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アダの聖域 ~塔の魔術師シリーズ~  作者: と〜や
一行、罠にかかる
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不貞腐れるユレイオン

「!」

 無意識で四方に伸ばしていた探索用の触手が沈黙する。何かの力が見えない壁を構成していた。

 無言で視線を交わすと、シャイレンドルの瞳が緑に變化していた。ちいさくうなずく。やはり同じ認識だ。

「……やられたな」

 ため息とともにつぶやく。敵が存在していることは知っていたのに、向こうから仕掛けてくることを考えなかったのは迂闊だった。だが、自分の迂闊さを悔やんでももう遅い。

「やっぱりな。……ま、これくらいやったらいつでも破れるやろ」

 愉快そうにシャイレンドルは言う。その余裕に眉をしかめ、ユレイオンは嫌なことに思い当たった。

「お前……気づいていたな?!」

「何やぁ、お前、気づいてなかったんかいな」

 しれっと金髪の相棒は答える。

「偉そうなことゆーとったから、このくらいわかっとると思うとったんやけどなぁ」

 ――うそをつけっ……!

 シャイレンドルの楽しそうな表情からして、気づいていないユレイオンを見て面白がっていたに違いない。

 先刻の立場が逆転したのを彼は感じていた。そんな相棒の思いを知らず、シャイレンドルは壁の表面をなぞった。

「壁の文様、見てみぃ。天井から四方の壁から、床に至るまでびっちり金で描かれとる。窓の表面や柱、扉までご丁寧になぁ。何の知識もない奴にゃ単なる趣味の悪い文様にしか見えへんやろが、これは魔力封じの檻や。しかもこれは……だいぶ念入りな細工、されとるなぁ」

「えと、何の話ですか?」

 セインが狐につままれたような顔で尋ねる。新米のファローンはもちろん、セインにも感じ取れなかったのだろう。この部屋に張られた結界は、明らかに魔術師二人を捕らえるために張られた罠だ。

「あの、ユレイオン様……?」

「んにゃ、心配ない。何でもないんや」

 答えないユレイオンに変わって、シャイレンドルが手を振ってみせる。

 どうせこの部屋から出られないだけだ。行動の呪縛がかかっているわけではない。部屋の中では彼らは自由だった。いざとなればぶっちぎればいい。……そう思っている彼は気軽なものだ。

「それより、わい、真剣に腹が減ってんねんけど、ご飯まだかなぁ」

「あ、じゃあ僕、手伝いに行ってきますよ。どうせ暇ですし」

 セインが名乗り出る。

 ユレイオンは黙していた。この檻が魔力封じだというなら、魔術の基礎が終わっているセインやファローンにも影響しているはずだ。だがその様子は見られない。

「そーかぁ? 悪いなぁ。んじゃよろしゅう」

 シャイレンドルはそのことをちらとも不審に思っていないのか、満面の笑みで手を振る。

「あ、僕も行きます」

 この二人の間に一人残されてはたまらないと思ったのか、ファローンも立ち上がった。はっとして止めようとしたユレイオンを手で制して、シャイレンドルは口を開いた。

「ほな頼むわ」

 二人が無事、扉の向こうへ消えたのを確認後、ユレイオンは相棒に低い声で尋ねた。

「……どういうつもりだ。罠だったらどうする」

 相棒は悪びれた様子もなく、頭の後ろで手を組んで肩をすくめた。

「さーてね」

「……おまえ」

「はなから罠やて分かっとったし。あいつら二人が無事部屋から出られたっちゅーことは、わいらだけが目当てだったようやし。……わいらをわざわざここへ連れ込んだんや、何か意図があるはずやで。それを見せてもらわんことには動きようがなかろ?」

 相棒は無傷だ。

「危なかったらすぐに出ればええこった。まずは腹ごしらえしとかんとな。しかし、まぁ」

 座り心地の良さそうなソファに身を投げだして、シャイレンドルはゆったりと足を組んだ。

「これでモントレーが黒なんははっきりしたな」

 長期戦の構えの相棒に、ユレイオンは仕方なく腰を下ろした。が、釈然としない顔をする。

「……それにしてはあからさま過ぎないか?」

「ふぁにふぁ?」

 問い返したシャイレンドルの口にはすでに、卓の上に盛られていた果物が詰め込まれている。

「……貴様……」

 ユレイオンは一瞬脱力の後、拳を握りしめて怒鳴った。

「たまには俺の話をまじめに聞けぇっ!」

「そない怒鳴らんでもちゃんと聞いとるがな」

「その態度のどこがまじめだっ!」

 さらに卓へ伸ばそうとした手をぴしりと叩かれ、渋々シャイレンドルは手を引っ込めた。

「へーへー。……それで?」

「……俺たちを屋敷へ招いておいて、そこで罠を張って誘い込めば、自分が犯人だと名乗るようなものだろう。俺たちがシルミウムの者だというのは分かっているんだ。何かを企んでいる者が、そんな危ない橋を渡るだろうか」

「こだわるやっちゃなぁ……」

 シャイレンドルはぽりぽりと頭をかいた。

 ユレイオンの言っていることは一理ある。が、どっちにしろ相手の出方次第と思っているシャイレンドルにとってはどうでもいいことだ。

 どこまでも真面目な相棒を見ていると、先日のウェルノールの話を思い出し、つい場所柄もわきまえずからかいたくなる。彼はふと思いついたそのままを口に出した。

「……そういやお前、昔兄貴に想い人を取られたんやってなぁ。……そないにこだわるとこ見ると、ひょっとするとここん家のお姫さん、その人に似とるんかぁ?」

「な、何を突然……」

 突然振られた話に、懸命に動揺を押し隠そうという努力がいじらしい。まあ、失敗しとるがな。

「似てへんのか? あのお姫さん、美人やと思うけどなぁ。ま、人それぞれ好みはあるやろけど。……美人やったんやろ?」

「……何の話だかわからんな」

 そっぽを向いたが声は固い。

「いやいや、ごまかさんでもえーでぇ。他人に恋人を取られたなんぞ、認めとぉないもんや。ましてそれが自分の兄貴じゃなぁ。……家出したんもそれが原因なんやろ? いや、わかるわかる」

 うんうんと一人頷くシャイレンドル。一人芝居はお手のものだ。

「しかし、美人かどうかっちゅー話になると……いくらそっちがえー男やったから言うて、恋人の兄貴にすぐ乗り換えるような女、顔はともかく性格最悪やん。まぁ、世の中、性格の悪い美人も……」

「あのひとはそんなことは……!」

 思わず言いかけて、はたと口をつぐむ。目の前でシャイレンドルがニヤニヤ笑っている。

 またやられた。まんまとはめられた。こういうのを語るに落ちたというのだ。

 否定の言葉は肯定も同じ。兄が何を喋ったにしろ、ごく遠回しに言ったに違いない。あの人は自分が非難されることはやらない人だ。こいつはそれをネタに人にカマ掛けて……。

「いやぁ、やっぱりそうやったんか」

 見るからに嬉しそうに言った相棒にクッションを投げつけ、ユレイオンはソファにふて寝を決め込んだのだった。


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