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アダの聖域 ~塔の魔術師シリーズ~  作者: と〜や
シャイレンドル、白氏と遭遇する
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金の輪

 事態がすっかり収まると、イスファラは一息ついて連れを見た。フードの人物は、胸を押さえたままうずくまるシャイレンドルのそばに立っていた。

「どうした」

「心臓が……さっきから動悸……がおさまらねえ」

「そなた、魔術師の癖にそういう方面は疎いようだな。手を出せ」

 フードの人物はしゃがみこんで彼の浅黒い手を取った。何事かつぶやくと、シャイレンドルの胸の痛みは急速に去っていった。呼吸を整えながらシャイレンドルは顔を上げ、相手の顔を見上げて眼を見開いた。

「あんた……女か!」

 先ほどのゆれとシャイレンドルが起こしていた風でフードが乱れ、隠されていた豊かな黒髪が一条、はみ出していた。なにより、その紙が縁取る白いかんばせは、鋭く射抜くような瞳を含めて美しかった。額に走る金の輪が光る。

「治まったようだな。……イスファラ、地の封印を見てきてくれ。聖獣の方もな。先ほどのでほころびができたかも知れぬ」

「分かりました」

 この男と二人きりにするのは不安だが、とちらりとシャイレンドルを一瞥した後、彼は錫杖を持って消えた。

「さてと……そなた、なぜ魔術を学ぶ」

 立ち上がった女は、座り込んだシャイレンドルを見下ろして詰問した。

「なぜって……」

「他に生きる糧を得る方法はなかったのか?」

「……わいが魔術師になったことが間違いやと言いたいんか?」

 そう言い返した彼の瞳に剣呑な光が宿る。それを看破して女は答えた。

「そうではない」

「……それ以外に生きる方法がなかったからや」

 履き捨てるように言い、彼も立ち上がった。胸の痛みは完全に消えていた。

「そうか。そなたは結局変わらぬのだな。……一つ、忠告しておく。今後もこの世界での生を望むのならば、この地には二度と近寄らぬことだ。この地にそなたが近寄れば、この世界は再び闇に沈もう」

「わいが地の聖域に近づくと世界が闇に沈むっちゅーんか」

 女の物言いに先ほどの怒りがよみがえる。

「そうだ。先ほどので分かったと思うがな、シャイレンドル・リュフォーユ」

「なんでわいの名前……」

 すると女は眉を寄せた。

「覚えてないのか……まあよい。私がそなたの魂をよく知っているからだ、と言っておこう」

「……あんたの名は」

「シャナ、とだけ言っておこう」

「シャナ殿!」

 慌てた様子で白氏が戻ってくる。

「どうした」

「地の聖獣の像が金色に輝いております」

 それを聞いて女は舌を鳴らした。

「像自体には異変はないのだな?」

「それが……右の瞳が失せておりました。先日見回ったときには異常がなかったのに」

「なんだと……依り代に抜いて行ったな! 厄介なことに……メルキトめ、何の気まぐれだ。自分からついていったかっ!」

 ぎりぎりと悔しそうに唇を噛む女に、八の字眉になったイスファラはおどおどと様子を見ているだけだ。シャナはしばらく黙り込んでいたが、やがて顔を上げた。

「イスファラ、この地を封鎖せよ。たとえからだの持ち主が戻ってきたとしても入れぬよう」

「それでは、地の聖獣はすでに目をさまして結界を出たと……?」

「そうだ」

「なぜにございますか! 像はいまだに結界の中にあるというのに」

 シャナは首を振った。

「地の聖獣は自分の意思で自分の瞳を持って出て行ったのだ。半身だけな。あれにとってはこの結界に入り込むことなどたやすいこと。おそらく、自分を解放した黒魔術師についていく気になったのだろう。肉体はなくてもあやつならば依り代を核に人の姿を取れる。そうなると再び見つけ出して封じるのはかなり厄介だろう。左の石を置いていったということは、半分はまだこの地に眠っている。守りの力は残っておるゆえ、このままアダは封じる」

「と、いうことは、わいらの仕事は終わりっちゅーことやな。ほな帰らしてもらうわ」

 横で黙って聞いていたシャイレンドルは、片手を挙げて踵を返した。

「話は終わっておらぬぞ、シャイレンドル・リュフィーユ」

 女の凛とした声に彼は立ち止まり、いやいや振り向いた。

「フルネームで呼ばんといてくれへんか。姐ちゃん。あんたの声は力がありすぎる」

「では、シャルと呼ぼうか、邪眼のシャル殿。その瞳は我には効かぬぞ」

 にらみつけた彼の瞳が緑に変化しているのを見て、シャナは言った。

「依頼内容は『地の聖獣を目覚めさせないよう、封じの玉を奪い返すこと』やったよな。目覚めたんやったら、いまさら……」

「目覚めたなら、再び眠らせればよい。そなたには地の聖獣を見つけてもらわねばならん。そなたにしかできぬ仕事じゃ。それに、いずれ黒魔術師との対決は訪れよう。黒魔術師に勝たねば、封じの玉はこの手に戻らぬ。依頼は終わっておらぬぞ」

「わかったよ。……あの爺ぃ、厄介な仕事押し付けやがって」

 二人に背を向けながら、塔に帰ったら絶対ぼこぼこにしたる、と心に決めたシャイレンドルだった。

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