焦燥
――どこで間違えたのだ。私は。
ザイアス・ル・モントレーは玄関に姿を現した銀髪の公子の人を蕩かすような微笑みを受けて、苦虫を噛み潰した。
ウェルノールの館は監視していた。当主が館を発ったという情報は入っていない。それどころか、守りを固めていたラナリアの城門を安々と突破してこの館に到着するなど、予想の外だ。
まだ事は成就していない。横槍入れさせない。――この男にだけは。
「突然お邪魔してしまって申し訳ありません。そろそろあれを――弟をお返しいただこうと思いまして」
「弟君、ですか。こちらに到着されてすぐ用事があると出掛けられましてな。すで貴殿のところにお戻りになられたと思っておったのですが」
銀髪の公子は首をかしげた。
「おや、そうでしたか? あれからしばらくして弟の弟子が戻って参りましてね。いろいろもてなしを受けていると伺ったのですが」
ザイアスは一瞬眉根を寄せたが、すぐ柔和な仮面を取り戻した。
「ああ、そういえばもうお一方のお弟子さんが姿が見えなくなったとかで、探しておられましたな。その後は私のほうでも把握しておらぬのですよ。お出かけになる際に伝言をいただければよかったのですが。ゆえにもうお帰りになったのだろうと判断しておりました。大したおもてなしが出来なかったのは大変残念です」
ウェルノールの瞳がふと細く眇められた。後ろに佇む侍従たちの視線が鬱陶しい。
「そうでしたか、それは大変失礼いたしました。どうも弟には嫌われているようでしてね。もしかすると私の方にも連絡を寄越さずどこかへ行ってしまったのかもしれません」
寂しそうに揺らす瞳に、ザイアスは失態を取り繕うことができた、と胸を撫で下ろす。
「それはそうと、お時間がおありでしたらユーフェミアと会って行ってはもらえませぬか。先日より臥せっておりましての」
中へ誘うようにザイアスが半歩引くと、ウェルノールは薄い唇を引いて微笑んだ。
「そうでしたか、ユーフェミア姫がご病気とは存じませんでした。ではぜひお見舞いをさせていただきましょう。――ここしばらくお会いできなくて、私も寂しく思っておりました」
そう告げ、やはり匂い立つような微笑みを浮かべると、後ろに立つ二人の侍従とともに、ウェルノールは館に足を踏み入れた。
「ユーフェミア、ウェルノール殿がお見舞いにいらっしゃったぞ」
二階の娘の部屋の前でザイアスは声をかける。あの夜から、ユーフェミアは部屋に閉じこもりっぱなしで食事の時も降りてこなくなった。
「嘘!」
扉の内側から少女の声が飛んでくる。きっぱりと拒絶の色が読み取れる。
「ウェルノール殿、あなたからも何か声をかけてやってください。私はどうも嫌われてしまったようでしてね」
悄気げた顔をして父親は一歩引き、ウェルノールに扉の前を明け渡す。
「ユーフェミア、私です。開けても良いですか?」
「……ウェルノール様?」
「はい」
しばらく後、遠慮がちに扉が開かれた。ほんの少しだけ開いた隙間から、流れる銀の滝と白すぎる顔が覗く。
「私の可愛い婚約者殿、中に入れてはもらえませぬか?」
「ど、どうぞお入りくださいませ……」
見上げる瞳から不安が消える。白い頬を朱に染めて、ユーフェミアは扉を開いた。
ウェルノールと二人の侍従が入った後、ユーフェミアは父の顔を見ずに扉を閉めようとする。ザイアスはため息をつき、「茶を用意させよう」とだけ言って踵を返した。
父の背を見送って扉を閉じると、ユーフェミアは三人を暖炉に近いソファへ案内した。




