ユレイオン、後悔する
胸ぐらをつかんで上を向かせると、ユレイオンはまだ焦点の合わないうつろな目をしていた。だが、先程までの殺気や狂気は消えている。
動く右手で頬を張る。何度か食らわすと、だんだんと焦点があってきた。
「ユレイオン! おい、ボケてる場合じゃねえぞ! とっとと戻ってきやがれ!」
「シャ……イレン……ドル……?」
黒い瞳がようやく自分の目を見る。それから辺りを見回す。さっきまで戦っていた敵を探すように。
「何……今の骸骨……はどこへ行った?」
「ボケてんじゃねえぞ。言ったろ? 幻覚だって……」
言葉を続けようとして痛みで顔をひきつらせる。
血の匂いが濃くなってきた。
「それよりこれ、抜いてくれ。俺の力じゃびくともしねぇ」
「何……」
ユレイオンは肩に食い込んだ剣に気が付き、息を呑んだ。
「これ……おれ、が……」
「いーから、とっとと抜けってば。痛ぇんだって」
マジでやばい。ちゃらけた訛りで喋る余裕もない。
「……すまん。動かないでくれ。すぐ血止めをする」
ユレイオンは呪を唱えながら剣に手をかけた。傷口からの出血が止まり、力を込めて壁に縫いつけていた剣を引き抜く。
シャイレンドルは壁に体を預けて足を伸ばした。それだけ動くだけで気が遠くなりそうなほど痛い。
「すまん……」
「ええっての。幻覚で踊らされとったんやろ。それにしてもほんま馬鹿力やな」
肩の様子を見る。傷は上腕の筋肉を裂き、骨を砕いている。左の手を握ろうとしたが、痛みが勝って動かせない。
「動くな。今手当てする」
ユレイオンは落ちていた上着を切り裂くと細くつないだ。
「おい、それわいの上着やないか」
「……非常事態だ」
拾った板切れを当て木にして左腕から肩をきつく縛る。
「帰って治療するまで左腕は動かすな」
「そう悠長なこと言うてる場合でもないで。こっから出てファローン探さなあかん」
「ファローンは」
しかしシャイレンドルは首を振った。
「もとからここにはおらんかったか、わいらが罠にかかってから移動させたんとちゃうか。まんまと罠にはまったっちゅーわけや」
石の軌跡をたどろうとする。が、闇魔術師の結界で断ち切られる。
しかもまんまと相打ちをさせられた。……させられかけた。
ユレイオンは唇を噛んだ。いつもの白い顔がさらに青白く見える。
「まあ、相打ちまではいかんかったから、わいらの勝ちやな。さ、出口探して次いこか」
「……おまえはここにいろ。その怪我では無理だ」
「アホなこと抜かすなや。こんくらい、なんでもないわ」
右腕一本だけで無理やり立ち上がる。だが、ユレイオンは首を振った。
「ここから先は俺一人で行く。……おまえは足手まといだ」
「な……」
相棒はさっき抜き捨てた剣を手にしていた。
今の状態でもう一度相棒と戦うことになったら――。シャイレンドルは口を閉ざした。間違いなく己が死ぬ。だが――。
そこまで考えて、口を歪ませた。右の眉をひょいと上げる。
――奴は死ぬほど悔やんでる。この傷を。だから、か。
「あー、確かにてめぇは足手まといだよなぁ。わいには対闇魔法の術があるさかい、この程度の術は効かへんからなぁ。剣で闇は切り裂けねぇぞ」
ユレイオンの頬に朱がさした。
「分かっている。だが……」
――案の定、か。めんどくせぇやつ。
「んなアホなことゆーてる間に次いくで。時間が惜しい」
「……分かった」
からん、と剣を落として、ユレイオンはうなずいた。
相棒がどれだけ自分を責めているか、シャイレンドルは分かっている。だからこそ危険なのだ。後悔は闇につけ込まれやすい弱点となる。
もし、黒魔術師がそこまで読んだ上でこの罠を仕掛けたのだとしたら……。
シャイレンドルはぞくりと身を震わせた。もしそうだとしたら、俺たちは勝てないかもしれない。黒魔術師の手のひらで転がされている感が半端ない。
その思いを振り切るように首を振る。
「行こう」
シャイレンドルは足を踏み出した。




