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アダの聖域 ~塔の魔術師シリーズ~  作者: と〜や
シャイレンドル、アダの報告をする
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シャイレンドル、アダの報告をする

「……いいか。もう一度だけ言うぞ。調査結果を述べろ。必要最小限の語彙で、だ」

 一音階オクターブ低い相手の声に、仕方なくシャイレンドルがそれ以上の冗談口をあきらめる。だが、彼の返答はさらに相棒の怒りを指す結果となった。

「けどなぁ、調査結果ゆーたかて……」

 派手な金髪の男は肩をすくめて言う。

「なぁんもなかった」

「……どういう意味だ。わかるように言え」

 押し殺した応答。

 必要最小限で言えと言ったのはお前じゃないかとシャイレンドルは思ったが、さすがにそれを言うのはやめておいた。これ以上からかうと、マジで二、三発殴られかねない。

「せやから、あの結界の中には何もなかったんやて。祭壇も、斎場も、核になるはずの玉も」

 一応昨日の様子を手身近に繰り返す。イスファラと呼ばれていた失礼な白の一族とその連れに関しては会話を多少省いた。馬鹿にされたことなんぞ、思い出したくもなかったし。

「……あほう」

 しかしながら、聞き終えた相棒の反応は不快さを上塗りした。

「何やて?」

 しみじみ言われて、さすがに声が剣呑になる。イスファラとの会話もすっかり思い出してしまった。

「何もなかったのはホントや。ないっちゅーて何が悪いねん」

「ないのは当たり前だ!」

「はぁ?」

 ユレイオンは頭を抱えた。

「……お前、あそこに神殿みたいな祭壇があると思ってたのか?」

 他に何があるんだ、という顔のシャイレンドルに、ユレイオンは疲れたように両目を覆った。

「……お前、ハイストロウ老の講義、聴いてなかっただろう」

 塔の最長老の名をあげる。退屈な講義と厳しい評価が有名だった導師だ。

 突然の話題の飛躍に首をかしげた相棒に、ユレイオンは冷たく続けた。

「封印の魔法に必ず祭壇が必要なわけじゃないんだ。それが一般的ではあるがな。要は、封印のための焦点だ。それさえあれば理論的に封印は完成する。……アダの中で木々の案内した場所に空き地があったと言ってたな。そこが焦点だ!」

 塔のカリキュラムには魔力に関する様々な知識の習得も組み込まれている。そんなことは理解しているだろうと思ったからこそ、自分は兄とその婚約者の相手をしながら待っていたというのに、なんというていたらくだ。

「焦点さえあれば祭壇は必要ない。むしろ、その空き地そのものが聖地アダの祭壇といえるだろう。馬鹿にされて当然だ!」

 言われてシャイレンドルがあっ、という顔をする。悔しいがユレイオンの言うことは正しい。

「それに、誰が封じの玉を持ち去ったにしろ、お前が何の異常も感じなかったということは、すさまじい力を持つ者の仕業となる。……こっちのほうが問題かもしれんな」

 ユレイオンの顔が深刻なものになる。シャイレンドルの感応力は塔でもずば抜けている。自分ではかけた術の痕跡を隠し切れないだろう。その彼が何の疑念も抱かずに帰ってきたのなら、相手の技量は推して知るべし。とんでもない者を相手にすることになる。

 それにしても、シャイレンドル自身が疑いを持って探っていれば何かは見つかったのではないか。ユレイオンは自分も同行しなかったことを激しく後悔した。

 その上……。

「……その上、白氏一族に喧嘩を売るなんて……」

 不遜にもほどがある。個人の天分次第の自分たちと違って、白氏一族は一族の血によって力を伝える。同じ魔術師と言っても、彼らは王室に保護される特別な人々であり、力としても格としてもはるかに上の人々だった。

 ましてやイスファラといえばアダの神官本人であり、今回の依頼人でもある。

「せやかて……」

 シャイレンドルは不満たらたらである。

 ――まったく……よく出してもらえたものだ。

 アダの神官の忍耐を思いやり、ほっとする一面、ふと同情が胸をよぎった。何もかもシャイレンドルの無知が悪いのだ。

「……お前が塔の学科をさぼるからこんなことになるんだ」

「せやかて、神話やら伝承やら、役に立たんもんばっかりで、つまらんやんか」

 学科の不成績を抜群の実技でくぐり抜けてきた金髪男は、悔悛の色もなく公言する。

「……それが今役に立ったはずだったんだろうがっ!」

「え~」

 己の非は認識しているのか、シャイレンドルの反論も精彩を欠く。それでもなんとなく承伏しがたい様子を残しているのがいかにも彼であった。

「……もういい! もう一度俺が行く!」

 業を煮やしてユレイオンが立ち上がる。相棒と違って白のシャツで仕事する気はなかったらしく、着替えに戻ろうと身を翻したところへ、門から馬車が二台入ってくるのが見えた。

 四頭立ての立派な作りの馬車はそのまま正面の車回しへと車体を着け、中から数人の者があわただしく開門を叫ぶ。

 兄の客であって、まさか自分には関係あるまいと高をくくっていたユレイオンの見込みは完全に外れた。

 いつもの装束に着替え終わって、森まではシャイレンドルに送らせようと相棒を探しに部屋を出たユレイオンは、偶然通りかかったサロンで先刻の客とおぼしき男たちに呼び止められたのである。

 金モールのついた揃いのお仕着せの男たちは、ユレイオンがシルミウムから来た魔術師であることを確かめると、揃って一礼してこう告げた。

「話が主、モントレー候が高名なる御方々にぜひお目にかかりたく申しております。ご足労ではございますが話が主の館にしばしご逗留くださいませ」


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