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アダの聖域 ~塔の魔術師シリーズ~  作者: と〜や
ランスフォールの館にて
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シャイレンドル、ウェルノールと語り明かす

 気を利かせてセインが行ってしまうと、急に食堂が広く感じられた。

 夕食の後、侍従たちによって片づけが始まると、ウェルノールはグラスと極上品の灰酒アッシュの瓶を手に、もう少し居心地のいい部屋に移ろうとシャイレンドルを暖炉のある部屋へ案内した。

 彼の説明によれば、かつてリムラーヤの王すらも泊まったことのある部屋だというその部屋は昔の趣を残しており、どっしりした暖炉にはこの時期だというのに火が焚かれている。聞けばこの地方は高い山脈の北側に位置するため、日中は日が射して暖かいが、日が翳れば冷たい風が山から吹いてきて、気温がぐっと下がるのだという。

 壁紙から天井の色、カーテンや絨毯にいたるまで森を思わせる落ち着いた緑で統一されており、さながら森で焚き火を囲んでいる気分になる。

 ソファを暖炉のそばに寄せ、テーブルを挟んで腰掛けた二人はさっそく抱えてきた品々を並べる。グラスになみなみと注がれたアッシュの香りがシャイレンドルの鼻をくすぐった。

「ええ香りやなぁ~。こんなええ酒は初めてや」

「そう言ってもらえるとありがたい。これは我が家で作っているものの中でも逸品なんですよ」

「せやろなぁ」

 縁をふれあわせた後、しばらくは酒をじっくり味わうため、自然、どちらも沈黙する。

「はぁ~、こりゃほんまにええ酒や」

 ため息をついてシャイレンドルが賞賛する。館の主は嬉しそうに賛辞をにっこりと受け取った。

「存分に召し上がれ。足りなければ酒蔵から出させましょうか?」

「う~ん、土産にもらって帰りたいくらいや」

「何本でもどうぞ。何なら塔のほうへお送りしましょうか?」

「ええんか? ほんまに」

 まるで秘密の宝物を分けてやろう、といわれた子供のように、シャイレンドルは素直にはしゃいだ。

「いやぁ~、ユレイオンと違ぅて太っ腹やなぁ」

 するとウェルノールはふふ、と笑った。

「わたしが記憶している限りでは、あの子が友と呼べる人を家に連れてきたのは初めてなもので嬉しくてね。それに、ご学友となればなおさら」

「昔っからそないに人付き合いが悪い奴やったんか」

 しみじみ言う。そういえば、出会った時にはすでに他の者から敬遠されていたのをシャイレンドルは思い出した。

「本人はそう悪いとは思っていなかったのかもしれないが、なぜか同年代の若者とは仲が悪くてね。家に閉じこもってばかりだったのですよ」

 思い出し笑いか、実に嬉しそうにウェルノールは笑った。

「そうは思えへんけどなぁ。あ、でも家に閉じこもってっちゅーのは確かやな。塔でも機嫌損ねるとすぐ部屋に閉じこもってまうんや」

 それを聞いてさらにウェルノールは笑い出した。

「変わらないな、まったく。……ユレイオンも、昔はああではなかったんだがね……」

 そうため息をついて、少しさびしそうな顔をした。それは誘い水のようなものだったのだろう。それに乗ってシャイレンドルが興味深げに身を乗り出してきた。

「どないな少年時代やったんか、教えてもらえへんやろか」

「ええ、いいですよ。……まだここにいた頃は実にかわいくてね。五つ年下だったこともあって、私はかわいくて仕方がなかったんですよ」

「まだ、素直やったとか?」

 突っ込みのつもりだったが、ウェルノールは素直にうなずいた。

「ええ、素直でしたよ。小さいときなどは、いつもわたしにくっついて歩いていましたよ。……それがいつの間にかわたしから離れていってしまった。十四になった年に、急に魔術師の塔に入るんだと言い張って……。まだその頃は父が当主を務めておりましたが、結局父もあの子の言い分を聞き入れ、あの子を塔に送り出したのです」

 次第にウェルノールの表情が悲しげになっていく。

「で、十四年も音信不通やった、と」

「幾度かこちらから便りを出してみたのですが、なしのつぶてで。十年前に父が引退して、わたしが投手になってから、何度か魔術師の塔に足を運んだのですが」

「逃げ回ってたとか?」

「いいえ、あの子の修行を邪魔しないように、影から見守っておりましたよ。……本当に立派に育ってくれて」

 楚々と泣く素振りまでしてみせる。シャイレンドルは、この雰囲気が相棒は気に入らなかったのだろう、と推測した。この兄は実によく似ている……自分に。

「へぇぇ、せやけど、結構はっきり意図してあいつをいじめてへんかぁ? そないな気がするでぇ」

 宿でのユレイオンの明確な拒絶反応は、それを裏打ちしているように思えてならない。

「それはお互い様でしょう?」

 嘘泣きをきっぱりやめ、ウェルノールは時折セインにも見せる罪のない笑顔を弟の友に向ける。

「あなたもあの子を楽しんでいじめているように、私には見えるのだが」

「そら~もう」

 それを意図してやっているのだ。たとえ兄の目の前であろうと。今回ここに来る羽目に陥らせたのも、ユレイオンのうろたえる姿を見たいがため、いい加減自分のいたずらに慣れてきた相棒の狼狽ぶりが見られるだろうと直感したがためだったのだから。

「あいつがあんまりにも自分は清廉潔白ですーっちゅう態度取るから、ちょいといじめてみたくなるんや」

 ふふ、と悪魔の笑みを漏らしてシャイレンドルは言った。

「ほんま、ちょっとしたことですぐあいつの守勢が崩れるんや。……たとえば女の話とか。ずいぶんかっこつけとるから、その狼狽ぶりが逆に楽しゅうて」

 それを聞いてウェルノールはくすくすと笑い出した。

「そう、わたしもあの子の困った顔が好きでね……。ついいじめてみたくなるんですよ」

 うなずきあって、二人は杯を傾けた。

 お互いしか知らないユレイオンの、子供時代と魔術師の塔での秘密を交換しながら、二人は夜遅くなるまで杯を重ねた。

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