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アダの聖域 ~塔の魔術師シリーズ~  作者: と〜や
導師の二人、依頼を受ける
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導師たち、依頼を受ける

ようやく長の部屋に来た二人+セイン。

どうもややこしい事件に巻き込まれそうです

「遅かったな」

 遅れること三十分、ようやく姿を現した弟子たちを見て塔長はやれやれとため息をついた。

「確かセインには刻限きっちりに来るように申し付けておいたはずだがのう」

「申し訳ありません、間に合うようにお起こししたのですが」

とそこまで言って、セインはちらりと横に並ぶ二人をかえりみる。長の視線が二人に移った。

「ずいぶん不機嫌だな、ユレイオン。何かあったのかね?」

 言われて、自分が結局無表情を装いきれなかったことを悟った。――仕方あるまい、この相棒が一緒では。そう心の中でつぶやく。

「いえ……申し訳ありません」

 伏せ目がちになる。長さえいなければ、相棒に肘鉄を食らわせたいところだ。

「時間は守れと常々言っておるな」

「申し訳ありません。つい、シャイレンドルにつられまして」

「わいがなんぞしたか?」

 シャイレンドルがびっくりして相棒を見つめる。その黄色い目を睨み返して、ユレイオンはいきり立った。

「お前のせいでなくて何のせいだ! 全く……胸に手を当てて考えてみろ!」

 言われた男は不意に真剣な面持ちになり、じっと右手を見据えたなり、すい、と手を伸ばした。……浅黒い手が相棒の黒いローブに当たる。

 ユレイオンの瞳が急激に冷たくなった。自分の胸に当てられた相棒の手を震える手でつかむ。もし自分に怪力があったら、この手首は握りつぶしていただろう。

「だ・れ・が……俺の胸に手を当てろと言った!」

 ぷちっとどこかで神経束が切れる音がした。反対の手が拳に握られ、空を切る。それをひょいと身軽にかわしたシャイレンドルは、掴まれた手首を簡単に取り戻し、くっきりついた手形をさすった。表情は半泣きだ。もちろん、悲しみや痛みのせいではない。笑い泣きだ。

「ゆっ、愉快~っ!」

「人をおもちゃにするなといつも言っているだろうがっ! この非常識男がっ!」

 ついに長の目前であるということも忘れ、ユレイオンは怒鳴りつけた。彼の手の届かぬ範囲まで飛びのいたシャイレンドルは、ゆでだこのように真っ赤になって怒る相棒のの子供っぽい反応を存分に楽しんでいるようだ。

「おっ、おやめくださいっ、お二人とも。長の御前だというのに」

 十ほども年の離れたセインが声を大にしたが、二人の耳には入っていない。長は如何に、と見るとにやにや笑いながら二人の格闘ぶりを見物している。

「シュワラジー様、どうにかしてくださいよ!」

 たまりかねてセインが叫ぶと、長は笑いながら手でいなした。

「まあまあ、よかろうて。見物するのも悪くない」

「長様!」

 いいかげん漫才も疲れてきたのか、ユレイオンはまだ逃げまどう相棒を見捨てて、長のほうに向き直った。

「で、一体お話とは何なのですか?」

 自分たちが思い切り路線を外したことも忘れ、その醜態を取り戻そうとユレイオンはことさら真面目そうに言う。

 ようやくもとの位置に戻った二人を見ていた長も、笑いは隠せない様子だ。

「なんじゃ、もう終わりか?」

「長様!」

「う、うむ。そのことなのじゃが、そなたらも白の一族については知っておるな」

 しばらく前から伸ばし始めた白いひげをいじりながら、シュワラジーは切り出した。

「ええ、西の大国ファティスヴァールの王族の保護を受け、王族にのみ仕え、人前に出ることのない超常力を備えた長命種の方々ですね。存じております。会ったことはありませんが」

「では、聖地アダについても知っておるな」

「地の守りの聖獣が眠るという、聖地アダのことでございましょうか」

 もっぱら受け答えるのは先刻の反動もあって真剣そのもののユレイオンだ。シャイレンドルは、と視線をめぐらせると、いつの間にか棚の隠しを開け、秘蔵の酒をちびちびとなめている。

「シャイレンドル!」

「シャイレンドル様、長の御前です!」

 相棒と世話役が驚いて同時にたしなめるのを、長は仕方なさそうに制した。

「……まぁよい。シャイレンドル、全部飲むなよ? ……その白の一族から依頼があった。依頼内容は『聖地アダの封印が破られ、大地の奥深くに眠る地の聖獣が目を覚まそうとしている。至急その原因を究明し、対処願いたい』とのことだ」

「封印?」

「そう、白氏一族の三男、イスファラ殿がおっしゃるには、地の聖獣を封印していた祭壇から、封印の核とも言える宝玉が失われたというのだ」

「そら、そいつらの管理不行き届きとちゃうんかいな。なんでわいらにそのお鉢が回ってくんねん。わいらには関係あらへん」

 シャイレンドルはむっとした口調で反論する。長はうなずいた。

「それはごもっともなんじゃが、イスファラ殿の話によれば、黒魔術がかかわっているというのだ」

「黒魔術?」

 二人の弟子は異口同音に言ったが、ユレイオンは眉を寄せ、シャイレンドルは面白そうに口の端をつり上げている。明らかにその言葉にこめられた意味が違うのを、横から見ていたセインは察した。

