戯れる地の王
不意にユレイオンは一点を凝視した。
「なんやこの気配」
シャイレンドルも気がついたようだ。部屋中に視線を巡らせる。先ほどまではなかった別の闇の気配が染み出すように漂ってくる。闇魔術師のねじ曲がった闇とは異質な、透明な闇。
「シャイレンドル、鏡だ」
ユレイオンは自分が映った鏡を指さした。表面は曇ってはっきりとは見えないが、明かりに照らされた鏡の中のユレイオンは揺らめいている。
「なぁんだ、終わっちゃったのか。面白いものを見そこねたかな」
呑気そうな声。金髪の魔術師のものでも黒髪の魔術師のものでもない声。
鏡の中のユレイオンの姿が変化する。ほっそりとした黒いズボンと上衣、肩にかかる黒い髪。双眸が青く輝き――そのまま鏡から歩いて出てくる。
「何者や」
シャイレンドルはすでに身構えている。ユレイオンも一歩引き、睨みつけた。
「そうだな……君たちが探しているもの、とでも言っておくよ」
「探して……?」
そこまで口に出して、シャイレンドルは気がついた。この気配は……あの場所で感じたのと同じもののように感じる。
しかもどんどん濃い闇の気配が染み出してくる。部屋の中にはいくつも明かりを配置してあるのに、暗くなった気がする。
「あんた、地の聖獣か」
「何?」
ユレイオンが振り向いた。
どくん、と心臓が高鳴る。あの時と同じだ。しかし青い瞳の男は両手を広げて首を傾げてみせる。
「さぁどうだろうね? 少なくとも君たちに会うのはこれが初めてだけどね。それにしても惜しいことをしたよ。君たちの戦いを見られなかったのはとても残念だ」
拳を握る。これが――この禍々しい存在が聖獣だと? 混乱を好む魔物と変わらないではないか。
すると目の前の聖獣を名乗る存在は不意に笑い出した。
「ああ、そうそう。その通りだよ。黒い魔術師君。我ら古き者は皆、善も悪もない、ただの力なのだ。聖獣だとか神獣だとか、そんなのはあとから人の都合でそう呼んでいるだけだ」
ユレイオンは目を細めた。口に出してはいない。頭で考えただけのことが読まれている。
アダの聖獣は黒い馬。闇と夜を司る――。
「残念ながら、僕は違う。僕が愛するのは自由と奔放。さあ、楽しませてくれるかい?」
くすくす、と笑いを漏らす。その口調が兄――ウェルノールのそれに似て、ユレイオンは眉を寄せた。
「君たちのパンドラの箱、見せてもらおうか」
視界がどんどん暗くなる。
「冗談やないわ!」
シャイレンドルが瞳を閃かせ、風をつむぐ。ユレイオンが炎を飛ばす。だが、それはどちらも届かずに闇に飲まれた。
強烈な眠気が襲う。視界が霞んで――二人はその場に倒れ伏した。
「さあ、楽しませておくれ――」
くすくすと嗤う声だけが闇に響いていた。




