金の魔術師、封印を破る
「あの、どういう意味ですか?」
セインは何のことかわからずに首をかしげた。ユレイオンは仕方ない、と腹をくくって口を開いた。
「ファローン殿のことをどれくらい知っている?」
「どれくらいって……十番目の王子で、今のクロンカイト王の王弟に当たるってことぐらいですけど」
「そうだ。本来ならば何の問題もなく、何の権利も持たなかったはずだ。だが、先王セイドリー陛下が彼の母君をことのほか溺愛なされた」
シャイレンドルもうなずいた。
「せやせや。結構噂になっとったなぁ。なんせ二十歳以上歳の離れた夫婦やったしなぁ。……んで、生まれたファローンをどの子供よりも可愛がっとったもんやから、彼に王位を譲る気ちゃうかっちゅー噂まで立ったんや」
「セイドリー王と母君が相次いで身罷られ、後見を失ったファローン殿が王位に就くなどありえなくなったのだが、そこにつけ込もうとする輩が出てくる。王宮にそのまま留まっていては危険だとクロンカイト王が判断したのだろう。魔術師の塔に入ることを勧められ、ファローン殿も決心なさった。塔長が我々にファローンの導師をさせたということは、同時に彼の護衛の役目も期待しているはずだ。でなければ我々をつけるはずがない」
「そーゆーこと。よっぽどのことがない限り、外回りの多いわいらに同行とかさせへんはずやろ?」
「とにかく、我々にはファローンを守る義務がある。……そうだな、シャイレンドル」
「その通りや」
「じ、じゃあ……」
「セイン、お前は兄上の館へ行っていなさい。どちらにせよ今回の依頼にモントレー殿が関わっているのは確実のようだ。お前まで巻き込まれぬよう、避難していなさい」
そう言うと、ユレイオンは短い手紙をしたためてセインに渡した。
セインが部屋を出て行くと、ようやくシャイレンドルは伸びをして立ち上がった。
「さーてと、腹ごなしに運動でもするとすっか」
実に嬉しそうに言う。こういう時の相棒が、最も強くて最も恐ろしいことを、ユレイオンは経験上知っている。
「だが、どうするんだ? この部屋の封印は魔力封じだと言ったのはおまえだぞ。いくつか試してみたが、明かりすら灯すことが出来なかった。窓も扉も、蹴破ろうとしてもびくともしなかった。……どうやってここから出るんだ」
心配そうな相棒を尻目に、シャイレンドルは再び壁の金紋をなぞった。
「この部屋には二つの封じがかかっとる。一つは魔力封じ。もう一つは空間閉鎖。こっちがやっかいでなぁ。金紋にはわいらの名前を織り込んであんねん。……だが完璧じゃない」
にまっと笑ってシャイレンドルは呪文を唱え始めた。それを聞いたユレイオンは、その呪が塔によって禁じられているはずの「禁呪」であることに気がついた。
「お、おまえ、それ、禁呪だぞ!」
呪を唱え終えたシャイレンドルに言うと、相棒はにやっと笑った。
「固いこと言うなって。この二重の結界自体が禁呪でできとったんや」
かちり、と扉のほうで音がしたかと思うと、部屋全体に張り巡らされていた金紋がひらひらと宙を舞い、瞬く間に卵大の球体に収縮して床に転がった。シャイレンドルはその卵を拾い上げ、しまい込む。
「どうするんだ、それ」
「金紋からわいらの名前を抜き取っとかんと、何回でもこの金紋に縛られることになるよって、持って帰るんや。こんなとこに放置して帰れるかい。それに、もしかしたら何かの役に立つかもしれへんしな」
シャイレンドルはそう言い、扉に近寄り手をかけた。先刻試した時には全く回らなかったノブが周り、扉が開く。
「とりあえず、空間封鎖の方は解けたようやな。魔力封じの方はどうや?」
言われて、ユレイオンは手妻の初歩である明かりをつけてみる。手のひらに熱くない青い炎が出現して、明るく彼の顔を照らした。
「大丈夫なようだ」
「ほな、行くとすっか」
「そうだな」
二人が出て行ったあとの部屋は、壁という壁が全て真っ白に変わっていた。




