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一行、休憩する

久しぶりの長旅で浮かれているシャイレンドル。

管理を任されたセインは……

 ほどなく木陰に着くと、四人はそれぞれ馬から下りた。遅めの昼食の用意を始めるセインに、ユレイオンは声をかけた。

「セイン、もう少しペースを落とすことにしよう。長旅の初日だ。そう急ぐことはあるまい」

「いえ、大丈夫です。それより早く行くほうが大切です」

 ユレイオンは口をつぐむ。セインは、出発前に彼が見せたあからさまな拒絶反応を思い出した。

 ――あの、決して人前では感情を表に出そうとしないユレイオン様……訂正、あの、決してシャイレンドル様以外の人の前では感情を表に出そうとしないユレイオン様が、こともあろうに長様の前でうろたえて見せたのだ。何かあるに違いない。

「それとも、急いではいけない理由でもございますか?」

 ダメ押しに、顔を上げてセインは言った。案の定、ユレイオンは狼狽を隠しきれないでいた。

「う……い、いや、そうではないが、旅慣れぬ者もいることだ。今日は早いうちに町に出ておいた方がよかろう」

「わたしのことでしたら、大丈夫です、から」

 半ば息切れしながら、馬の上から訴える声を聞いてはじめてユレイオンは後方に控えていた黄色い馬を振り返った。ファローンは高い馬の背から降りようと四苦八苦していたが、一時中断して、ほぼ同じ高さにある師匠の黒い瞳を見つめた。

「馬には乗りなれていますから……」

「……そうか」

「あの、その、すみません……お、降ろしてもらえないでしょうか」

 ついに自力で降りることを断念した少年は、顔を真っ赤にしながら言った。

「乗りなれているのではいるのではなかったのか?」

 少し意地悪そうに言う。言ってから、もしかしてシャイレンドルと同じことをしているのではないか、と不安に思う。あれと同じなど、考えるもおぞましい。

「の、乗りなれてはいるのですが、その……こんな長く乗ったことがなくて……」

 導師のからかいにさらに頬を赤く染めて、ファローンはしどろもどろになりながら弁明する。ユレイオンはやれやれ、と肩をすくめた。セインはと振り向くと黙々と食事の用意をしていて声をかけられる様子にない。

 シャイレンドルは言わずもがな、こちらをにやにや見ながら完全に傍観を決め込んでいる。

 仕方なく幼い少年を抱き上げ、大地に降ろしてやる。O脚に広がったままの少年の膝が、今朝からの遠乗りがいかに少年にとって強行軍だったかを物語っていた。

「休んでいるといい」

「はい、ありがとうございます」

「ユレイオン様、ゆっくり街道沿いに行って町々に泊まるような余裕はありませんから、あらかじめ言っておきますね。出来る限り急いでいかなきゃならないんですから」

 セインは忙しく手を動かしながら言った。

「野宿するのか?」

「その予定です」

 缶を開けていた手を止めて、セインは顔を上げた。

「だからこれだけの装備が要ったんじゃないですか。今日の予定ではとにかく国境辺りのダラフまで行っておかないと」

 しばらく沈黙していると、不意にセインが半ば怒ったような目つきでユレイオンを上目遣いににらみ、強い口調で言った。

「ユレイオン様、わがまま言っても無駄ですからね。シュワラジー様からは最低限の資金しかいただいていないんです。目的地までは急げば五日で行けるはずです。それ以上の余裕なんかないんですからね。……そういうことですから、シャイレンドル様も自制してくださいね」

 少し離れたところで伸びている金髪の男に聞こえるように声をかける。その声音がセインの怒りをよくあらわしていた。

「えぇ~」

 ぶつぶつ不平をこぼしながら身を起こす。セインはシャイレンドルの黄色の瞳をにらみつけた。

「え~、じゃありません。どれだけあなたのせいで浪費しているか、ご存知ですか? 以前の旅でも、普通なら十分往復できるだけの金銭を片道分にしてしまったのは誰でもない、あなたのせいなんですからねっ!」

「せやかて、自分の気持ちには素直にならなあかんやろ?」

「……あなたは素直になりすぎななです!」

「えーやないか。迷惑はかけへんよって」

 きつい地方訛りで言う。が、その態度は頼み込んでいるというよりはむしろふんぞり返っている。

「十分迷惑かけられてます! 誰ですか、前日に旅行費用を花街で使い込んだのはっ!」

「わいの金やったらかまへんのか?」

「……持ってきたんですか?」

 疑わしげに言うセインに、シャイレンドルは懐から小さな皮袋を取り出し、

「これや」

と、勝ち誇ったようにセインの目の前にぶらさげて見せた。と、いきなりセインは何の予備行動もなく、その袋を手からひったくった。

「あ~っ! わいの金……」

「ちょうどよかった。これで明日のお昼のおかず、一品増やせますね」

「……わいがこれまで必死に貯めてきた虎の子を……」

 ふるふると拳を震わせる。セインはにっこりと罪のない笑みを見せた。

「それが、何か?」

 その言葉に反論する力もなく、シャイレンドルはへなへなと座り込んだ。

「あれで今夜は遊べると思うとったんに……」

「街には泊まりませんって言ったじゃないですか。野宿で十分。出来るだけ街から離れたところを探しましょうか。シャイレンドル様が夜中に抜け出して街まで遊びに行けないくらい離れたところをね」

 にこにこ顔で言う。その言葉の棘がシャイレンドルの胸にぐさぐさ突き刺さる。皮袋はすでにセインの懐の中だ。

「どこで寝たって同じでしょう? いっつも寝相が悪くて、寝台から転げ落ちて寝てるんだから」

「いつもとちゃうわぁっ」

 その訴えに聞き耳持たず、セインは水袋を取りに馬たちのところへさっさと行ってしまう。


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