二人の師匠
魔法の気配がした。
この街に張り巡らされている結界のものと違う、爆発的な魔法の力。
ファローンは足を止めた。
ちょうど西門の方角。先ほどまで上がっていた煙とは違う、真っ黒な煙が新たに立ち上っている。
門に近寄ると、兵士たちが慌ただしく動いている。その合間を縫うように走る。
「おい、子供がうろちょろしてると危ないぞっ」
「大丈夫ですっ」
途中で何度か兵士に声をかけられるが難なくすり抜ける。門の兵士は皆、正式な市兵のようで、揃いの防具を身に着けている。
ということは、やはりあの屋敷の周辺にいた傭兵たちは、あの近辺に住む貴族か商人の私兵なのだろう。
外でもう一度大きな爆発音がとどろき、地面が揺れる。
煙が立ち上り、ひときわ強い風が黒い煙を蹴散らしていくと、わっと歓声がわいた。
「もう大丈夫だ! 門を開けてくれ!」
壁の上から声が飛ぶと、閉じていた門を開けようと兵士が集まっていく。ファローンも走り寄った。
門が開いたのはそれから半刻ほど経ってからだった。
その頃には煙もあらかた消え、焦げ臭い匂い、火薬の匂いはだいぶ薄まっていた。
「すげぇ……あの大砲が」
「一撃だったらしいぞ」
「さすがは魔術師」
立ち尽くす兵士たちがぼそぼそと口にする。
なんとか隙間をくぐりながら前に進み、ようやく兵士たちの列を抜けたところで、ファローンが見たのは、破壊した大砲を背景に、所在なげに立つ白い魔術師と、頭を抱える黒い魔術師だった。
――やっぱり、来てくださった。
転けそうになりながら駆け寄る。
「ユレイオン様! シャイレンドル様!」
二人はファローンを見つけると、手を上げた。
そんな気持ちを押し隠して、師匠たちの前で立ち止まる。
遠目ではわからなかったけれど、ふたりともあちこちに切り傷や血の跡がある。
白く見えたシャイレンドルの旅装は赤く染まり、左腕はぶらんと下げたままだ。
ユレイオンの白い顔にはいくつもの赤い筋が流れている。
ここに来るまできっと、ファローンの思っているよりも大変な目にあってきたに違いない。
――僕のせいだろうか。
二人を見上げて、ファローンはかけるべき言葉を思いつけなかった。
ふいにシャイレンドルの右手が動いた。くしゃ、とファローンの金髪に置かれ、頭を撫でてくる。
「おう、元気やったか?」
「は、はい。あの……」
ふと、その手首に巻かれた金の鎖に気がついた。あの宿で預けられた黄色い石のついたサークレット。目が覚めた時には手の中になかった。
無くしたのか奪われたのかと気にかかっていたものだ。
「ああ、これな。気にすんな。ちゃんと返してもろたからな」
そう言い、シャイレンドルは柔らかく笑ってくれた。普段見せたことのない、温かい笑顔。
「はい……すみません」
「ファローン」
ユレイオンもそういうと目を細めた。
――普段からこの人は笑わない人だ。が、これは多分怒っている。
「はい、あの……すみません、本当に、申し訳ありません」
「無事であればいい。――我々も悪かった。すまなかった、怖い思いをさせた」
「い、いえ。大丈夫です。僕のほうこそ、ご迷惑ばかりかけて……」
言葉がうまく繋げない。唇を噛んでうつむくと、ぽんと頭の上に手が載せられた。
顔を上げると、それはユレイオンの手だった。
「うつむくな。それにまだ仕事は残っている」
「はい」
「えぇっ! まさか今からとんぼ返りするつもりか? とにかく傷の手当をだなぁ……」
シャイレンドルが悲鳴を上げる。ユレイオンは相棒の肩の傷に目をやり、拳を握りこんだ。
「そう……だな」
ユレイオンの顔をみてシャイレンドルはため息をつき、眉根を寄せて相棒の腕を引っ張った。
「おまえもだろうが。やせ我慢するなよ。歩けねえくせに」
「触るな」
「肩貸すだけだっての。――ファローン、兵士の詰め所に行って、手当できるところを聞いてきてくれ」
「はいっ!」
右肩で相棒を担ぐシャイレンドルにうなずいて、ファローンは勢い良く走り出した。




