一行、旅に出る
依頼を受けて、旅に出た一行。
一筋縄ではいきません……。
「いぇ~、ひっさびさのシャバやなぁ」
そういって馬の上で大きく伸びをしたのはもちろんシャイレンドルである。
出で立ちは旅支度ながら、やはり白と金が基調の色だ。本当は馬まで白で揃えたがったのだが、セインに予算がないと押し切られ、渋々栗毛の馬に乗っている。
「それに今回は結構長い旅になりそうやろ? こないな長旅も久方ぶりやぁ。……ちょいと連れのメンツに不満あるけどなぁ」
「……それは俺の台詞だ!」
ふるふると拳を震わせながら不遜の相棒は低くうなり声を上げた。生来の低血圧に加えて朝早くに叩き起こされ、かなり機嫌が悪い。
「まったく、どうして俺がお前なんぞと連れ立って旅行せねばならんのだ。それもまったくの素人連れで」
「……それはわいも同感や」
少し遅れてついてくる後ろの馬をちらりと盗み見る。
「けど、しゃぁないやろ? あの爺ぃの厳命やねんから。それともこっから追い返すか? ユーリ」
からかいの色を含めて相棒が言う。ユレイオンは殺気立った。
「……その名で呼ぶなと言っただろうがっ!」
「どこがいややねん。せやったらユリちゃんと呼ぼかぁ?」
一瞬の空白の後、刺すような視線がシャイレンドルに突き刺さった。
「……二度とその名で呼ぶな。死にたくなければな」
「殺してみるかぁ?」
にまっとわらい、射殺さんばかりににらみつけるユレイオンの視線をまっすぐに受け止める。その瞳はいつもより緑がかって、ちょうど萌えはじめた若草色だ。
「……こんなところで殺し合っても始まらんな」
シャイレンドルの瞳の危険性に思い当たったユレイオンは、すいと視線を外してつぶやいた。彼の黄緑色の瞳は、人の心を思いのままに操ることが出来るといわれている。相棒として組んで五年、その場面に居合わせたことはなかったが、破壊力は身をもって知っている。あれからどう成長しているかは知らないが、この瞳こそが彼の二つ名『邪眼のシャル』の所以だ。
「せやな。殺し合って喜ぶんはあの爺ぃだけやろからなぁ。爺ぃ喜ばしても嬉しゅうないわ」
「同感だ」
束ねた輪からこぼれ落ちた黒髪を鬱陶しそうにかきあげながら、ユレイオンはつぶやいた。いつもの流したような服から上下の旅姿に様変わりはしたものの、やはり黒ずくめで、馬まで黒い。
「あの方のことだ、考えがあるのだろう。ここから子供だけで引き返させるわけには行かぬしな。それにセインがいなくては困る」
「どうだか。困るんはお前だけとちゃうかぁ?」
にやにやしながらシャイレンドルがちょっかいをかける。
「朝も一人で起きられへんようやしなぁ」
さっきまでの陰険な雰囲気も忘れて、ひょいと右の眉だけがはねあがる。どうやらそれが彼の、人をからかうときの癖であるらしい。それを見ていたユレイオンはひそかにため息をついた。
「昨夜は遅くまで新しい術の研究をしていただけだ。……女のところに行っていたお前とは違う」
「なぁんや、ばれとったんか。つまらへんなぁ。……それにしてもおもろいなぁ、お前の朝は。セインがさぞ苦労しとることやろ」
「それはお前も同じだろうが。……まったく、お前にだけは起こしてもらいたくないし、お前を起こしにいきたくもない」
かつてこの相棒を起こしに行って、文字通りひどい目に遭った記憶が蘇る。どうして人は忘れたい記憶ほど忘れないのだろう。
「遠慮することあらへんで。いつでも起こしに行ったるでぇ。いつぞやのように。わいはかまへんでぇ? ……ちぃと好みからは外れとるけどなぁ」
「全力で拒否する。……本当に、どうしてお前と旅をしなければならないんだ、まったく」
その言葉に不遜の相棒も相槌を打った。
「ほんまになぁ。せっかくの長旅やっちゅーに。お前とセインがおれへんかったら、遊び放題やのに」
「そこらへんで野垂れ死んでろ。そのほうが世のため人のためだ」
「じょぉだんやろ?」
にやにや笑いながら前髪をかきあげてシャイレンドルは言った。
「わいが死んだら世の中の女がみな嘆くがな。そないな悲しい思いさせられへんやん?」
「言ってろ」
頭痛がしてくる。熱も出てきたようだ。こいつと話しているとどんどんペースを崩される。
ひくひくと肩をひきつらせながら、馬の速さを少し緩める。隣からうるさい口が消えたのは嬉しかったが、黄色と白の目障りな物体が目の前にみえるようになったのは不本意であった。
遅れがちになる二人に並び、次の木陰で休憩するように言った。