シャイレンドル、相棒と対峙する
「目が覚めたんか!」
自分を呼ぶ声に、シャイレンドルは声をかけた。目の前に倒れていた人の気配はもうない。
カラン、と近くで金属音がした。何もない場所だと思っていたが、何か落ちていたのだろう。音の方向には人の気配もある。
「動けるか? ユーリ」
だが反応はない。と、不意に明かりが灯った。暗闇を見続けていたシャイレンドルはその光に目を焼かれた。
閉じた目をゆっくり開けていく。光に目が慣れてきたあたりで光源の方向を見る。
「ユーリ?」
その小さな炎に照らされた顔は間違いなくユレイオンの白い顔だ。
「そうや、魔法使えるんやったら……」
シャイレンドルは短く呪を唱えた。幾つもの小さな明かりが部屋に浮かび、今いる場所を照らしだす。
それは古い広間のようだった。埃をかぶり、机や椅子などの什器はどれも引き倒されているか壊されている。大きめの鏡が幾つか壁に配置してあるのが見えたが、曇っているおかげで部屋の広さを勘違いせずに済む。鎧兜がいくつかバラバラに転がっている以外、特には何もなさそうだ。
ユレイオンは、部屋の真ん中に立っていた。いつもの冷静な表情のまま。
「ユーリ!」
駆け寄りかけて、シャイレンドルは足を止めた。
自分が駆け寄ったとたん、ユレイオンはきょろきょろと周りを見つつ数歩下がった。まるで何かに追われているかのように。
「おい、ユーリ? 見えてへんのか?」
何かに怯えたように顔を隠し、後ずさる。その白い頬に赤く線が引かれた。血は出ていないがなにかでこすったかのようなミミズ腫れ。
「な……?」
何かいるのか? しかし、あやしい気配は一切ない。
何かを避け続ける動作は続いている。
ユレイオンは足を引きずりながら部屋の中を逃げ始めた。シャイレンドルには見えない何かと対峙しているのだ。
「おい、ユーリ、おまえまだ幻覚見てるんか……?」
一歩踏み込んだとたん、ユレイオンが低く呪を唱えているように聞こえた。そのまま右手をシャイレンドルの方向へ向ける。
「ちょっ……」
殺気はなかった。
とっさに両腕で魔法の盾を形作る。が殺意がなかったがゆえに一瞬遅れた。
重い破壊の槌を受け流せずシャイレンドルはふっとばされた。後ろに什器がなかったのが幸いだった。
「痛ぇ……」
くらくらする頭を振りながらシャイレンドルは身を起こした。
本気の攻撃だ。
自分がユレイオンには敵に見えているのだ。
――どうにか捕まえて目をさまさせないとこっちの身が危ない。
立ち上がるとユレイオンもひっくり返っていた。低く何かをつぶやいているように聞こえる。
「ユレイオン、大丈夫か!?」
駆け寄ったシャイレンドルは鋭い殺気に飛び退いた。
まさに今までいた場所を剣が切り裂いていった。
ゆらっと立つユレイオンの全身からは殺気がほとばしっている。その手には幅広の剣が握られていた。
「おいおい、マジかよ」
くく、と笑い声がした。さっきの闇魔術師かと思ったが、声の出処は目の前に立つ相棒の喉だと気づく。狂気を含んだ笑い。
まずいことになった。
視界の隅で盾になるものを探しながらじりじりと後退する。
――殺気は本物だ。間違いなくあいつは俺を殺しに来る。
転がっている鎧に足が当たり、一瞬気を取られた隙に闇に囚われた相棒は鋭く突っ込んできた。とっさに風の魔法で刃を弾き、横に転がる。
がらん、と足元の兜が音を立てて飛んで行く。
それなりに距離をとったつもりが、ユレイオンは一瞬の間をおかずシャイレンドルの間合いに飛び込んできた。
右下から左上へ切っ先が跳ね上がる。
――避けられねぇっ!
白い旅装が斜めに切り裂かれる。風で押し返し、反動で後ろに飛び退く。
壁際まで逃げ、転がっていた金属の棒を取り上げる。
冷たい金属の感触。
見よう見まねで構えてみる。
――こんなことなら真面目に塔の剣術講義、受けとくんだった。
今更なのは分かっているし、体格でも一回り負けるシャイレンドルがこの相棒に勝てるとは髪の毛ほども思っていない。
でも、勝たねばならない。あのくそったれな黒爺の思惑通りに相打ちとか絶対させねえ!
目の前の空間が横に切り払われる。棒で受け止めたものの、重たい打撃の衝撃で鉄棒を取り落としてしまった。
「なんつー馬鹿力だよっ!」
よけながら棒を拾う。
何度かギリギリで避けられたが、その数倍の攻撃を受け流しきれずに身に受けている。白い旅装のあちこちに赤い血が滲んでいた。
こんな重たいものを振り回しながら、剣さばきにぶれがない。
「どんだけスタミナあるんだよっ!」
逃げながら叫ぶ。
「逃すかっ!」
相棒の殺気がほとばしる。シャイレンドルは壁を背に棒を構えた。
剣を肩の高さにまっすぐ構えたまま、ユレイオンは間合いにまっすぐ飛び込んでくる。
「二度も……食らうかよっ!」
壁を滑るようにしゃがみ込み、横に薙ぐ。重い手応えがあった。が相棒の体は揺らがない。
「どんだけ頑丈なんだよおまえ!」
風の魔法で押し返す前に相棒の剣が弧を描いてシャイレンドルの肩を刺し貫いた。
「これで……終わりだっ」
相棒の目はどこでもない虚空を睨んでいる。金髪の魔術師は痛みに顔をしかめながら口角を釣り上げた。
「それは、こっちのセリフやっ!」
至近距離に来た相棒の手首を動く側の手でつかむ。
己の中から光を引きずり出すと、相棒の体に流し込んだ。
悲鳴ともつかない声が相棒の喉から漏れる。影のような相棒の体がゆらぎ、膝をついた。




