ファローン、導師を起こしにいく
翌日。ファローンはセインに連れられて導師たちを起こしにいきます。
そこで見たものは……
部屋は暗かった。
締め切った窓から漏れる光はごくわずかで、細い筋を一つ床に描いているだけである。そのわずかな光で分かるものは、細長い机を埋め尽くす本の山。開け放たれた扉からも柔らかな光は差し込んでいたが、奥の寝台の上で寝具に包まった人物を判別するのにはしばらく時間がかかった。混乱と無秩序に支配されているにもかかわらず、部屋には安息の空気が満ちている。
「さあ、起きてください」
セインはその暗がりも静寂もものともせず、ずかずか奥へ踏み込み声を張り上げた。
戸口で立ち尽くしていたファローンもおずおずと部屋に足を踏み入れた。
入ってみれば散らかっているのは机や棚の上だけで、床はそれほど散らかっていない。少なくとも何かを踏みつけたり壊したり、あるいは自分がすべって転んだりする心配はなさそうだと安心しかけたとき、大声とともに何かがうなりをあげて耳の横を飛んでいった。
「やかましいっ!」
かしゃん、と後ろで物の壊れる音がする。ファローンが驚いて後ろを振り返っている間に、慣れきったセインは平然と第二波の文鎮をよけて寝台へと到達していた。
「起きてください。時間がありません。塔長がお呼びなんですってば」
シーツの端を掴んで引き剥がそうとするが、相手も頑強だった。話を聞いているのかいないのか、長い髪の端を残して寝具に潜り込んだ相手はかたくなに眠りにしがみつこうとする。
「ユレイオン様!」
「うるさいっ!」
くぐもった怒号とともに今度は枕が飛んできた。質量の割りにかなりの速さで飛んできた羽根枕は、間一髪よけたファローンの横でぼすっと奇妙な音を立てた。と同時に枕を受け止めた本人のとぼけた声が響き渡った。
「なぁんや、まだ駄々こねとるんかいな。大人気ないのぉ」
戸口に立った人影は目のさめるような金髪をゆるく後ろで縛り、白いマントを羽織っていた。黄色と言ってもいいほど鮮やかなその色は、朝の光を受けて暗い室内でも相当に目立った。
「えー年して、ガキどもを困らすもんやないでぇ。わいなんぞとうに起きて身支度までしとるんやで?」
それまで寝台で丸まっていた人影がむくりと起き上がった。
半分かぶったままのシーツから腕が伸び、顔にかかるまっすぐな黒髪をかきあげる。その姿に金髪の男もぱちぱちと拍手を送る。
「おお、美人美人。ただ如何せん、その無精ひげが興ざめやなぁ。それがなけりゃ黒髪の美姫で十分通るで。なんならその道のえー店、紹介したろか? 街道筋にあるセーロンちゅー店やがな、そこがまたええ子が揃っとってなぁ。お前やったらちぃと年がいっとるさかい、花代は安いかもしれへんけどなぁ」
目に見えて部屋の空気が冷え込んだ。黒髪の間から覗いた同色の瞳が剣呑な光を宿す。朝っぱらから剣呑な言い合いになる前にと、セインが急いで口を挟んだ。
「塔長がお二人をお呼びです。隼の第二刻限までに執務室へ出頭するようにと……」
「分かった。着替える。出て行け」
冷え冷えとした声がそれを遮る。
「なんならわいが着替えさせたろかぁ?」
ニヤニヤ笑いながらほざいた男の顔面めがけてインク壷が飛んだ。それをひょいとかわして、男は高笑いしながら部屋を出て行った。
とばっちりを食わないうちに部屋を出ようと急ぐセインにせきたてられたファローンの目の端に、白いシーツを掴んだ手が震えているのが映った。