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アダの聖域 ~塔の魔術師シリーズ~  作者: と〜や
ランスフォールの館にて
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ランスフォールの館にて

 暗い夜道を走ったのは半刻ほどのことであった。主街道を外れて枝道に入ると、しばらくして館の灯が見えてきた。堅固に巡らされた城壁をくぐって館を目前にしたとき、ユレイオンは夜のせいではなく目の前が真っ暗になるのを感じた。

 夜の闇に浮かび上がる白の館。瀟洒な姿はユレイオンの幼い頃の記憶よりもずいぶんときらびやかになっていた。父が引退して山際の別荘に引っ込んでから、兄に代替わりしたのは知っていたが、館まで建て直したとは聞いていない。

「これは……」

 言葉をなくしている弟の様子に気づいて、兄が説明する。

「先年、ちょっとした小火を出してね。いい機会だから少し改装したんだ」

 ……これが少しというレベルだろうか。この人の「少し」は信用できない。そんなことは昔から知っていたと思っていたが、まだ認識が甘かったらしい。

 サロンに案内されてその間はさらに強まった。やはり白を基調とし、大理石をふんだんに使った部屋には要所要所に金色の蔦が配置され、四隅にはあどけない顔をした天使が飛んでいる。きらめくシャンデリア、暖炉を縁取る彫刻の神々。窓を覆う天鵞絨ビロードの紅が落ち着いた色合いであることが華やかさが悪趣味に落ちるところを危うく救っていた。派手派手しさと紙一重の危うい豪奢を誇っているのだ。兄の趣味を正確に反映した作りだった。

「いやぁ、ええ部屋やぁ」

 シャイレンドルは、部屋を見るなり嬉しそうに歩き回っている。彼の趣味には合うらしい。元王子であるファローンは言わずもがな、セインも綺麗なものは嫌いではなかった。居心地が悪そうなのはただ一人、黒の魔術師ユレイオンだけだった。

「今夜はゆっくりくつろいでください。必要なものがあれば何でもそろえさせます」

 それほど凝った装いをしているわけでもないのに華やいで見えるこの館の主は、一行に椅子を勧めた。柔らかなクッションが疲れた体に心地よい。

「難しい話は明日の朝にして、今、軽い食事を用意させていますから」

 一応夕食を摂ってはいたが、上等で暖かい食事となれば文句のある者はいなかった。

 食堂では、紅に代わって青がポイントカラーになっていた。大理石の柱に白を基調とした配色、随所で黄金が使われていることは変わらない。

 各部屋にある彫刻はそれぞれモチーフにした神話があるらしかったが、ファローンにはどの話なのか正確には分からなかった。二人の導師には分かっているのかも知れないが、もちろん説明してくれるはずがない。その気もなかったのは確かであるが、たとえその気があったとしても、説明する暇はなかったであろう。食卓では熾烈な争いが繰り広げられていた。

「へぇ~、そりゃおもろい話やなぁ」

 ウェルノールの話に感心したように頭を振りながら、シャイレンドルはさっと隣の皿から肉を一切れさらう。つまらなそうに肉をつついていたユレイオンがあっと思ったときにはもう遅かった。取られた料理はとっくにシャイレンドルの腹の中に納まっている。針のようにやせているくせに、シャイレンドルは驚異的な食欲の持ち主であった。普段からその威力は発揮されているのだが、うまい食事となるとその威力は倍増する。さっきからユレイオンの皿の半分以上は相棒の腹に納まっていた。被害を受けていたのはユレイオン一人だけではなかった。その場にいた皆平等に被害を被る中、優雅に洗っているのは館の主ただ一人だ。セインは館の主に尊敬の目を向けていた。彼がシャイレンドルの並外れた食欲の被害を被っていないのは、何もシャイレンドルが遠慮しているわけではない。彼自身がちゃんと反撃しているのである。目に見えぬスピードで彼のさらに伸びたシャイレンドルのフォークは、それに倍するスピードで応戦されて何ら戦果を上げることなく自分の皿に戻らされているのであった。

 ――でも、あれをやってなおかつ優雅に見えるって才能だよな……。

 館の主の醸し出している独特の雰囲気に畏敬の念を抱きながら、セインは感服した。

「せやけど、こないなええお兄さんがおって、おまえ、なんで魔術師の塔なんぞに入ったんや?」

 突然話を振られてユレイオンがぎくりとする。この話題になることを恐れていたのだ。

「そうなんですよ」

 兄も同調する。

「入ったら入ったで、里帰りどころか便りの一つもない。……確か十四の年にこの家を出てから、帰ってきたのは初めてだろう?」

「……はぁ」

 渋々答えた弟は居心地悪そうに辺りを見回した。その目が金髪の頭の上で止まる。

「初めて? じゃあ十四年ぶりかいな。そりゃひどい」

 相棒がわざとらしく素っ頓狂な声を上げるのを尻目に、ユレイオンは慌てて少年に声をかけた。

「ファローン、もう眠いのではないか? さっきも居眠りしていただろう」

 居眠りをしていたのは夕方の旅籠でのことで、今はもうすっかり目がさえてしまっていたファローンであったが、懇願の色さえ見える師匠の迫力に押されてうなずいた。ユレイオンは少年の返答を待たずにすでに立ち上がっていた。

「部屋へ送ろう。……兄上、私もお先に下がらせてもらいます」

 言いながらすでに足は戸口に向かいつつある。ウェルノールは弟に苦笑して言った。

「お前の部屋はそのまま手つかずで残してあるよ。お客様にはその並びの部屋を使っていただきなさい」

 挨拶もそこそこにユレイオンは少年を連れて出て行った。それを見送ってか、兄がおかしそうに笑う。

「まったく……あの子も変わらないな」

「そう、昔から言い訳が下手でね……」

 くすくすと笑う兄を見ていると、昔のこの兄弟の関係が分かるような気がして、セインは少しだけユレイオンが気の毒になった。





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