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モントレーとセゼル、動き出す

 華美とも言える装飾を施された部屋で、いらいらと歩きまわる壮年の男の姿があった。

 南に面した広い窓からはそろそろ夏を思わせる強烈な光が射し込んでおり、柔らかな新緑の高級絨毯の上に少し太めの人影を描いている。

「お気をお鎮めくだされ」

「これが落ち着いていられるか」

 やんわりとなだめる魔術師の言葉に即答する。かなり気が高ぶっているらしい。

「慌てたところで何にもなりますまい。……雇われ者を信用してやるしかありませぬぞ」

「それは分かっておる。だが、あの魔術師どもがいなくなったのだぞ」

 あの目障りな若造、と心に思い描く。娘の婚約者に面影が重なる分、憎しみが水増しされていることは否めない。

「ご安心を。彼らならばすでにわしの掌中。あとは魚を釣り上げるだけですな」

 机に積まれた伝書や書類、文書の類を示して、老魔術師は言った。それらは近隣の都市国家からもたらされた、モントレーの意向に同意する、あるいは協力する旨の秘密文書ばかりであった。

「独立という巨大の魚を、な」

 モントレーとしてもまんざら悪い気はしていないようだ。

 五つの主要な商業都市をまとめあげ、いずれはそのトップにのし上がろうと目論む彼にとっては、今回の謀略は第一歩でしかない。

「期日はすでに送ってございましょうな」

「ああ、先ほど早馬にて送り出した。……本当に魔術師の介入はないのだろうな」

 念を押すと、セゼルは重々しく頷いた。

「たとえどのような力の持ち主であろうと、わしが一命を賭して仕掛けた罠に打ち勝てる者はおりますまい。命果てるまでどこともしれぬ空間を彷徨うこととなりましょう」

「そうか」

「こちらが一段落つきましたら、加勢に参りますゆえ。……よき知らせをお待ちなさるがよい」

 この、得体のしれない魔術風情が、とモントレーは長い間思っていた。時には自分の前に立ちふさがる者をも排除させ、それを実行してきた黒魔術師のこの老人は、どこかつかみ所のない得体のしれなさを持っていた。

 それを気に入ったのでもあるが、主にさえ見せない顔を、おそらく持っているのだろう。近年それがよく見えてきた。これがこの男の本性なのかもしれない。

「では、わしは用意がありますゆえ」

 そう言って、現れた時と同じように主の影へと消えていく。

 モントレーはいよいよ時が来たと身を引き締め、侍従に傭兵隊長を呼ぶよう申し付けた。


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