導師たち、塔長の部屋へ
ユレイオンとシャイレンドル、まだ塔長の部屋に到着しておりません。
一体何をやっているのやら……。
上から下まで黒でそろえた青年が回廊を歩いていく。普段であれば口もきかずに早足で通り過ぎる、さながら壁に落ちた一筋の影、といった風情で歩くのだが、この朝は後ろに背負った不機嫌の嵐がいささか大きすぎ、周囲の注意をいやおうなく喚起していた。もっとも、目立たない地味な人間という認識は本人だけのものであり、実際はその黒ずくめの姿からしてかなり目立っていたのだが……。
ともかくも、過大な不機嫌を背負った彼は音を立てない柔らかな靴を履いているはずなのに足音荒く、他の人間を威圧しながら陽の降り注ぐ回廊を横切っていった。
目指す扉の前で一呼吸置き、不機嫌な顔の修正にかかる。さすがにこれ以上ないほど険悪な顔をしたまま塔長に会うのをためらう常識は持ちあわせていたらしい。しかし、その努力は次の瞬間霧消した。
後ろから音もなく忍び寄った男が、彼の隣に並んだからである。白と金で飾り立てたその姿……不本意なる相棒、シャイレンドル・リュフィーユであった。
「塔長の前に出るときぐらい、まともな格好をしろといつも言っているだろうが」
ユレイオンのような黒ずくめは行きすぎにしても、魔術師の正装は黒のローブに額の「証し」の輪である。シャイレンドルはそれを嫌って大抵白か金のきらびやかで明るい服を好んで着ていた。
「商売しとる時やったらともかく、何が悲しゅうて金にもならんのにあんな陰気な格好せなあかんねん」
じゃら、と首にかけた大きな飾りを鳴らしながら、憤然とシャイレンドルが言う。
「それになぁ、お前、自分が影でどう呼ばれとるか知っとるか? 『歩く暗雲』ゆぅて言われとんやで?」
「……『歩く非常識』のお前よりはましだ!」
「お二人とも、まだそんなところにいたんですか?」
たまりかねてユレイオンが怒鳴ったところで、後ろからあきれ果てた声がした。様子を見に来たセインである。
「食事が終わってきてみれば、まだこんなところでやってるし。時間、とっくに過ぎてるじゃありませんか。まったく……せっかく間に合うようにお起こししたのに」
これじゃ起こした意味がありませんよ、とぶつくさ言いながら扉を叩くセインに、二人は返す言葉がなかった。