ユレイオン、闇に捕まる
どれだけ落ちたのだろう。
いや、どれほどの時間、気を失っていたのだろう。
意識が戻ってユレイオンは目を開けた。
――開けたはず、だった。だが、目を開けても目を閉じても見えるものは闇のみ。
全く光のない空間だ。
本当なのかどうなのか、目の前に手を持ってこようとして、ユレイオンは気がついた。
体が動かない。
指を動かそうとしても、どうやっても動かない。瞬きはできる。だが口は動かない。
光を呼びだそうとしても、呪を唱えられない。だが呼吸はできる。
体が押さえつけられている感じではない。
――焦るな、焦るな。
目を閉じ、己に言い聞かせる。
状況を整理しよう。
塔の天辺まで登って、鉄扉を蹴り開けて、部屋にはいる時に足を引っ掛けて――落ちた。
一つずつ確認していく。
体は動かないが、痛くない。皮膚の感覚が鈍くなっているように感じる。
うつ伏せになっているのはわかる。
そもそもどこに倒れているのだ。石の上? 土の上? それとも、柔らかいものの上?
直接触れているはずの手や顔から、そういった感触はない。
冷たくもないし自分の体温が移って暖かくなる感じもない。平坦な何かの上にいるのはわかる。
指を動かそうと念じながら、自分の指を、足を感じようと集中する。
だが、集中すればするほど、自分の手がどこにあってどうなっているのか、握っているのか開いているのかさえわからなくなってきた。
手を握ろうとして、どこにある手をどうやって動かすのか、どこに人差し指があるのか、どこに集中すればいいのか分からない。
そもそも、どうやって手を握るのだろうか。
動かす順番は親指が先だったか。
それよりも手のひらの筋肉を動かして……。
どんどんとりとめないことを考え始める。
闇の中。
自分の魂の器であるはずの体の輪郭がわからない。
本当にうつ伏せに倒れているのだろうか。まっすぐ立っているのかもしれない。仰向けに倒れているのかもしれない。
どんどん体の感覚が薄れていく。
それと比例するかのように、己の存在がどんどん小さくなっていく。
私、という存在が手毬ほどのサイズの球体になっていく。小さくなって――次に拡大していく。
そもそも肉体とは何なのか。
意識するとどうやっても動かせなくなる。
私はどうやって肉体を動かしていたのだろう。
体を起こすにはどう命じればいいのだろう。
闇の中に沈む肉体。
形を失って己の意識が広く拡散していく。広く外へ……。
「おい、ユレイオン! 聞こえるか? 聞こえたら瞬きしろ!」
不意に声がした。拡散した己の中で誰かが動いているのがわかる。
口が動けば反応したかった。瞬きで応じる。
「全部まやかしや! 目ぇ覚ませっ!」
まやかし? すべてが?
ならば、この闇すらも、この、体が動かないという感覚さえもか。
闇の中に黄色い石が光ったように思った。
あれは――相棒の額の石。その石から一筆書きのように人の姿が浮かび上がって見える。
いや、目を閉じても見える。これは――力の流れを感じているのだ。
己の額の青石に意識を集める。自分の記憶通りに自分の体を構築する。頭、髪の毛、肩、手、足、着ている服や靴に至るまで、青い光で縁取るように描いていく。自分の器、自分の体。そのまま全身に石を通して力を流し込む。
目を閉じて、全身をめぐる青い力の流れを感じる。その流れを手足の先、髪の毛の末端まで行き渡らせ、活性化していく。
どこから湧き出しているのかと思うほど力はどんどん湧いてくる。冷えきっていた体の感覚が戻ってくるように、手足の感覚が戻ってきた。
――闇を焼け!
全身から光を迸らせる。どこかで何かが壊れる音がした。
ユレイオンはゆっくり目を開けた。闇であることには変わりない。だが、体の自由は戻っていた。
体を起こし、立ち上がる。どれぐらい縛り付けられていたのかわからないが、体のあちこちがこわばっている。
「シャイレンドル! いるか?」
声を張り上げる。喉がカラカラであまり声は張り上げられなかった。
闇の中で聞こえた彼の声は本物だったのか。だが、助けられたのは事実だ。
「どこにいる! シャイレンドル」
早く合流してファローンを探さなければ。いや、この闇から出なければ。




