ファローン、もう一人の導師を起こしに行く
ファローンは、シャイレンドルを起こしたときの事を思い出します。
ばたん、と扉を閉めると、回廊にはまだ金髪の魔術師シャイレンドルの笑い声がこだましていた。
しかし、このいかにも常識人然として相棒のはた迷惑をからかった男が、実はユレイオン顔負けの迷惑この上ない朝を演じてくれたことを、ファローンは忘れていなかった。
なにせ、いくら声をかけても反応がないものだから、仕方なく揺り起こしにかかったセインについて寝台の側まで行ったファローンは、いきなりシーツの中から伸びた腕に掴まれて寝具の中に引きずり込まれたのである。
「んんーーーーーーー!」
何が起こったのか把握できずに悲鳴をあげようとしたファローンは、いきなり唇をふさがれ、悲鳴の代わりにうなり声を上げるのがやっとだった。男の強い力で締め上げられ、声が出なくなるまで動きを封じられ、ようやく自由を取り戻したときには動く気力さえ萎えていた。
「まぁーったく、わいの夜が遅いんはよう知っとるやろ、セイン。そういういけずなこと言うやな。……あれ? お前、背ぇ縮んだんとちゃう?」
「……サイズが違うでしょ、サイズが」
セインはシャイレンドルの手の届かない安全圏からあきらめたようにため息をついた。
「分かっててやってるでしょう、シャイレンドル様。新入りをいじめて何が楽しいんですか」
「そりゃ、セインじゃ慣れてしもぉて反応がつまらんもん。そこんとこ、慣れてへん新入りのほうがおもろいにきまっとる」
「そろそろファローン様を放していただけませんか。硬直してしまってるじゃありませんか」
「ま、これも試練や」
そういってからからと笑った。
顛末を思い出してファローンはひそかにため息をついた。
ファローンとて多少の夢や憧れはあった。魔術師を志したのは確かに兄の言葉に従ってであったが、彼自身の興味も少なからずある。だからこそ、シルミウムの代表ともいえる先輩方の噂には心を惹かれていた。特に現在最高位にある二人の噂は多く、他の者とは桁違いの力を持ち、やがては塔長の後継者となるだろうとの噂まで彼の耳には届いていた。
黒のユレイオンと金のシャイレンドル。冷厳たる威容を漂わせた二人を、以前ちらりと遠くから見かけたことがあった。その二人が自分の導師になると聞いたときには心臓が飛び上がるほどの驚きと、畏れと不安と、そして期待がない交ぜになった高揚感を感じていたのである。
……それがまさかこういう人たちであろうとは……。
「ほら、元気出してくださいよ、ファローン様」
ぽん、と背中を叩く手があった。あわてて振り返ると、セインが覗き込むようにして笑いかけている。
「まあ、がっかりするのも分かりますけどね。あの人たち、外見と性格がまるで違うから」
頭の後ろで手を組んだセインは、苦笑を浮かべて片目を瞑る。
ファローンは、一応丁寧な言葉を選びながらも親しみやすそうなセインの態度が好きになっていた。怖いあの二人はともかく、この人とは仲良くなれそうだった。
「あの、セインさん。ただのファローンで結構です。そう呼んでください。私は本当に新入りなわけですし、セインさんのほうがずっと先輩なんだから」
意外だったのだろう。セインの目が丸くなった。だがその顔は間をおかずに笑顔となった。
「じゃ、僕のほうもセインでいいよ、ファローン。……あの二人もね、外見と性格のギャップがひどいから今日のインパクトが強いと思うけど、本当はそれほど怖い人たちじゃないよ。まあ、本当に力のある人たちではあるけどね」
そのうち慣れるよ、とセインは言った。
「さ、僕らも食事に行こう。後のことはそれからだよ。今日は忙しいからね」
セインの尤もな提案に従って、二人は遅い朝食へと降りていった。