺児だと伺いました。あなたとの縁がなくなれば、ケイラスに罪が及ぶことはありません」

 そんなに簡単に行くはずがないのはザイアスでも知っている。養子縁組を解いたところで、モントレーとのつながりがなかったことになるわけではない。

 ケイラスは王宮への出仕が叶うようになってからはほとんど戻ってきていない。とりわけユーフェミアが生まれてからは一度も。優秀であるがゆえに王の側近としても取り立てられている。自分には過ぎた子だということは分かっている。

「……続きを伺おう」

 ザイアスの言葉で、ウェルノールは少しだけ目を細めた。

「ザイアス殿には引退していただきます。官位も返上いただき、ラナリアから離れた場所に蟄居していただきます。モントレー家はユーフェミア姫に継承していただきます」

「ユーフェミアに……」

「ええ。いずれユーフェミア姫にはふさわしい婿を得てモントレー家を切り盛りしていただかなければなりませんからね」

 ザイアスは目を見張った。目の前にいるこの男はユーフェミアの婚約者であるというのに、他人事のように婿取りの話を口にする。

 なぜ、とザイアスが口を開く前に、ウェルノールは続きを口にした。

「ああ、そうそう。私とユーフェミア姫との婚約は解消していただきます。そもそも官位もない私のような者はモントレー家にとっては得にはなりませんでしょう?」

「し、しかし、ユーフェミアは……貴殿を」

 銀の公子は目を閉じて首を振る。

「私は今の立場が好きでしてね。それに、彼女ならばすぐに新たな守護者も現れましょう。ああ、ケイラスに婿入りしてもらうというのもいいでしょう。彼はこの地域をよく存じておりましょうし」

「け……ケイラスだとっ」

 ザイアスはいきり立って声を荒らげた。が、目の前のウェルノールは動じず、ザイアスの視線を受け止めた。その表情がどんどん冷たくなる。

「ザイアス殿、ご理解いただけていないようですが、あなたに拒否権はありませんよ? ――あなたの罪を詳らかにしないのは、あなたのためじゃない、ケイラスとユーフェミア姫のためですから。努々お間違えなく」

 ウェルノールは立ち上がった。机の上には必要な書類が並べられている。

「後ほど回収のために王都から人が参ります。彼に渡してください。申し訳ないが、監視役としてエーリックを置いていきます。……ああ、勝手に自害しないでくださいね。それが最後の条件ですから」

 黒髪のもう一人の侍従はうなずいてザイアスの傍に立った。

「さあ、君のご主人様を迎えに行こうか、セイン」

「はい」

 うなずくセインに微笑みを返して、ウェルノールは部屋を出ていった。

最低でも一週間に一度の頻度で更新を続けたいと思います。

完結まであと少し、気長にお待ちください。

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