「そうだ。白氏一族の力と我々の力は質が違う。同じ術士同士でも対処できる力の種類が違う。黒魔術を使う者が地の聖獣を起こそうとしているのだとイスファラ殿は言っていた。その証拠に聖地アダの祭壇には黒い気配が残っていたと。地の聖獣が目を覚まし、その御身が外界へ出ることが万一あれば、北方一帯は壊滅だ。そうならぬためにもそなたらには黒魔術師を阻止してもらいたい。聖地アダの封印はイスファラ殿が行うが、封印しなおすためにはやはり核である地の玉が戻らねばならないそうだ」

「つまり、わいらにその黒魔術師を見つけて地の玉を取り返して来いっちゅうことか」

「そういうことになる」

「……ずいぶん勝手な依頼やな」

 シャイレンドルはぼそりとつぶやいた。

 ユレイオンは眉をひそめ、不遜な相棒をすがめ見た。それから長に向き直る。長は机の上に一枚の地図を広げた。

 大陸全体の地図だ。太い山脈が縦横に走り、山脈に沿って五つの国に区切られている。長の指は大陸の北に位置する北方諸邦の北、イル・デ・ラ海に面したあたりに置かれていた。

「ここが聖地アダだ。この中心に聖獣を封印した祭壇があるそうだ。それから」

と長は言葉を区切り、指を付近一帯に滑らせた。それはほぼリムラーヤ王国の北部地域と、その東にある東方小諸侯の乱立する地域一帯を示している。

「別口だが、ここを中心として付近一帯で地震による被害が頻発しているらしい。イスファラ殿にお伺いしたら、封印が解かれたことで聖獣が時折身じろぎするせいだとのことだ。この付近には鉱山も多い。これ以上被害が大きくなる前に早急に対処せねばならん」

 へぇ、とものめずらしそうに地図を覗き込んでいるシャイレンドルとセインを尻目に、ユレイオンは口元を手で覆い、目を見開いて立ち尽くした。

「どうかしたかね? ユレイオン。気分でも悪くなったかね?」

「い、いえ。ちょっと」

 そういいながらも、その視点は一点に注がれている。それから、請うように長を見上げた。

「あの、この辺りもでしょうか」

 彼の細かに震える指が指すのは、リムラーヤ王国の北部に位置するいくつかの都市国家のうち、アダに最も近い町であった。

「いや、そこは聞いておらん。むしろアダのほうが問題じゃ」

 そういった長の顔が心なしかほくそ笑んでいるように思ったのは、ユレイオンのひがみであろうか。

「それほど被害が出ているのですか?」

 心配そうにセインが横から口を出す。長は重々しくうなずいた。

「はっきりしたことはわかっておらん。それも依頼のうちだ。……行ってくれるな」

 ユレイオンはその言葉につられて長の顔を見た。その瞳は絶対行くよな、と言わんばかりだ。

「黒魔術師かぁ。ええな、おもしろそうや」

 そういってシャイレンドルは地図から顔を上げた。いつの間にやら瓶に半分ほど残っていたはずの琥珀の液体はすっかり消え、透明になった空き瓶が足もとに転がっていた。

「お前……こんな朝っぱらから飲むなよ」

 長の前だということをすっかり忘れて、ユレイオンはついいつもの口調で相棒をたしなめた。

「ああ、うまかったでぇ。さすが長の秘蔵酒やなぁ」

 う、と言葉を詰まらせ、長は悲しそうに鬢を見つめた。

「少し残しとけと言うたであろうに……その酒はなぁ、前の王セイドリー様が下された最後の一本だったんだぞ」

 恨めしそうに長は大酒飲みの弟子を見上げた。

「道理でうまいはずや。セイドリー様っちゅーたら酒にうるさいんで有名やったもんなぁ」

 他にはないか、と部屋の中に目を走らせる。それを先回りして長は釘を刺した。

「これ以上はないぞ。これ一本いくらすると思ってるんじゃ……お前の今回の報酬はこの酒代にもらっておく」

「えぇ~」

 シャイレンドルは素っ頓狂な声を上げた。

「駄々をこねても無駄じゃ。あきらめぃ」

「……わ~ったよ。ちぇ、けち」

 まるで子供の口げんかのようだ、とユレイオンは渋々口を開いた。

「わかりました。……ところでシュワラジー様、我々が留守にする間、ファローン殿はいかがいたしましょうか。その間だけでも他の導師をつけていただければ……」

 留守の間に他の導師に懐かせて、そのまま押し付けてしまえばいい、というユレイオンの目論見に気付いたかどうかは定かでないが、長は首を横に振った。

「連れて行け。その程度はできるじゃろう? 今までだってセインを同行させた旅は何度か経験があろうからな」

 こともなげな長の言葉に、驚いてユレイオンは叫んだ。

「それとこれとは別です! セインはこの塔に勤めて五年になります。彼と、初級課程を終えたばかりの素人同然のファローン殿を同一に考えるわけには参りません。しかも、依頼内容がアダの聖域と黒魔術師ならばなおさら……」

 しかし長は首を縦に振らなかった。

「連れて行け。それも彼にとっては大切な試練の一つだ。知識だけでは魔術師を知ることはできん。……それともそれほどにそなたたちの力は弱いものじゃったかのう。それならば階級査定をしなおさねばならんが」

 階級査定、という言葉を聴いてユレイオンはぎくりと動きを止めた。長は意地悪そうにニヤニヤ笑ってユレイオンを見つめた。

 ユレイオンは渋々口を開いた。こんな顔をする長には、二人がかりでも到底口で勝つことはできない。それは今までの経緯から分かっていた。

「……分かりました」

「よいな。……準備が出来次第、すぐに出発するように。今回は馬を使ってもよろしい。遠方だからな。それからセイン、お前は少し残ってくれ。言っておくことがある。他の者は下がってよろしい」

「はい」

 こうして、セインを残してそれぞれに散ったのであった。


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