モントレーの館へ
「ひゃぁ~、こりゃ豪勢やなぁ」
無責任な歓声を上げたのは言わずと知れたシャイレンドルである。
目の前にそびえるのは北方の華ラナリアの第一人者、モントレー家の邸宅である。町中の事ゆえ、規模そのものはウェルノールの館のほうが大きかったが、はるか東から取り寄せた高価な薔薇大理石と浮き彫りを随所に用いたファサードは驚くに値する。それに、黒曜石がアクセントで入っているとなればなおさらだ。
金モールの男たちに案内されて邸内に足を踏み入れた一行はこっそりため息をついた。
この館の人間は薄紅色がことのほか好きに違いない。濃淡はあれど、薄紅色で統一されたサロンは豪奢といえば豪奢だったが、強すぎる香水のようにやがて飽食しそうだった。
一行がぽかんとしているうちに館の主が姿を現した。
「これはこれは、よくおいでくださいましたな」
行動にこそ現れなかったものの、その姿を目にした途端、一同が同じ感想を抱いたのは間違いない。
――に、似合わないっ!
内心叫んだセインの言葉は一行を代表するものであったろう。
薄紅色で統一され、細部の可憐さにこだわった装飾の中で、額の後退した太鼓腹の中年男は、一種の視覚的攻撃であった。
――何もこの部屋で茶色を着ることはないのに……。
感受性豊かな元王子は密かに思う。首の詰まった濃茶の衣装は、それそのものは地味なはずでありながら、この場では否が応でも男の存在を強調してしまう。
どうせ場から浮き上がるなら、もっと自己主張の強い色を身にまとったほうが、この黒髪のあくの強い容貌には似合うはずだ。
「……この度はお招きに預かり恐悦至極……」
唖然としていたユレイオンが、横から脇腹をつつかれてはっと我に返ったように挨拶を返す。それへ鷹揚に主人は頷いた。
「貴殿がウェルノール殿の弟御でいらっしゃるか。娘からお噂は伺っておりますぞ。兄上に似ていらっしゃると言うておったが、いや、まことに」
無言でユレイオンが礼を返す。笑顔を振りまいた館の主はその後ろにたたずむ一行へも目を向けた。
「そちらの方々もシルミウムの方であるとか。高名な方々を我が家へお招きできて、これ以上の幸せはござらん。賤が家ではございますが、出来る限りのおもてなしをさせていただきますぞ。お心のかなう限り、ゆるりとご滞在くだされ」
――お招き、とはよく言ったものだ。
セインは毒づく。あれはほとんど強制連行だ。
朝っぱらからやってきたこのモントレー家の使者は、半ば脅迫するように一行をこの屋敷に移したのだ。
遠方からの高名な客人は街一番の指導者のもとに逗留するのが筋……というのがモントレー側の言い分だった。
ウェルノールはユレイオンの兄上なのだし、弟とその連れが兄の家にいるのは当然だとセインは思う。ましてやウェルノールはこのあたりの地震のことを最初に塔に知らせた人物で、情報提供者でもある。
その客を、この街で一番人物だからといって、横から奪うような真似をするのは、ウェルノールをないがしろにした態度ではないのか。
少年はそう思ったが、当のウェルノール本人はこの申し出を受けて肩をすくめただけだった。
「好きにさせるがいいよ」
それが彼の返答だったのである。




