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ユーフェミア

「お父様!」

 扉を押し開けて入ってきたのはユーフェミアだった。

「おぉ、おまえか」

 窓際に持ってこさせた椅子にゆったりと腰掛け、ザイアスは入ってきた愛娘を見やる。

「お父様……」

 駆け寄った娘は、父親が見ていたものを見て絶句した。

「外が騒がしいと思ったら……」

 窓の下を通って行くのは武装した兵士たちの群れ。抱えた槍の穂が時折太陽を映して光る。街路を通り、市門を抜け、続々と行軍している。

「何が……お父様、この平和な街に何が起こっているのです……?」

「心配することはない」

 震える娘の手に手をかぶせて父親が言う。

「おまえが心配することは何もないのだよ。すぐに済むことだ。それより、何か用があったのではないかね?」

「え、ええ……お客様が」

 外の光景に目を奪われながら、娘は答えた。

「お客様方がどこにもいらっしゃらないの。魔術師のお二方も、お付きの方々も、どなたもいらっしゃらないのよ」

「ああ、ユーフェミア」

 ザイアスは優しく娘の腕を叩いた。

「心配することは何もないのだ。お客様方にはご用があるのだよ。急なご用だったから、おまえに伝える暇がなかったのだろう」

「それなら……それならよいのですけれど……」

 どこか怯えたように娘が身を引こうとする。

 父親の言葉にはどこか嘘がある。何のためかは分からないけれど、自分に分からないことが起こっている。

 これまでの生活を壊してしまうような何かが……。

「ユーフェミア、ユーフェミア」

 父が引こうとした娘の腕をつかんだ。

「ユーフェミア、心配することは何もないのだよ。おまえのためにならぬことは何もない。何もかも、おまえのためなのだよ」

 最愛の……何よりも美しい愛しい娘。憧れて憧れて、ついに手に入ることなく指の間をすり抜けていってしまった夢のかけら。

「おまえはもうすぐこのジェルナーラ一、いや、北方五都市一の姫となるのだ」

 旗手が赤地に金でラナリアとモントレー家の紋章を刺繍した旗を掲げて行軍していく。ザイアスの目には、やがて五都市の紋章の上にモントレーの印が輝くのが見えていた。

 もうすぐだ。もうすぐ夢が叶う。もうすぐ自分はたった一つの街の第一人者ではなく、北方五都市を束ねる歳連合の長として、やがては諸侯の王たちとも対等に渡り合うことのできる地位に就くのだ。

 そしてこの愛しい娘にそれにふさわしい地位を与えることができるだろう。ウェルノールなどにやるものか。その時はあやつも臣下となるのだ。王の娘の臣下との結婚として、降嫁させても手元からは離すまい。

「お父様……? 何を……」

 ザイアスの突然の言葉にとまどう娘。だが、その声は父親の耳には入っていなかった。

「……ユーフェミア」

 愛しい娘。二度と失いたくない銀の光。

「そばにいておくれ。いつまでも、おまえは……おまえだけは。わしから離れないでいておくれ」

 娘の手を握りしめて繰り返す。懇願に近い父の声音に、娘は活動的に思えていた父の老いを感じた。

「お父様……」

 何が起こっているのか分からぬまま、娘は父の手を包んで五十四というその年齢を思い起こしていた。


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