白氏登場
「そっちか」
ゆらゆらと揺れる木の葉の先を見やり、シャイレンドルはさらに奥へと進んでいった。
どれほど歩いただろうか。木々も風も彼の行きたい方向へと導いてくれる。かなり歩いた頃、不意に風が止まった。
「ここか?」
そうだ、といわんばかりに風が渦を巻く。
そこは、丸く広場のようになっており、そこだけなぜか木も草も生えていない。
そうだ、と樹がささやく。
「なんもあらへんで? ほんまにここかいな」
シャイレンドルの眼に映るのは、辺り構わず緩慢に生い茂る木と、その中央にある何もない大地。
「祭壇も祭場も跡形もないやんか。なんで……」
そこまで言ったとき、ドクン、と心臓が高鳴った。思わず胸の辺りをつかんで怪訝な顔をする。
「何や、今の……」
もう一度。
間をおいて三度繰り返して、原因不明の動悸は治まった。
「何やったんや、今の……」
首をかしげるシャイレンドルに、風が新たなる客を知らせてその方角から吹いてきた。
「おや、先客がいたようですね」
木の向こうから声だけが聞こえてくる。シャイレンドルのところからは見えないが、そもそも自分以外のものが来るなど、考えても見なかった。
「誰や」
身構えたまま、相手を待つ。木の合間に白いものがちらちら見えたかと思うと、白装束の二人連れが姿を現した。
錫杖を手にした銀髪の男はちらりとシャイレンドルを一瞥し、鋭い目つきで錫杖を突きつけた。
「貴様、何者だ」
「何者て、あんたこそ何者や。わいは塔の魔術師や。ここの主に呼ばれたんや」
すると男は眉を寄せた。
「私がここの司ですが……。確かに塔から魔術師が来る手はずになっていますが、身分証明を身に着けていませんね。それを証明できるものがあるのですか?」
言われてシャイレンドルは額に手を当てた。いつものつもりで白いマントを羽織って出てきたし、額の石はファローンに渡したままだ。
「ここの司っちゅーことは、あんたが白の一族かいな」
男をにらみつける。流したような銀髪はどこにでもある代物だが、彼のまとっている独特の白装束は、確かに白氏一族にのみ許されているもののはずだ。西の王族にのみ仕え、百年以上のときを若い姿のままで生き、血によって伝えられる特殊な力を操る銀髪の一族。
男はにっこりと笑った。だが錫杖は突きつけたままだ。
「よくご存知で。……魔術師の証がないならば、証を立ててもらうしかありませんね。……ここは私の支配する封じられた世界。証がいただけなければ、即座に立ち去っていただくか、この場で抹消するかを選ばねばならないのですが」
口調は穏やかだが内容は厳しい。小さいとはいえ世界の支配者に逆らうことはできない。
「……わーったよ」
あきらめたようにシャイレンドルはため息をつき、腰に挟んだナイフを抜いた。手のひらに押し付け、流れ出た血を指で救って空中に文字を書く。文字は消えずに金色に輝き、空中に一枚の誓文書ができあがった。
書き終わると誓文書はこの世界の主たる白氏の元へ飛んでいった。シャイレンドルは傷をなめながら白氏をにらみ続けた。白氏は誓文書に目を通した後、それを小さな玉にまとめ、懐にしまいこんだ。
「あなたが正真正銘、塔の銀二位の魔術師であることは確認できました。シュワラジー殿から派遣された魔術師の方ですね」
「分かってくれたんやったらええ。この錫杖、降ろしてくれへんか」
突きつけられたままの錫杖を指さす。が、白氏は杖を引かなかった。
「まだ聞きたいことが残っていますから。……どうやってあなたはここに入ったんです? ここの結界は私と、私の認めた数人の者しか入ることは出来ないはず。私が同行して結界を通れば別ですが、それ以外は今していただいたように誓文書をいただかなければ、いかに優れた魔術師といえども入ることは出来ません。結界に触れることもね。……しかし、私が来たときには結界には何のゆがみもなかった。どうやって入ったのです?」
「どうやってって……ためしに結界に触れただけや。結界が壊れとったんとちゃうんか?」
「結界には異常はありませんでした。先日張りなおしたばかりですし、今も確認したところです」
「ちゅーことは、つまり、わいが地の聖獣の封を解いた黒魔術師やと、そう思うとるんやな?」
「ええ。……第一、あなたからは黒い気配がします」
そう言われてシャイレンドルははっと眼を見開いた。
「黒い気配? そないなはずは……」
「黒魔術に手を染めておられるせいでしょう」
白氏が先ほどの証の玉を手にしているのを見て、シャイレンドルは取り繕う言葉を引っ込めた。
「証の前で何弁解したかて無駄やな。……せや。黒魔術……禁呪に手ぇ出しとる。でもそれは、禁呪を知っとらんと解除もでけん。そのためや。使うためとちゃう」
「それはもっともな意見ですが、私には関係ありません。どうやって入ったかが聞きたいだけです」
「せやから言うとるやないか。わいは嘘は言うとらへん」
ドクン、と再び心臓が高鳴って、シャイレンドルは心臓のあたりを鷲づかみにした。




